コーヒー
信じられないかも知れないが、清洲で一番旨い茶を淹れるのは養観院だった。
堺にいた時も、一番旨い茶を淹れたのは田中だが、二番目は養観院だった。
だが、養観院が茶を淹れるかどうかは気分次第だった。
「来週は客がある。
そこで茶を淹れてはくれないか?」と田中が養観院に言う。
「来週は無理。
来週は父親の葬式がある」と養観院。
「勝手に儂が死ぬ予定を入れるな!」と田中。
清洲でも滅多に養観院は茶を淹れなかった。
今はとにかく『梅』が飲み物を入れている。
モザンビーク出身の『梅』はコーヒーを淹れた。
清洲では『コーヒー』が一般的だったのだ。
・・・と言っても養観院の飲むコーヒーはカフェオレ一択だったが。
一般的とはいえ、コーヒー豆は貴重品だ。
そこで麦を焙煎した『代替コーヒー』なるものが流行する。
どういったモノか。
一言で表現するなら『美味しくない』
だが、戦前、戦後ではよく消費されていたようだ。
駄菓子の『コーヒー味』の多くが、『代替コーヒー味』なので、菓子のレシピが頭の中に全て入っている養観院には再現するなど造作もない事なのだ。
こうして麦を焙煎して作った『なんちゃってコーヒー』は清洲城下町ではほのかに流行っていた。
アイデアは養観院なので、養観院は小金持ちになった。
実は養観院はちょっとした財産を持っている。
今まで斬新な菓子などを清洲城下町で売って、かなりの金銭を得ていた。
信長がくれた小遣いも少なくはない。
一応は『奉行』扱いなのだ。
だが、養観院に金を渡すと本当に下らない事に一瞬で使ってしまう。
まるで両さんばりの浪費癖なのだ。
利家の妻、松が養観院を観察したことがある。
「どこかで大金を手に入れたようだ。
あの娘が自分の才覚で手に入れた金銭なら自分らがどうこう言う事じゃない」そう思い、見守っていると・・・。
次の日、飼っている犬(だとみんなが思ってる狼)がウサギを咥えて養観院に渡しているのを見た。
「お前らいつもありがとう。
金も獲物も今のところこれで全部だ。
みんなで食い繋ごう!」と養観院。
ちょっと待て、と。
「昨日持ってた大金はどうなったんだ?」と。
「いつの話をしてるの?
そんなモノは既にないぞ?」と胸を張って養観院は言う。
南蛮の商人が現れれば、持っている金を全額使い「菓子作りの道具がない」となれば工具職人に全財産を渡して作らせた。
菓子の材料、道具は財産と言えなくもない。
だから養観院がいっぺんに得られる金額は多くなってきている。
だが、養観院はその金を全て使ってしまう。
見かねた松は養観院の財産を管理してあげる事にした。
松は当初『お小遣いの管理』ぐらいの軽い気持ちだったのだが、長屋の一部屋全てが養観院の財産で埋まった。
「アンタら番犬としてこの部屋護ってよ!」
松が犬(だと思われている狼)達に言う。
狼にしてみると、自分らの主人『養観院』は序列二位だ。
その序列の頂点に君臨するのが『松』。
狼達は養観院以外の言う事は松の言う事しか聞かない。
因みに狼らの下の序列には『利家』がいる。
それで狼達は今回の上洛でお留守番だ。
『養観院』は菓子作りの天才だ。
『聖闘士星矢』で言うなら文句無しの黄金聖闘士だ。
だが、菓子作り以外の分野では番犬座のダンテぐらいの立ち位置だ。
養観院にも当然現代日本で使っていた技術などはあり『その技術を誰も知らない戦国時代で使ってみよう!』なんて考えがない訳がない。
それが今回思い付いた『ティーパック』だ。
『ティーパック』を知らないだろう諸兄に説明しよう。
『ティーパック』とは?
パックに入ったお茶の葉をお湯の中にポンと落とす。
するとパックの中からお茶の成分が染みだして『誰でも茶が淹れられる』という優れモノだ。
それを養観院は戦国時代で思い出し・・・いや思い付いたのだ!
足利義秋を灰まみれにした養観院は罰として茶を淹れさせられた。
しつこいようだが、気分が乗らない養観院はまともに茶を淹れない。
茶釜の中に養観院が考案した『ティーパック』を入れる。
説明しよう。
『養観院考案 ティーパック』とは?
①和紙を折って小さな封筒のような袋を作る。
②袋の中に緑茶の葉を入れる。
③袋と木綿の糸を繋ぐ。
④袋をお湯の中に入れる。
その時に糸はお湯の中に入れず、糸を持ち上げると袋が持ち上がる。
『養観院考案 ティーパック』にも欠点はある。
・粉茶、粉末抹茶には対応していない。
「茶をたてるのが面倒臭い」という養観院が、ティーパックに粉末抹茶を対応させる訳がない。
・熱湯で溶けない分厚い和紙を袋に採用しているので、袋の中に4時間はお湯が染み込まない。
・5時間たつと何となくお湯にお茶の色がついたような錯覚に陥る。
・8時間たつとお茶の匂いがするような錯覚に陥る。
・お茶の味は一切しない。お湯の味。
・不味い。
その事に目を瞑れば『養観院考案 ティーパック』もなかなかの優れものだった。
顔を灰で真っ黒にした義秋の顔の灰を長政が拭う。
幸い義秋は首の後ろから延髄斬りで誰に蹴られたのか、何が起きたのかわかっていない。
「首の後ろに衝撃があった。
何があったのかわかるか?」と義秋が長政に聞く。
そんなもん、長政に本当の事を言える訳がない。
「えーと・・・どこからともなく『鷹』が飛んできまして。
そして義秋様の首の後ろに激突しました」と長政。
「何と!
鷹とな!」と義秋。
この人、信じちゃったよ。
アホだ、この人。
そこにいる全ての人々は思った。
「これは吉兆でございます!
『一鷹、二富士、三茄子』などと申します!」長政はヤケクソだ。
しかし義秋はご満悦だ。
養観院が淹れた茶を飲む。
「うむ、湯だ!」と義秋。
流石に信長に怒られた養観院が茶を淹れ直したのは言うまでもない。