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風魔

 僕が「ちょっと船まで荷物を取りに行く」と言ったら五右衛門が「ついて行く」と。

 「もう夕暮れ時だ。

 一人で歩くのは無用心だろう?」と五右衛門。

 見回したらだいぶ人通りが少なくなっている。

 街灯とかないもんな。

 夜になったら基本的に誰も出歩かない。

 どうしようもなく夜に出掛ける時は行灯(あんどん)を持参する。

 よく見たら五右衛門が行灯をいつでもつけられるように準備している。

 ここら辺がイマイチこの時代に慣れない部分なんだよな。


 船から大きな木桶に入れて色んな物を持ってきた。

 「色んなモノを持って来たな。

 さっきから気になってたんだが、その大きい『茶筅(ちゃせん)のオバケ』みたいな物は何だ?」

 「これは『泡立て機』。

 まさに『大きな茶筅が欲しい』って作ってもらった物なんだよ」

 「ふーん、しかし旅先でも菓子作りするのかよ」

 「もちろん!

 これだけが生き甲斐だからねー」

 僕と五右衛門が話しながら宿へ戻って歩く。

 「五右衛門も荷物持ってよー!」

 「それは出来ない。

 両手が塞がってる状態じゃようかんを守れないからな」

 「僕の周りを警戒してるの?」

 「そうだぜ?

 今だって怪しいヤツがいないか周りに気を配ってるんだよ。

 こういう風に!」

 五右衛門は暗闇の中に小石を拾って投げ込む。

 小刀だろうか?

 小石は何か金属で『キンッ』と弾き落とされた。

 「出て来いよ、ずっとついて来てたんだろ?」と五右衛門。

 「バレていたのか。

 わかっていたのに娘を外に連れ出したのか?」

 「明るいうちにあぶり出そうとは思ってたんだが、ようかんを一人にする訳にはいかなかったからな。

 連れて歩くしかなかった。

 重秀(もうひとり)に任せようか、とも思ったがアイツは腕は確かだが気配を察知するのはあまり得意じゃない。

 草の相手は少し荷が重そうだ」と五右衛門。

 「草!?

 草ポケモンなの!?

 ドダイトス!?」と僕。

 「訳わかんない事言ってんじゃねえ!

 『草』ってのは忍者って事だ!

 俺と同業者だ!」

 「・・・って事は相手は忍者なの?」

 「そうなんだろ?

 姿を見せろよ」暗がりに五右衛門が声をかける。

 「いつから気付いていた?」

 如何にも忍者という黒づくめの男が暗がりから音もなく現れた。

 「宿に入る時には薄々。

 風呂から出た時には確信に変わった。

 『草につけ回されている』と」

 それで五右衛門は風呂から出た時に口数が少なかったのか。

 「まぁ、しばらくつけ回していてお前が『組織のために動いている忍じゃない』とわかったがな」

 「そりゃそうだ。

 俺は抜け忍。

 今は護衛任務を生業としている」

 「なるほど。

 娘の護衛をしている訳だ。

 その娘は何者なんだ?

 何でお前ほどの男が護衛しているんだ?」

 「雇い主の情報をペラペラしゃべる護衛がいる訳ないだろう?

 でも安心しろ。

 お前の主人、北条の殿様の敵になる存在じゃねえよ」

 「・・・・・」

 「何とか言えよ。

 お前『風魔』なんだろ?」

 五右衛門の問いに答えはなく、忍はいつの間にか姿を消していた。

 「ふう・・・。

 消えたか・・・」と五右衛門。

 「凄いね!

 姿を見破ってたの!?」と僕は興奮して五右衛門に聞く。

 「そんな訳ねーだろーが。

 ハッタリだよ。

 『風魔』っていうのも当てずっぽうだ。

 以前の任務で『風魔』の忍者とカチ合った事があるんだよ。

 その時の忍者と同じ『駿河訛り』が今の忍者にはあった。

 だから思いきってカマをかけてみただけだ。

 雰囲気でわかる。

 術比べになったら『抜け忍』の俺が敵う相手じゃなかった・・・。

 アイツは一体何者なんだ?」

 よく見ると五右衛門は玉のような脂汗をかいている。

 今回現れた男は『風魔小太郎』。

 闇討ちを得意とし『無敵の騎馬軍団』と呼ばれた武田を震えあがらせた天才忍者の棟梁になる男だ。

 五右衛門の「明るいうちにあぶり出す」というのは正解だった。

 暗闇は小太郎のテリトリーだったのだ。


 「ただいまー。

 重かったー・・・」

 僕は戻って荷物をおろすなり、囲炉裏で持ってきた鍋に生乳を入れると弱火で火にかけた。

 「何やってんだ?」と重秀。

 「生乳はそのまま飲むとお腹を壊す人が多いんだよ。

 それだけじゃないけどね」

 僕は生乳に浮いてきた脂分を(すく)って竹筒の水筒に入れる。

 「しかし水筒の数が尋常じゃないな」と五右衛門。

 「小分けにした方が冷やしやすいんだ」

 僕は木桶に張った井戸水に水筒を浸しながら言った。


 夜があけた。

 「重秀おはよう。

 これ振って」

 僕は起き抜けの重秀に竹筒を渡す。

 「なんだよ、いきなり?

 これで良いのかよ?」

 重秀は竹筒をシャカシャカと振る。

 「もっと激しく振って!

 おもいっきり!」

 「なんなんだよ、一体!」

 重秀はぶつぶつと文句を言いながら言われた通り竹筒を激しく振った。

 「重秀、ざまあねぇな」五右衛門が笑う。

 「五右衛門は生クリームを泡立てよ」

 「『泡立てる』ってどうやるんだよ?」

 僕は鍋に竹筒に入った生クリームを入れると砂糖を入れて、泡立て機を五右衛門に渡した。

 「じゃあ泡立てて。

 ツノが立つようになるまで混ぜてね。

 あんまり混ぜ過ぎたらダメだよ?

 分離しちゃうからね」

 「ツノって何だよ?」

 五右衛門は意味がわかっていない。

 僕が重秀に作らせているのは『無塩バター』だ。

 五右衛門に作らせているのは言うまでもなく『ホイップクリーム』だ。

 僕が今から作ろうとしているのはホットケーキだ。

 「フライパンも無しでどうやってホットケーキを作るのか?」と思われるかも知れない。

 フライパンがない代わりに、僕は金属で出来た鏡を持っている。

 ホットケーキは比較的上手に出来た。

 次回の課題としては「囲炉裏に置く場所がないと、鏡は持ちっぱなしになるから腕がダルくなる」という事と「鏡の柄の部分に布を巻き付けても熱は伝わって来て熱い。ちゃんとした持ち手が必要だ」という事と「鏡には枠がないからバランス良く持たないとホットケーキが下に落ちる」という事だ。


 ホイップクリームと無塩バターをホットケーキに塗りたくってホットケーキにかぶりついている重秀と五右衛門を見て思う。

 『概ね成功だな』と。

 あとはジャムとハチミツは工夫次第で準備出来そうだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  なかなか緊迫した場面だった西の大盗忍者と東の風魔棟梁の水面下の心理戦が一夜明けると一転のん気な養観院さんのクッキングタイムに(^◇^)ゴツイ重秀さんと五右衛門さんがクリームまみれのホット…
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