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最終話 元氷の令嬢は、今日も幸せです。

 朝食を済ませた後に連行されて、そしてすぐさま解放される。

 捕縛から解放までの世界新記録を樹立したのではないのでしょうか?

 太陽の位置からしてまだお昼過ぎ、ポーネクロスの商店街も賑やかそのものです。


 じっとしていられないラズマさんがお店を開けているか心配でしたが……。

 どうやら、ちゃんと一人でも開店出来たみたいですね。良かった。


「……あ、え! もう帰ってこれたのかい!?」


 扉を開けて入ると、珍しくカウンターにいたラズマさんが驚いています。

 大きな熊さんが座ってるみたいで、やっぱり可愛いです。


「はい、ルーシーさんから謝罪のお言葉も頂戴しました」

「そうか……いや、疑っていた訳じゃないが、もう何日か掛かると思ってたよ」


 さてと、まずはお店の掃除からやり直さないとかな。

 あ、それよりも先にお食事と湯あみの準備をしないといけませんね。


「アイナ」

「え、あ、ふぁ」

「良かった、本当に」


 ぎゅーっと抱き締めてくれてます。ラズマさんが私をぎゅーって。

 う、嬉しすぎます、頭大パニックです。

 

「ほんのちょっとの時間だったけど、この店にアイナがいないのが信じられなかったんだ」

「ラズマさん……アイナは、ずっと側にいますよ」

「うん……」


 ほわほわです、頭よしよしされてますし、ずっとぎゅーしてくれます。

 しっぽがあったら絶対にフリフリしちゃいますね、嬉しくて止まりません。


「ですがラズマさん、過去に王宮警護隊にいたなんて、アイナ知りませんでした」

「……ごめん、経歴を出してしまうと、無駄に期待させてしまうと思って」

「私が経歴なんかで一緒になる女だと思いますか? これでもガルド家の娘ですよ?」


 ある程度の絢爛豪華なんて、誤差にしかすぎません。 

 背伸びのない、この環境が一番大事なんです。


「私は、この小さなお店とラズマさんがいれば、もうそれで大満足なんです」

「アイナさん……」

「はい、アイナはここにいますよ」

「……ありがとう、僕なんかと結婚してくれて」

「うふふっ、ラズマさん以外とは、結婚する気にならないです」


 ぬくぬくとした感じ……このまま溶けてしまいそうになります。

 でも、やらなきゃいけない事が沢山ありますからね、今は我慢の子です。


 ――翌日。


 カランカランと音の鳴る扉を開けて入ってきたのは、お腹ぽよんのマッケニーさんですね。

 確保されていたはずですけど、無事解放された様子で何よりです。


「やぁ、昨日は散々な目にあったんですよ。聞いてもらえますか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「おお、いつもと違い愛くるしい女神のような微笑みですね。このマッケニーの申し出にここまで応じて頂けるとは、毎日通った甲斐があるというもの。そうですね、長い話になりそうなので、今日はご一緒にランチでも食べながらでどうでしょうか?」


 マッケニーさん、近くにあるブローチを手に取り、カウンターまで来ました。 

 いつも通りの光景に、思わず笑みがこぼれます。


「いえ、主人が鍛冶場へと出かけておりますので、このままお店で大丈夫ですよ。出来たらもっと、近くにいらして下さいな」

「おや、てっきり奥にいるのかと思いました。では、せっかくのお誘いです、ご厚意に賜りましょうか。実はですね、昨日、王都守護隊の勘違いで捕まってしまったんですよ。生まれて初めて、牢獄というものを味わう所でした。おっほっほっ」

「ふふふっ、それは大変でしたね」

「ええ、いつも通りこのお店を遠巻きに眺めていただけですのに、なぜか不審者と間違われてしまいまして。本当なら昨日もアイナさんに会いに来るつもりだったんですよ? 昨日は何かと色々とあったみたいですし……アイナさん?」


 細めていた瞳をうっすらと広げただけで、マッケニーさんは何かを感じたご様子。

 そろそろいいですね、茶番に付き合うのも終わりにしましょうか。


「ずっと騙されてました、マッケニーさん」

「……アイナさん、どうかされましたか?」

「もう芝居はいりませんよ、アリューゼ伯爵の甥、マッケニー・H・マドルさん。またの名を盗賊狩りのマドル、賞金稼ぎのマドルとも呼ばれているそうですね。得意武器は暗器、油断した相手を背後から襲う手法は、アリューゼ伯爵と変わらない。血は争えないという事でしょうか?」


 カウンター越しに笑みを浮かべたマッケニーさんは、そのまま微動だにしなくなりました。

 

「先日、王都守護隊がウチへと来訪しました。ご自身も確保されたのですから、もちろんご存じですよね? 貴方を確保した隊員さんがこのお店に来て、こんな風に報告したのです」


――遠巻きに武具店を監視している男がいる――


「遠巻きに眺めているだけで『監視』なんて言葉を使いますでしょうか? 今回この街に来た王都守護隊は聖騎士ルーシーが選別した、ある種の精鋭部隊でした。そんな彼らだからこそ、貴方の行動を物珍しさで見る野次馬ではなく、異質な存在である『不審者』と見抜いたのでしょうね」

