セバスチャン
信長の上洛。
要は京都へ向かう。
向かうは陸路。
紀伊半島をぐるりと海沿いに歩く。
何でそんな遠回りをしなきゃいけないか?
近江の『足利義秋』を刺激しないように、だ。
紀伊半島を突っ切れば必ず『足利義昭』と『足利義秋』は衝突する。
『足利義秋』を頭に据えている『朝倉義景』は『織田信長』を『仏敵』と断じている。
同じく仏教を厚く信仰している『天台座主 武田信玄』と『上杉謙信』と信長を攻め滅ぼそう・・・としていたら何か知らんけど信玄と謙信と信長、仲良くなっちゃった。
しょうがなしに義景は『本願寺顕如』と手を組む。
顕如は僧侶を『詐欺師』と言っていた事や信長の父親、信秀の『延命祈願の祈り』に失敗した僧侶を打ち殺したりした男に対して最低の印象を抱いていた。
すぐにでも信長と事を構えるつもりだった義景に更なる誤算が生じた。
抱えている『足利義秋』が突然「足利義昭と友好の協定を結びたい」と言い出したのだ。
「何で?」と信長。
「わかりません。
全く身に覚えがありません。
・・・ただ書状の中で『秘密を共有した兄弟じゃないか』と書いてありました」と義昭。
「義昭殿と義秋殿は『兄弟』なのか!?」
「正確に言うと『姉弟』になるかと。
父親は同じ『足利義晴』ですが、母親は違います。
弟は権力争いを避けるために仏門に入っています。
なので、弟とは全く会ったこともないはずなのですが・・・」
「義昭殿は仏門に入らなかったのか?」と信長。
「仏門に入るのは『権力者になる意思はありません』という意思表示なので女が権力争いに参加する事は滅多にありません。
むしろ時の権力者に『政略結婚の道具』として嫁入りの時まで所有されるのです。
私は兄の『足利義輝』に所有されていました」
義昭の言う事に矛盾はない。
明智光秀が「そうだ!この姫を男装させて将軍にしよう!」と狂った事を言い出して、光秀が何か知らないけど養観院を抱き込んで、信長が「なんかちょっと面白そう」と思わなけりゃ、こんな狂った環境にはなっていない。
それはともかく、問題は『何で義秋が義昭の事を知っているのか』だ。
しかも義秋は義昭と『秘密を共有している』という。
義秋は義景と組んでいる。
義景が信長と同じ天を仰ぐ、などとは考えられない。
義秋との同盟など下策も良いところだ。
寝室の隣にいつ爆発するかわからない火薬庫を置くようなモノだ。
義景がいないとしても、義秋と義昭は『将軍を目指して競い合っている存在』で、共に並び立つ訳がない。
だからこそ将軍争いに負けた者は仏門に入り、『将軍になる意思はない』と尻尾をまるめて命乞いするのだ。
『将軍位を争っている二人』が同盟を結ぶ。
訳がわからない。
こんな書状は普段なら破り棄てる。
そして信長は書状を持って来た使者の首をはねる。
・・・だが、養観院が信長が人を殺すのを全力でイヤがるので、仕方なく代わりに養観院が使者の肛門に両手人差し指が入るぐらいまでカンチョーする。
使者は尻を押さえてうずくまる。
斎藤龍興の使者などは来る度に養観院に何発もカンチョーを食らっている。
「ヒドい」と思うかも知れないが、首がつながっているのは養観院のおかげと言えなくもない。
足利義秋の使者が泡を吹いて倒れている。
養観院におもいっきりカンチョーされたのだ。
場所は伊勢と紀伊の間。
信長と義昭の上洛の途中。
近くの寺の軒先を借りて、一泊している最中だった。
信長の護衛には滝川一益、前田利家、明智光秀、村井貞勝がついている。
村井貞勝というのは織田家に古くから仕える文官で、足利義昭と織田信長を繋いだ人物とされる。
後に京都所司代になり、信長の『京都案内人』になった。
養観院のいた時代の正史では本能寺の変で奮戦して命を落としたとされている。
そんな話はどうでも良い。
もう歴史は変わっているし、その通りにはならない。
『京都に行くんだし、武人ばっかりという訳にはいかんだろ。文官も連れて行かないと』というノリで村井貞勝は連れて来られた。
因みに養観院は貞勝を『セバスチャン』と呼んでいる。
「何か執事っぽい」という理由で。
さらにどうでも良い事だが、養観院は草書体の文字をほとんど読めない。
「これ、何て読むの?」と養観院。
「『貞』、ワシの『さだ』という字だ」と貞勝。
楷書体で貞勝はサラサラと自分の名前を書いて、養観院に教える。
「わかった!
貞勝の『貞』は童貞の『貞』だね!」と養観院は満面の笑顔で貞勝に言う。
「うん、まあ、そう」貞勝はロボットのように機械的に答えた。
「それより何で『秘密』が義秋方に漏れてるんだ?」と信長。
「わかりません。
もしかしたら、義秋の言う『秘密』が見当違いな可能性も・・・」と義昭。
「そんな訳ないと思うが」と信長。
そんな訳あるのだ。
義秋は義昭の事を『女装マニアの男』だと思っている。
「失礼します。
足利義秋様が来られました」
聞き間違えたんだろうか?
「ん?
『足利義秋』様の使者が来たんだよな?」と信長。
「いえ、『足利義秋』様、御本人様がお見えになりました」
信長はぽかんと一瞬したが、
「すぐに向かう。
客間にお通ししろ!」
客間と言われても、軒先を借りてるだけの寺だ。
どこが客間かなんでわからない。
信長は混乱していた。




