軍馬
「うぶっ!」
やっぱりと言うか、養観院は乗り物酔いした。
養観院が吐きそうになった途端に佐助は馬からヒラリと飛び降りる。
「おい、コラ!うぷっ!」
前にも触れた通り『養観院に馬を扱わせるぐらいならフンコロガシに手綱を持たせておいた方がまだマシ』だ。
その養観院が一人で馬に乗っている。
そして養観院は手綱を握ると人格が終わる。
『変わる』んじゃない。
『終わる』のだ。
ハンドルを握ると人格が変わる人がたまにいる。
それと似たような感じで手綱を握ると人格が終わるのだ。
佐助が馬から飛び降りたから、仕方なく養観院は馬の手綱を握る。
「何人たりともオラの前を走るでねえ!!」
何故か養観院は上州弁で馬を走らせ・・・ようとして何者かに子猫のように襟首を掴まれて持ち上げられた。
この時代、上州には、かの武田信玄をして「アイツがいるから上野を落とすのは難しい」と言わしめた『長野業政』がいる。
だが、この話に長野業政は全く登場しない。
「のーびーるー!やーめーろー!」とジタバタしながら養観院が暴れる。
「本当に猫みたいだな」
佐助と養観院がいなくなり乗っている人が誰もいなくなった馬の手綱を榊原康政が操る、器用に自分の馬の手綱も操りながら。
「離せロボ!」と養観院。
「『ろぼ』?」と本多忠勝。
養観院の襟首を掴んでぷらーんと持ち上げていたのは本多忠勝だった。
「『ロボ』はガノタ的にはNGなんだっけ?
『モビルスーツ』だっけ?」
「違う『忠勝』だ」
「そんな長い名前覚えられないよ」
「『もびるなんとか』の方が長い・・・」
「細かい事をネチネチと!
だったらガンダムで良いよね?」
「・・・良いのか?」と忠勝。
しかし『ガンダム』と呼んだのは養観院だけだったし鎧が黒いせいか『白い悪魔』とは言われなかった。
しかし『白い悪魔』のような見た目でのあだ名がつけられないかというと、そんな事はないらしい。
榊原康政は忠勝の事を『鹿』と呼んだ。
「馬に乗った鹿、すなわち『馬鹿』」という意味ではない。
忠勝の兜に鹿の角のような飾りがついていたのだ。
忠勝は自分の肩の上に暴れる養観院を乗せた。
「何するんだよ!
忠勝は戸愚呂弟か!
『バリバリ最強No.1』か!」
忠勝の肩に掴まりながら、養観院は文句を言う。
文句を言われた忠勝は何の話なのか全くわかっていない。
「お前、古いアニメとか漫画を知ってるよな」と光秀。
因みに光秀には養観院が戸愚呂兄に見えていない。
『夢の国で著作権ネズミの耳のカチューシャを着けて父親に肩車されてはしゃぐ幼女』にしか見えないのだ。
「娘よ、もう吐き気は大丈夫なのか?」と忠勝。
そう言えば・・・「うっぷっ!」忘れていた吐き気がよみがえってくる。
「思い出させやがって!」と忠勝に文句を言う養観院。
「・・・すまん」素直に謝罪する忠勝。
「『吐き気を忘れる』っていうのも大概だと思うぜ?」と榊原康政。
相変わらず二頭の馬を器用に操っている。
佐助が誰も乗っていない馬にヒラリと飛び乗る。
「助かったぜ。
もう一頭、馬を抑えとくのは難儀してたんだよ」と榊原康政は言うが、傍目から見て全然難儀していたようには見えなかった。
「娘よ、元の馬に戻るが良い」と忠勝が言うとが、
「無理。
吐きそうな人を後ろに乗せたくない」と佐助が無表情に食い気味に言う。
こうして養観院は忠勝の肩にしがみつきながら清洲へ向かう事になった。
いくら養観院が軽いとはいえ、重量級の忠勝プラスで体重がかかってくる馬はたまったモノじゃない。
忠勝は清洲に着く前に三頭の馬を乗り潰す。
左馬助が30頭の馬を手配してきて本当に良かった。
信玄と言えば『風林火山』が有名だ。
これは孫子の兵法、『軍争』を信玄が引用したモノだ。
『侵掠すること火の如し』と『疾きこと風の如し』はわかる、いかにも軍略だ。
しかし『徐かなること林の如し』と『動かざること山の如し』がわからない。
兵法としてはわかる。
『動くべき時にだけ動け、それ以外の時はジッとしてろ』と。
でもそれを戦場の旗印にするのは如何なモノか?
いちいち士気が下がる様な事を旗に書くべきか?
そこには信玄の『考え方』が反映されている。
信玄は『勝ちすぎてはいけない。
引き分け、もしくは少し優勢ぐらいが丁度良い。
勝ちすぎると敵を作ってしまう』という考え方だ。
元々信玄は『甲斐が無事ならそれで良い。ただ火の粉は払うし、この先脅威になる可能性があるなら、前以て打ち倒しておく』という考え方だった。
『何がなんでも非戦』ではないが、信玄は決して好戦的ではない。
ただ信玄は仏教を大切にしており、信長は仏教を嫌っている。
今は織田と武田の関係は悪くない。
だが、織田と武田はいくらでも争う要素はある。
いつ険悪になってもおかしくない。
保豊が清洲に使者の忍者を送る。
『間もなく一行が清洲に到着する』と。
それを受けて信長は一行を出迎えるように清洲城の城門に藤吉郎と利家を伴って出ようとする。
しかし一団はもう清須城へ到着するところだった。
大男の肩にしがみついて、ギャーギャーと騒ぐ養観院と、それをニコニコしながら見守る武田信玄。
織田信長は混乱する。
「キンカ頭、これはどういう状況だ?
何で武田信玄公がここにいる?」
「え?
『どういう状況』と言われても・・・。
養観院はキチンと書状に書いてませんでしたか?」と光秀。
「書状は確かに受け取っていた。
毎回『特に何もなし』と。
こちらからの書状で『信玄公に何か動きがあれば伝えるように』と伝えてもあった」と信長。
「あぁ。
あの草書、そんな事が書いてあったのか。
読めなかったよ」と養観院。
「それでは世話になりますぞ、信長公」と信玄。
「え?」と信長。