閑話 名前
僕は後に『弥助と竹』と名付けられる二人に言葉を教える。
「言ってごらん?
『ヤック、デカルチャー』」
「「ね、ねかるちゃー?」」と二人。
「『ねかるちゃー』じゃなくて『ヤック、デカルチャー』だよ。
覚えておけばかなり便利な言葉だよ!
『何!?かわした!?』って場合も『恐ろしい!』って場合も『何て野郎だ!』って場合も全部『ヤック、デカルチャー』だからね!」
「ゼントラーディー語じゃなくて日本語を教えろ!」と光秀。
「わかったよ。
言ってごらん?
『私の彼はパイロット』・・・」と僕。
「もっと実用的な言葉を教えろ!」と光秀。
少しではあるがポルトガル語を使える光秀が弥助に日本語を教えて、それを竹が弥助から習う。
日本語の習熟度は弥助のほうが高かったが、竹は戦国時代では珍しいゼントラーディー語を少し使える女性になった。
元々『二人を名付けよう』なんて思ってた訳じゃない。
「いくら遊び歩いてて勉強なんて全くしないダメ大学生だったとしても、名前くらいは聞けるでしょ?」と養観院は光秀に言う。
「君は医学生を何だと思ってるんだ!?
結構、真面目に勉強してたわ!
まぁ、合コンなんかにもたまには参加してたけど・・・」と光秀。
「煕子に言いつけようっと!」と僕。
「悪い事してた訳じゃない!
当時は独身だったんだ!
・・・でも言いつけないでね?」と光秀。
「どうしてよ?
『悪い事してない』んでしょ?」と僕。
「奥さんと出会う前の異性との話なんて奥さんに知られたくないよ。
逆に出会う前に奥さんが『誰を好きだったか?』とか聞きたくもない」と光秀。
「面倒臭いなー。
オッサンがウジウジしてるんじゃないよ!」
「聞かないのが普通なんだよ!
別に『ウジウジ』してない!」
「それより二人に名前聞いてよ。
呼び名がないと不便だよ」と僕。
「・・・本当に話をコロコロ変えるな。
えーっと、確かポルトガル語で名前を聞くのは『Qual o seu nome?』だっけ?」
ブツブツと文句を言いながら光秀は二人と片言でコミュニケーションを取る。
「・・・・・」
「・・・・・」
光秀の表情が引き締まる。
何か怒っている顔だ。
「どうしたの?」と僕。
「・・・どうやら、二人とも物心がつく前に親元から連れ去られたらしい。
だから自分が親に何て呼ばれていたかは『知らない』と。
『奴隷商人』や『雇い主』には『グズ』とか『のろま』とか『役立たず』みたいな酷い呼ばれ方をしていたらしい」と光秀。
「そうか。
ちゃんとした名前はないのか・・・」と僕。
ようやく『二人に名前はない』という理解出来る話になったので、信長が口を挟んでくる。
「男の方は俺が名付けの親になろう。
変な名前は付けない。
今までに俺は数名に名前を与えている」
戦国時代、主から名前を賜るのは名誉だった。
因みに、あまり関係ないが光秀の子供は女子ばかりだった。
やっと男児が生まれた光秀は狂喜乱舞する。
明智光慶の誕生だ。
そんな光秀を見て信長は「自分が名付けの親になろう」と提案する。
光秀にそれを断る理由などない。
信長は光慶の幼名を『十五郎』と名付ける。
この時に気付くべきだった。
信長としては『父親から一字』というつもりで『十兵衛』から『十』を子供の名前に入れたのだ。
だが『十兵衛』と『彦太郎』は同一人物ではない。
光秀としては『何で十五やねん?』とは思いながらも「思ったよりまともな名前だな」と胸を撫でおろした。
この時代、わざと幼名に酷い名前を付ける事がある。
それには出生率の低さが関係する。
『酷い名前なら、それが人間の名前だとは死神からバレない。だから子供が連れて行かれない』と当時の人間は考えたらしい。
だから幼名に『犬』が入っている人物が凄く多い。
前田利家もその一人だ。
だから『よかった、結構まともな名前だ』と光秀は思い『十』の意味をスルーしてしまったのだ。
光秀の令和での名前は『彦太郎』だ。
『彦』も男、『太郎』も男を意味する『頭痛が痛い』みたいなアホな名前だ。
しかし『彦太郎』の名付けの親である父親はアホではない。
彦太郎は四人姉弟の末っ子だ。
上三人はみんな姉だ。
母親は六人姉妹、六人全員が女の子だ。
祖母は五人姉妹、五人全員が女の子だ。
父親は婿養子、祖父も婿養子。
いわゆる『女系家族』というヤツだ。
どうやら遺伝子的に男の子は産まれにくいらしい。
だから彦太郎が産まれた時、父親は『男の子だ!男の子だ!』と泣きながら喜んだ。
祖父は自分が養子に入る前に亡くなっていたから家族の中で男は自分だけだったのだ。
だから『男』を強調した名前をパッションでつけてしまったのだ。
だから本当なら「『男』を意味する漢字は2つでは足りない。本当なら最低でも7つは入れたかった」というのが父親の本音だった。
彦太郎は、その『女系家族』の遺伝子に戦国時代に来ても悩まされる。