「……突然何を言うかと思えば、それぐらい誰でも」


 ピッと指をチョキにして、マッケニーさんを黙らせます。


「疑惑その二、彼らの防具が一部(サビ)ておりました。ラズマさんがすぐさま発見し、対処した事で事なきを得ておりますが、あれは間違いなく青い砂(ブルーサンド)です。鉄から鉄へと感染する即効性のある特殊な砂錆、あれを放置したまま三日もすれば、王都守護隊の武具は完全に使い物にならなくなる所でしたね。そして、彼らに青い砂を付着させる事が出来たのも、誤認確保されたマッケニーさん、貴方しかいません」


 砂錆を付着させることで、後々王都守護隊を狩るつもりだったのでしょう。

 野盗盗賊から王都守護隊は恨まれる事が多いですからね。

 なにせ、私の父が謳っているくらいですから。 

   

「疑惑その三、銀砂のオクトパスがラズマさんに武具を依頼してきました。魔法剣六本にフルプレート三セット、彼らが何のために武具を購入しようとしていたのか、最初は思いつきもしませんでした。ですが、貴方が王都守護隊を壊滅させようと企んでいるのならば話しは別です。結託して王都守護隊を潰そうとしたんですよね? その為に私の情報を、王都守護隊へと貴方は売ったのですから。つまり貴方は誘い出したんです、あの王都守護隊の面々を」


 ここまで語ると、マッケニーさんの表情から殺気が溢れてくるようになりました。

 温和な表情が見る影もありません、暗殺者としてまだまだですね。


「ほっほっほ……まさか、まさか」

「疑惑その四」

「まだあるのですか?」

「はい、通念箱を銀砂のオクトパスに譲った、という点ですね」

「ええ、私が彼らに授けました。便利なんですよ、遠くから指示が出せるのでね」


 もう、隠すつもりもないのでしょう。

 マッケニーさんは店内の武器の一つを手にして、私へと向けました。


「求婚していたのは事実でしたよ? 貴女と私が組めば裏世界を牛耳る事だって夢じゃない」

「そんな夢、私の夢と比べるまでもありません」

「ほぉ、それでは教えて頂きましょうか? 真っ赤な血の海に揺られながらね」


 カウンターに座る私へと迷いのない一撃。

 ラズマさんの剣ですもん、切れ味は保証済みです。

 

「ハゾ」

 

 切っ先が私に届くよりも早く、影から現れたハゾがマッケニーさんを一瞬で捕縛しました。

 組み倒し床に伏せ、喉元に短剣を押し当てましたね。流水のような動き、さすがです。


「ぬっぐ…………!」 

「殺してはダメですよ」

「かしこまりました」

「――――、不殺さずのつもりですか? 叔父は何の躊躇もなく殺したのに!? 出て来いお前たち! 予定通り、今日で全ての決着をつける!」


 元々外に誘い出して私を仕留めるつもりだったのでしょうね、二十人程度でしょうか。

 窓を破壊することなく入口の扉から入ってきたのは褒めてあげます。

 

「没落貴族の起死回生の一手だったのでしょうね。私を落とすか、王都守護隊を陥落させ知名度を上げるか。ですが残念でしたね。そのどちらも、蜘蛛の巣のように張り巡らされた貴方の知略も、全て私は断ち切ってしまう事が出来るのです。青い薔薇と呼ばれる所以、教えて差し上げましょうか? 存在しないはずの青い薔薇、その花言葉は」


 ――――不可能――――


 ドルガ盗賊団首領、青い薔薇……彼女は存在そのものが不可能と呼ばれていた。

 見ることも触れることも出来ない彼女の事を、人はいつしか青い薔薇と呼ぶようになる。

 清冽(せいれつ)さを感じさせる薄青い髪や瞳も、その名を促したのかもしれない。

 

「な、なぜだ、なぜこの村の住人がこんなにも集まってくるんですか!」

「気づきませんでした? この街そのものがドルガ盗賊団だという事に」

「な、バカな、この街全体だと!? 千人はくだらないというのに!?」

「ふふふっ、喜んで下さいね。貴方一人の為に全団員の収集を掛けましたから」


 ドルガ盗賊団、構成員数約千人~二千人。

 この数字は王都警護隊の手記によるものだ。

 恐ろしいのは数ではない、その団員全てが青い薔薇を心酔しているということ。 

 彼らは彼女が死ねといえば喜んで死ぬ、狂乱ともよべる忠誠心を保持しているのだ。

 

「久しぶりに楽しめました。マッケニーさん、ありがとうございます」

「ぬっぐ、ぎ、が、あああああああああああああああぁ!」


 血に海に揺られながら夢を見るのは、どうやら私ではなかったみたいですね。

 マッケニーさんのこと、ちょっとは好きでしたのに。ふふふっ……。



「ただいまアイナ」

「お帰りなさい、ラズマさん」

「見てよほら、屑鉄から魔法剣の要素を持った短剣が造れたんだ。氷の属性を持った剣なんだけど……これ、良かったらアイナに使って欲しい。また変な奴らが襲ってくるかもしれない、その時に僕が側にいないかもしれない……だから、護身用に使ってくれたら」


 ラズマさんの手の中にある短剣は、刃が薄い氷のように青く輝く短剣でした。

 鍛冶師の想いが剣に宿ると聞いたことがあります。

 ラズマさんの私への想いが、こうして形になったのですね。


「嬉しい……」

「だって、アイナは僕の大事なお嫁さんだから」

「……はい、アイナは、一生ラズマさんのお嫁さんでいます」


 結婚式の時にも誓いましたが、本当に、一生側にいたいと思います。

 ぎゅーっとしてくれるだけで、こんなにも幸せになれる人がいてくれる事に、感謝です。

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