第6話 悪事、バレちゃいました。
ルーシーさん、まさか本当にずっと側にいるとは思いませんでした。
お食事の時も、湯あみの時も、いつだって側にいます。
でも、側にいるだけじゃなく、何もかも手伝ってくれます。
「ルーシー、君が皿洗いしているの?」
「だって、監視するだけって暇なんだもん。有力な情報を引き出すためにもさ、こうして一緒にお皿とか洗ったりしてた方が、アイナさん的にも気楽でいいでしょ?」
一日一緒におりましたが、とても重宝してます。
家事に限り、このまま永遠に監視して欲しいくらいです。
「ラズマって鍛冶に関しては最高クラスの腕前してるのに、家事は全然ダメでしょ? 子供が出来たら多分アイナさん苦労するよー? 絶対にラズマって何も手伝わないから」
ラズマさんとの子供ですか……欲しいです。絶対に可愛いです。
私が一から十まで全部やりますから、それでいいと思います。
ダメなぐらいが丁度いいんですよ。ルーシーさん、分かってないですね。
「失礼します、ルーシー中隊長」
王都守護隊の特徴である、大盾のレリーフが刻まれた鎧を身につけた人が入って来ましたね。
三十人ほど送りこむとおっしゃってましたから、この人がその内の一人でしょうか。
「ロッドか、どうした」
「はっ……え、あ、あ、はい、あの」
ルーシーさんがエプロンつけてお皿洗ってるとは思わなかったのでしょうか?
ロッドと呼ばれた隊員さん、赤面して慌てちゃってますね。コホンと咳払い一つ。
「周辺を調査していた際、怪しげな男の身柄を確保しました。薄毛に肥満、歳の頃四十歳前後、遠巻きに武具店を監視しており、詰問するも『自分はアイナ様に命をささげる』と叫んでいるのですが」
誰のことを言っているのか、なんとなく分かりますね。
「アイナさん、思い当たる節は?」
「いいえ、何も」
「そうか、ではその者を牢へと拘束、情報を絞れるだけ絞っておけ」
「はっ! かしこまりました!」
あら、マッケニーさん大丈夫でしょうか?
でも多分、大丈夫でしょう。そうだと信じます。
「ちょっと待った、君、ロッド君と言ったね」
「はい、そうですが」
「ちょっと鎧みさせて貰えるかな? 君の歩調に違和感を感じるんだ。ああ、僕は鍛冶師のラズマ、大丈夫、壊したりはしないからさ」
腕前だけは超一流、それはルーシーさんも認める所なのです。
ロッドさんを招き入れて鎧を外してもらうと、ラズマさんのスイッチが入りました。
「歪みがあるから、バラシてちょっと叩くからね。あと錆が酷い、ヤスリ掛けはしてないのかい? 常日頃の手入れをしないと、いざという時に役に立たないモノになってしまうぞ? それに腰のベルト、革にヒビが入ってそろそろ切れてしまう恐れがある。戦ってる最中にそんな事になってみろ、容赦なく頭かち割られるよ? 革製品には油を刷り込ませないと」
講釈を垂れながらも、腕は既に工具を握り締めています。
手早い動きで留め具を外すと、複雑な鎧もあっという間に一枚板に。
あら? あの錆……。
「……ああ、剣もダメだね。そもそもロッド君の背丈にあっていない。鞘とはいえ切っ先が地面に擦ってるじゃないか。それに筋力も足りていない、ロングソードではなくてショートソードを使うべきだ。ルーシー、王都守護隊は一部とはいえ君の管理下にあるんだろう? こんな杜撰な装備品で本当に大丈夫なのか?」
「……昨日の会話で気付かなかった? 安い早いがモットーなんだよ、王都守護隊ってのはさ」
確かに、質に関しては認めてましたものね。
時間とお金さえあれば、ラズマさんの武具を使いたいというのが本音なのでしょう。
安い早いということは、質は度外視。一定の質で大量生産。
個々人に合わせた武器防具なんて用意しない……いえ、出来ないのでしょうね。
「失礼ですがラズマ様、確かに現在の私の力ではこの剣を使いこなす事は難しい。ですがこれも日々の鍛錬の為、将来この剣を使いこなせるようになれと、ルーシー中隊長のメッセージが込められたものなのです。譲る訳にはいきません」
そうなのですか? という視線を送ると、ルーシーさんは眉を下げましたね。
懐事情による苦し紛れの言い訳……みたいなものでしょうか。
「この剣を持って修行したいというのであれば、君はまだ役務に就くのは早い。戦ってる最中に『まだ修行中だから』などと言い訳をするつもりか? 大体、重しを付けた剣での修行がしたいのならば逆に軽すぎる。ツーハンドソードの最重量級での素振りでもした方がいい」
「ラズマさんは鍛冶師ですよね? 実際の戦場にも出ない男が、戦いを語らないで頂きたい」
琴線に触れる部分があったのでしょうね、それはつまり図星という意味でもあるのですけど。
槌を振るっていた手を止めて、ラズマさんはロッドさんを見やります。
「ならば、言葉よりも戦いで示した方が、君は納得するのかな?」
「……当然」
「だ、そうだ。ルーシー、大丈夫か?」
ラズマさん、持っていた槌を置いて、その場から立ち上がりました。
戦ったところ見た事ないのですが、洞窟を一人で探索しているラズマさんですもの。
私の旦那様のかっこいい所が見れそうで、アイナうきうきしちゃいます。
「いいよ、ウチの隊員の練度も見たかった所だし。店番は他の隊員にやらせるから、全員で見学に行こうじゃないか」
「ありがとう。ロッド君、中隊長さんの許可が出たし、さっそく裏庭に行こうか」
ウチの裏庭には、武器の試し切りが出来るちょっとした広場があるのです。
お客様が希望された場合に限り、この場で木材を切っていただきます。
私はこっそりと、自動巻き割り場と呼んでますけどね。
ラズマさん、お店の商品の一つであるファルシオンを手に取りました。
刃渡り八十程度、短剣の部類に入る剣ですけど、それでロングソードの相手に?
「貴様、舐めているのか」
「別に、舐めてなんかいないさ」
「ロングソードの間合いに入る事すら出来ない武器相手に、私が負けるはずがないだろうが!」
「御託はいい、早く来い」
「ほざけっ!」と叫びながら、ロッドさんが踏み込みましたね。
鎧を着てないからでしょうか、動きが入店した時よりも淀みないです。
でも。
「遅い」
はい、遅すぎます。
あんな直線状の剣の走りでは、誰だってかわせてしまいます。
筋力が足りていない、そもそも背丈もあっていない。
ラズマさんの指摘通りです。
多分、私なら避けた隙にそのまま相手の首を斬りますね。
そこらにいる雑魚と変わりません……本当に、これが王都守護隊の力ですか?
「ほら、どうした、一撃かわしただけだぞ」
「くそっ、そうそうマグレが続いてたまるか!」
振り上げて、勢いを殺さずに回転斬り。
そのどれもが児戯を出ませんね、欠伸が出てしまいます。
「君の使うべきはロングソードではない、ショートソードだ。死んでから気付くのでは遅いんだよ」
「くっ……ならば、武技を使わさせていただく! ――――王都守護隊が武技、絶対なる破砕! この武技から逃げる事は不可能! 防ぐことも叶わぬ万物を打ち砕くこの力! この力を前にして、後悔するがいいッ!!!!」
ロッドさんの掲げた剣から、破砕の波動が広がりました。
この武技のために、ロングソードを敢えて使用していたのでしょうか。
逃げ場のない広範囲な叩きつけ。
斬ることを目的としていないロングソードの、最大有効活用な武技ですね。
「ですが、遅いんですよね」
ラズマさんなら簡単にかわしてしまうでしょう。
踏み込んで相手の背後に回り込み、刃を喉元に当てる。
それだけで終わりなのですが……あら? ラズマさん、避けないのですか?
すううぅ――――と息を吸い込んで。
凄い、ラズマさんの両腕がはち切れんばかりに膨れ上がっています!
「はああああああぁッ!!!」
踏み込んだ地面がえぐれて、短剣でロッドさんの武技を受け止めてしまいました!
