五円チョコ
「連れて来たよ」と養観院。
「誰を?」と信長。
「武田信玄」と養観院。
「何で?」と信長。
「病気治さなきゃダメじゃん」と養観院。
「儂が来たら迷惑でしたかな?」と信玄。
「いや、そんな事は・・・」と柄にもなく信長は口ごもる。
そのやり取りを見た藤吉郎は思った。
「意識している、していないに関係なく養観院には権力者と権力者を繋げ合わせる力がある。
足利義昭を清洲に引き込み、ついには武田信玄すらも清洲に引き込んでしまった。
今のところ、大きな問題にはなっていない。
だがそのうちに『信長様の意思を無視して勝手に動いている事』が問題になるだろう」と。
本多忠勝と榊原康政が岡崎に帰る。
何かしらお土産を持たせよう。
養観院は思案する。
何が良いだろう、と。
目新しい物が良いだろう。
よし、貴重ではあるけどチョコレートにしよう。
ただチョコレートの塊を土産として持たせるのは芸がない。
「そうだ!」
1560年代、日本国内では深刻な通貨不足に陥る。
理由は『倭冦の取り締まり』により、中国から『明銭』つまり『永楽通宝』が入って来なくなった事が原因だ。
それもあって日本国内で『私鋳』された永楽通宝が出回る。
驚くべき事に『私鋳』は罪に問われない。
『銅貨には銅そのものに価値がある』と考えられていたのだ。
現に日本国内で『私鋳』された銅貨は中国本国で流通していたりした。
しかしあまりに『私鋳』の程度が低いモノは『鐚銭』と呼ばれた。
養観院が手に入れたモノは『永楽通宝』を私鋳するための『木型』だ。
そんなモノ簡単には手に入らない。
しかし養観院は『清洲で一番偉い男』のお気に入りなのだ。
その木型に砂を詰める。
砂を片栗粉などで固める。
固まった砂を『砂型』という。
砂型の中に銅を流し込んで固まって出来たモノが『私鋳された永楽通宝』だ。
木型は擦り減る。
良く出来たモノも不出来なモノも存在する。
木型の出来が『良貨』なのか『鐚銭』なのかを分けると言っても良い。
養観院が手に入れた木型はハッキリ言って『鐚銭の中でも底辺』の私鋳銭しか作れない粗悪な木型だ。
別に養観院に『銭作り』への興味はまるでない。
木型に本当なら砂を詰めるところ、仮面の素材のゴムを流し込む。
ゴムが固まる。
ゴムの中に溶けた金属は流し込めない。
そんな事をしたら瞬間的に『ゴムで作った型』はドロドロに溶けてしまう。
ゴムの型の中に流し込むのはミルクチョコレートだ。
型の中で固まったチョコレートを取り出す。
『五円チョコ』ならぬ永楽通宝の『一文チョコ』の完成だ。
・・・完成なのだが。
「ん~~~~」養観院は完成した『一文チョコ』の出来が気に食わない。
もう一人擦り減った木型が気に食わない人物がいた。
『美しくない』と。
猿飛佐助である。
佐助は変装の天才、贋作作りの天才だ。
中途半端な出来の木型を見てイライラしたのだ。
養観院と佐助は無言で握手する。
言葉にしなくても言いたい事はわかる。
『型を一から作り直そう』と。
もう養観院と佐助は2日寝ていない。
型を製作しているのだ。
「そこまで根を詰めなくても」と思うかもしれない。
岡崎からの護衛の滞在期間は4日間。
つまりあと2日後に本多忠勝達は岡崎に帰ってしまうのだ。
それまでに『一文チョコ』を完成させなくてはならない。
普段訳がわからない養観院も『菓子作りに対する情熱』だけは鬼気迫るモノがある。
佐助も『美に対する探求』だけは凄まじいモノがある。
「「出来た!」」と佐助と養観院。
木型ではない。
鉄で出来た型『金型』だ。
金型にゴムを流し込む。
ゴムが固まり、そこにミルクチョコレートを流し込む。
冷え固まったチョコレートをゴム型から取り出す。
どこからどう見ても『永楽通宝』の形のチョコレートだ。
これで終わりではない。
『一文チョコ』を量産しなくては。
養観院の徹夜は続くのだった。
「どう思う?」と信長。
「『どう』と申しますと?」と藤吉郎。
「この『一文ちょこ』とやらの話だ」
「精工な出来でございますなあ」
「精工過ぎる。
本物の『永楽通宝』以上の出来映えだ」
『鐚銭』4枚が『撰銭』で本物の永楽通宝1枚の価値しかない事は知っているな?
これならば、本物と同等の価値があるだろう」
「待って下さい!
これはあくまで菓子でございます!
『永楽通宝』ではございません!」
「わかっている。
養観院は全く『私鋳』をしようという野望がない。
誰もが手に入れたい『型』を持っているにも関わらず、だ」と信長。
「あの女・・・何者なんだ?」藤吉郎の不審は増すばかりだった。




