名前のルーツ
「ようかんと呼ばれている理由はわかった。
でも『養観院』の『院』って何だ?」と五右衛門。
かなり打ち解けて来たら五右衛門は少し僕の事に興味が出てきたようだ。
「わかんない。
僕が聞きたいよ。
何で信長様は僕に『養観院』って名前を付けたのか?」
「そうか・・・」
五右衛門はそれ以上聞かなかった。
「折角三島に来たんだから『三島大社』に詣でないか?」と重秀。
重秀は意外に信心深いようだ。
故郷でも熊野本宮大社に詣でていたのかも知れない。
僕は無神論者ではあったけど『女神』という存在を目の前で見たら神という存在を信じない訳にはいかない。
またトラックにひかれるクラスの不運が訪れたらたまらない。
柄にもなく神だのみしておこうか。
船長は船の周りから離れないらしい。
船を盗まれたらたまらないもんな。
三島大社には僕と重秀と五右衛門で行く。
港から歩いてすぐに三島大社に着くかと思ったらかなり歩かなきゃいけないらしい。
しかし『神前街』とでも言うんだろうか?
堺ほどではないがかなり栄えている。
「この磨きあげられた鉄板が何だかわかるか?
これは『鏡』だ!
磨かれた『鏡』に自分の姿が映し出されるって寸法だ!」
昔は鏡は金属だったのか。
ガラスの鏡はまだ技術的に登場しないよな。
「この鏡が今ならなんと300文だ!」
ざわめきが上がる。
堺で肉体労働を一日して稼げるのが大体100文だ。
三島ではきっとそんなに稼げないだろう。
丸三日間、働いても稼げない金額が鏡にはついていた。
「どうせ盗品の癖に強気な金額つけてるな」と五右衛門。
「盗品?」
「当たり前だろう?
あんな物は公家様か、お武家様しか持ってない物だ。
それが町中で売られている・・・。
戦乱のどさくさでコソ泥が盗んだモノに決まってる」
五右衛門、それをアンタが言うな、と思いつつも僕は「ふーん」と答えた。
「さぁ早く行こうぜ」と五右衛門。
「250文!」
突然露天商に値切り出した僕に五右衛門はギョッとした。
「おいおい、こんなモノ買う気なのかよ・・・」と五右衛門。
「こんなモノとは失礼だな。
お嬢ちゃん、可愛いから290文にまで負けちゃおう」
「260文!
これ以上はびた一文出さない!」
「えーいわかった!
260文で手を打とう!」
元々盗品に値段なんてあってないようなモノだったんだろう。
しまった、もう少し値切れたな。
僕は田中にもらった餞別と溜め込んだ金のほとんどを露店商に渡して鏡を受け取った。
「しかしようかんもそういうモノに興味あるんだな。
やっぱりようかんも女なんだな」と重秀。
「ううん、鏡には全然興味ないよ?」
「お前!
興味無い物に全財産つぎ込んだのかよ!」
「僕が興味を持ったのはこの『持ち手の付いた鏡』の形状だよ」
「どういう意味だよ?」
重秀は頭をひねっている。
「そのうちわかるから」
別に勿体ぶった訳じゃない。
説明が面倒臭かったのだ。
僕達は三島大社の鳥居をくぐる。
境内に人垣が出来ている。
僕達は人垣を野次馬する。
人垣の中心には呼び込みと派手な格好をした美少年がいた。
並みの美少年じゃない。
大道芸人か?
「さあさあ、ここにいる美少年が『名古屋山三郎』だ!
美少女のような美しさと美少年ならではの精悍さを併せ持つだけじゃない。
織田信長公の姪『養雲院』様の子供だ!
何故そんな家柄の人間がここにいるかって?
それは聞くも涙、語るも涙の物語があるのよ!
今を遡る事、十数年前・・・」
鳴り物と楽器の演奏が始まり、美少年が踊り出す。
「どう思う?」と僕。
「眉唾だな。
武家の家系ほど信じられないモノはない。
言う事を信じるなら、武士の三人に一人は『清和源氏』の末裔だ」と重秀。
「ただ一つだけわかった事がある。
信長の姪っ子の名前は『養雲院』。
信長がようかんに『養観院』と命名する時におそらく頭の中によぎった名前だ。
よかったな、『院』の謎が解けて」と五右衛門。
「良かったのか、悪かったのか。
大した意味がないのはわかったよ・・・」僕は複雑な感情のまま答えた。
名古屋山三郎は後に森家の小姓となり、そこから武将となり多くの武勲をあげる。
『伊達男』『かぶきもの』と呼ばれた名古屋山三郎は歌舞伎の開祖と言われている。
妻は出雲阿国だと言うが真相は定かではない。
因みに養雲院は秀吉に正室のねねを紹介した人物だと言われている。
何故ねねと養雲院が知り合いなのか、というと、ねねに読み書きを教えたのは養雲院だ、という話なのだ。
僕達は人垣を出て三島大社にお参りした。
「何をお願いしようか?」と悩んだが、旅の道中の安全をお願いする事にした。
『元の時代に戻りたい』と考えていない自分に少しビックリした。
元の時代の肉体はもうない。
元の時代に僕の居場所はない。
それ以上にこの時代の生活を僕は少し気に入っているのだ。
まぁ戦乱の時代だから元の時代より危険はあるのだけれど。