「――――足りない、足りないぞロッド君! 君が言いたい事は分かる、だがな! 何かを守ると謳うのならば、その言葉に裏付けされた実力が必要不可欠なんだ!」
「ぐっ! な、なんなんだ、なんなんだお前は! 単なる鍛冶師じゃないのか!」
「単なる鍛冶師だ、だが、君なんかよりも踏んだ場数が違う!」
激しい衝裂音と共に、絶対なる破砕が砕け散りました。
振りぬいたラズマさんの一撃で、ロッド君が吹っ飛び転がっていきます。
ラズマさん、やっぱりカッコいいです。強いです、アイナ惚れ直しちゃいます。
「ん、やっぱりラズマは昔のままだ。変わってないね」
「……そう、なんですか?」
「へっ? 奥さんなのに聞いてないの? ラズマは昔ね、王宮警護隊にいたこともあったんだよ。王都守護隊の更に上の部隊。そこの隊長さん。でも、このお店を継ぐことになってね。ラズマは二年前に、王宮警護隊隊長職を退いちゃったんだよ」
初耳です……でも、納得です。
ラズマさんが一人でなんでも出来るのも、お店の運営がダメダメなのも。
色々なところがチグハグしてた感じがしたのですけど、全部納得できちゃいました。
でも、欲を言えば、直接ラズマさんから聞きたかったです。残念。
「さて、じゃあ私の仕事もしないとかな」
ガチャンと、私の両手首に手枷が嵌められました。
……え? なぜでしょうか?
「アイナさん、ウチの詰め所までご同行頂きましょうか」
「……え、っと?」
「もちろん、任意ではございません。強制連行になります」
「一応お聞きしますが、強制連行の理由は?」
緑色の髪の中から覗く、宝石のエメラルドの様な瞳。
それがさも自信ありげに私を穿ちますが、何かボロが出てしまったのでしょうか?
「色々とありますけど、まずは二人が戦っている時の眼ですね。商人の娘の眼じゃありませんでした。まるで自分が戦っている時のような眼の動き。多分、貴女の頭の中でも、ウチのロッドに何回か勝利しているのではありませんか?」
「……戦いを観て入れば、誰もがそうすると思いますよ?」
可能な限りの反論をしてみましたけど。
どうやらあまり意味を成さないみたいですね。
ルーシーさん、両手を挙げて首を横に振ります。
「それだけじゃない。実は、昨日から銀砂のオクトパスが全員行方不明になっていてね。それがついさっき店番に入った者の報告で、全員の死亡が確認されたんだ。だが、リーダー格であったはずのシュバルツの姿だけがどこにもない」
ハゾ達の活躍でしょうね。さすがです。
ですが遺体の処理を怠るとは、後でお説教しないとですね。
「彼の愛刀、魔紫煙は結構なレアものでね、抜くだけで毒ガスが噴き出る厄介な剣なんだ。ウチも結構苦戦したからね、あの剣の恐ろしさは誰よりも分かってるつもりさ。けど――」
ずいっとルーシーさんは近寄って、鼻をひくひくとさせます。
「なんで、アイナさんからあの剣の匂いがするのかな? 昨日会った時に直ぐに気付いたよ、この刺激臭は忘れる事が出来ない。そして今、店番に入っている者から毒検査が完了したとの報告もあった。棚から検出された毒、これが魔紫煙の毒かは定かじゃないが、なぜアイナさんの周囲にはこんなにも状況証拠が残されているのかな?」
「さぁ? なぜでしょうね」
確かに、あの刺激臭は凄かったですものね。
残っていたのは分かっておりましたが、どうやっても消すことが出来ませんでした。
それを突いてくる……まぁ、会う前から疑われていたみたいですし、当然と言えば当然でしょうけど。
「……ルーシー、お前、ウチのアイナに何を」
「ちょっとだけ事実確認をするだけだよ。何もなかったら直ぐに帰すからさ」
ラズマさんが心配してくれています。
ウチのアイナって呼んでくれて、私嬉しい。
今すぐラズマさんに甘えたいです、ぎゅーってされたいです。
「本当だな? すぐに帰してくれるんだな?」
「約束は守るよ、王都守護隊の名に懸けてね」
私、すぐに帰りますから、一日で戻ってきますから。
ですから、今日だけは作り置きのシチューで我慢して下さいね。
はぁぁ。今日は幸せな一日です、ラズマさんに心配されるなんて。
……さてと、ラズマさんに会いたいので、本当に一日で解放して頂こうかしら。
その為の布石は既に打ちましたけど……ハゾたち、ちゃんと動いてくれるかしら?