閑話 ハローグッバイ
なぜ清洲行きでそこまで大袈裟な護衛をつけるのか?
直前まで半年以上、西三河では『三河一向一揆』が起きていた。
つまり岡崎近辺はいまだに生々しく戦乱の傷痕が残っている。
護衛が本多忠勝一人では無理なのだ。
確かに本多忠勝は一騎当千で多くの敵も相手ではないだろう。
でも『闘う』と言うのと『一団を守る』というのは意味合いが全く違う。
家康は護衛任務にもう一人の武将をつけた。
『榊原康政』で養観院が『イクエ』と呼ぶ人物だ。
時々『ヨシエ』と呼ぶが「いけね!『ヨシエ』は柏原だ」と言う養観院の独り言を誰も理解出来ない。
『榊原康政』も言わずと知れた後の『徳川四天王』の一人だ。
榊原康政は武人としてだけではなく、軍師としての才能に優れており「部隊をよく使い、軍慮見切り等は忠勝、両将に及ばず」と言われた。
つまり『軍師としては忠勝なんて2人と比べたらチンカスみたいなもんだ』と。
2人とは?
1人は榊原康政だ。
もう1人は井伊直政、この人物も後の『徳川四天王』の1人だ。
「徳川四天王と言えば、『本多忠勝』と『榊原康政』がいるのに、『酒井忠次』と『井伊直政』がいないのは何故か?」と気になる人もいるだろう。
井伊直政は家康付きの側近だ。
有名な『家康の伊賀越え』の時にも直政は家康に常に同行している。
だから今回も家康に付き従っている。
直政は『井伊の赤鬼』と恐れられる猛将ではあるが小兵であり、背中に護衛対象を庇う事は不可能なので、護衛任務には向かない。
だから今回の護衛には加わっていないのだ。
余談だが、大河ドラマになった『井伊直虎』は『桶狭間の戦い』で戦死した直政の兄の娘だ。
『酒井忠次』もまた、家康の側近だ。
信長に切腹を命じられた家康の嫡男『松平信康』の弁護役でもある。
まあ、忠次の力及ばず信康は切腹する事になるのだが。
信康の切腹は家康の策略の一部だとも言われているが定かではない。
忠次と言えば愛刀『猪切』や愛槍『甕通槍』が有名だ。
余談だが忠次の愛刀『猪切』の作者は妖刀作りと名高い『村正』の弟子だ。
酒井忠次は三河一向一揆で荒れ果てた三河地区の治安改善に取り組んでいて、今回の護衛任務には加わっていない。
つまり『用事があるから酒井忠次と井伊直政は護衛に同行出来ない』と。
そもそも『護衛に全戦力を投入して、家康の周りは誰もいない』なんて状況を家康本人が望む訳がないのだ。




