第5話 討伐目標は、どうやら私のようです。
私達のお店があるポーネクロスは、王都と港町とのちょうど中間に位置します。
流通経路として優秀なこの街は、比較的安全が保たれておりました。
しかし、昨今冒険者ギルドが付近一帯を危険地帯、ランクAへと評価を変えました。
それに伴い、大小の商家は流通経路として相応しいのか、議論を重ねているそうです。
危険が付きまとうのであれば、護衛が必然になってしまいます。
しかし護衛は無料じゃありません、費用が掛かるのです。
その費用は薄利多売を主とする商家としては、避けられるのならば避けたいもの。
ランクAの危険地帯を回避するルートとして、険しい山を開拓する商家まで現れる始末。
「よって、ポーネクロスにルーシー・ロンスローン中隊長、及び分隊三十名を送り込み、冒険者ギルドの評価が妥当なのかの検討、及び周辺地域の守護に当たるものとする。なお、それと並行し、武具店の質の向上化、巨大総合商店を構える事により、商家の不安を軽減する代案も遂行していく……なるほど」
「最近のポーネクロス周辺は、アリューゼ伯爵家の襲撃、今回の銀砂のオクトパス、他にも冒険者が暗殺者に狙われたって情報も集まってるからね。現状としては、ギルドの評価は妥当だったのかなって感じてるよ」
まったく……物騒になってしまったものです。
あら、ルーシーさんから頂いた紅茶、美味し。
「ウチの武具店の質が問題ってあるけど」
「ああ、どちらかと言うと、質よりも量が問題なの」
「量?」
「本格的に国が動くとなると、今回の分隊じゃ済まなくなる。想定としては、一個小隊がこの街に駐在しながら周辺警護に当たる感じになるから、最大で二百人くらいかな。この武具店で二百人分、用意できる? もちろんそれとは別に冒険者用の武具も用意しておかないと、武具店……とは言えないよね」
無理ですね、ウチのお店で鍛冶が出来るのはラズマさん一人です。
流通経路を確保して武具を揃える事も可能ですが、そうすると経費が掛かり軍に納品するにしては割高になってしまいます。なによりウチを経由する必要性がありません、王都守護隊には独自の伝手があるでしょうし、それを超える安さでないと議題にあげる事すらままならないでしょう。
「冒険者ギルドの評価が妥当なのかの検討ってあるけど、今回の件、ルーシーが結論を出す権利を持ってるって事なの?」
「うん、そだよ。私一応これでも中隊長さんなの」
以外にも、結構上の方なのですね。
身のこなし的にも、今回ワザと捕まっていたと見るのが妥当なのでしょうか。
相手の人数、力量を図る為に意図的に捕縛され、どの程度危険な相手なのか見定める。
意外と厄介かもしれませんね、この中隊長さん。
「そっか……僕の答えとしては、この店は父さんから譲って貰えた大切なお店なんだ。絶対に潰したくない。ましてやその理由が武具店の本質に関わる部分なのだとしたら、負ける訳にはいかないんだ」
「気持ちは分かるよ? でもそれって個人の感想でしょ? 私はこの街の存続にかけての話をしているの。流通経路から外れた町や村がどうなっていくのか、知らない訳じゃないでしょ?」
人の流れとは、水によく例えられます。
流れが止まった水は濁り淀み、いつしか枯れ果ててしまうのもの。
流通経路としての役割を失ったポーネクロスは、いずれ廃村と化してしまうでしょうね。
「ラズマのことは幼馴染として好き、だけど、仕事に私情を挟むつもりはないよ」
ルーシーさん、緑色の髪を揺らしながら、凛々しい表情で宣言しましたね。
意外と芯がしっかりした人です、最初の印象とは随分と違います。
「あの、私からも質問宜しいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「その、巨大総合商店が建築された場合、私たちの処遇はどういった形になるのでしょうか? 一応、国からの命令でお店を閉店するというのであらば、それ相応の補償というものが発生すると思うのですが」
いまお話しているこの場所だって、お店兼自宅の一室なんです。
お店を閉店、解体するという事は、私たち夫婦は住む家を失ってしまいます。
「巨大総合商店への斡旋。でも、それも確約じゃないから、何もないって言ってもいい」
「何も、ないのですか?」
「うん、店をたためって言うのは、巨大総合商店が出来ちゃったら将来的に破産するから、予めしておけば? っていう提案だから。近くに全部揃ってる店があったら、競合相手にすらならないでしょ? 今回国王様が出した勅命は、二人の両親、豪商ガルド家とクライオルド家との齟齬を発生させないための、布石にしか過ぎないからね」
つまり、私たちが何をしても、巨大総合商店は建築され、私たちのお店には誰も来なくなる。
そもそも選択肢なんて、あってない様なものなのですね。
「何があっても店は閉店しない。このままでいく」
「ラズマさん……」
「父さんから譲り受けたこの店は、クライオルド家の原点とも言える場所なんだ。僕が潰す訳にはいかない。それに売り上げが悪いのは昨日今日始まった訳じゃないんだ。量はダメでも、質では文句は言わさない。ルーシー、僕は、この店を閉店させるつもりはないよ」
ラズマさん……かっこいいです。思わずカップを握っている手に力が入ってしまいます。
アイナは生涯、ラズマさんに付き添ってまいります。一生一緒です。
「――青い薔薇」
ルーシーさん、紅茶を口に運びながら、独り言ちましたね。
「青い薔薇?」
「青い薔薇と呼ばれている暗殺者、この人物を仕留める事が出来れば、ギルドはランクをBに戻すと言っているの」
私、ですか。
「……難しいのか?」
「とんでもなくね。青い薔薇ってコードネームだけで、正体は不明。盗賊団ドルガの女首領って噂だけど、実際に見た人は誰もいない。ただ……犯行現場に残されたものが一つだけあってね」
ルーシーさんは腰から下げたバッグの中から、布で包まれた何かを取り出しました。
何枚にも覆われたそれは、とても見覚えのあるもの。
「……髪?」
「そ、青い髪。この髪の色が、青い薔薇って呼ばれる所以なんじゃないかなって、思うんだけど?」
言葉を切るようにして、私を睨みつけますね。
なるほど、合点がいきました。
最初から私を疑って、お店に忍び込もうとしていたのですね。
青い薔薇、盗賊団ドルガに繋がる何かがないかと。
銀砂のオクトパスの時に何も抵抗しなかったのも、盗賊団ドルガを疑ったから。
「おい、まさか、ウチのアイナを疑ってるんじゃないだろうな?」
「可能性の問題だよ、私の仕事は疑う所から始まるんだ」
「出来る訳ないだろ? いつだって物静かにしていて、力仕事が出来る筋肉だってない。それにアイナはずっと僕の側にいてくれるんだ。そんな暇も時間もないよ」
「さっきも言ったよ、私は仕事に私情は挟まない」
立ち上がると、ルーシーさんは私を見下ろすようにしながらこう宣言しました。
「これから先、このクライオルド武具店、並びにアイナ・J・クライオルドは、王都守護隊第七師団、聖騎士ルーシー・ロンスローンの監視下に置かさせて頂く。異存の一切を許さない。……という訳で、これから二十四時間ずっと側にいるからね、アイナさん」
手を差し出しながらニッコリと微笑んでいる割には、目が笑っていませんね。
意図的なのか、素が出てしまっているのか。
まったく……色々と面倒なことになってしまいました。




