第3話 私、誘拐されたらしいです。
「買い取り価格、千五百メルです」
「千五百メルかぁ、綺麗なお姉さん、もうちょっとならない?」
「……では、千四百メルで」
「なんで下がるんだよ! じゃあ千五百メルでもいいか、どうせ使えない剣だしな」
武具店には販売だけではなく、買い取りに訪れるお客様もいらっしゃいます。
留め具が壊れてしまっていたり、刃こぼれしてしまっていたり。
中には脂がついてしまい、見てくれが悪いから買い取って欲しいとかもあります。
「勿体ないよね、血糊とか脂で切れ味が落ちる事はないのに」
私の愛するラズマさんは、武具店を営みつつも鍛冶もできる凄い人です。
今回買い取った武器も、ラズマさんが手を加えただけで綺麗に蘇ってしまいました。
蘇っただけじゃありません、強化されていますから、ロングソード+5って感じです。
葉っぱを落としただけで刃に触れると二つに斬れてしまうのですから、相当です。
「屑鉄が結構溜まってきたな……アイナさんごめんなさい、僕、ちょっと鍛冶場行ってきます」
何本かの武器の留め具を外して、刃の部分だけを持ち運ぶラズマさん。
どんな武器でも扱える事が出来るって、凄いです。尊敬してしまいます。
……それにしても、また独りぼっち。
結婚してから手もつないでくれませんし、寝る時も別の部屋です。
私はラズマさんのこと大好きですけど、ラズマさんはそうではないのかもしれません。
……鍛冶場、見に行ってしまいましょうか。
お店の経営も最近は順調ですし、ちょっとぐらい離れても大丈夫だと判断できます。
お金が安定したら、やっぱり愛を育まないといけないと思うのです。
お見合い婚って愛が芽生える前に一緒になってしまうから、ずっと恋愛してるみたい。
毎日ラズマさんのこと考えてしまいます、うぅ……こんなに好きなのに、イジワルです。
「おや、もう閉店ですか?」
closedの看板を出そうとしたら、外にお腹ぽよんのマッケニーさんがいました。
ぺこりお辞儀をすると、マッケニーさんもシルクハットを取って頭を下げます。
あ、天辺に髪の毛がないんですね、お腹ぽよんのツルツルですか。
「では、これからアイナさんは自由な時間という訳ですね。どうでしょうか? 私、ポーネクロスで一番ランチが美味しいお店を知っているのですが、ご一緒しては?」
「一万メル」
「……は?」
「一緒に、ご飯」
「私がアイナさんと一緒にご飯を食べるだけで、一万メルですか?」
はい。安い方だと思います。
「なるほど……目安の一つとさせて頂きます。しかし今は手持ちが足りていません。信用払いという訳にはいかないでしょうか?」
「信用、ありませんの」
「おお、それは手厳しい。仕方ありません、お店だけ教えますので、是非ともご検討のほど」
残念、一万メル稼げるかと思いましたのに。
さすがに値が張りすぎでしょうか? 私も既婚者ですし、五千メルでも良かったかも?
でも私、自分を安売りしたくありません。ぽよんツルですし、やはり一万メルですね。
「……あ、いけない、鍛冶場行きませんと」
ラズマさんが私を待っているのに。
マッケニーさんめ、次はいつもの倍額を請求しないとですね。
★
ポーネクロスの街から離れた場所にある山の中、そこにウチのお店の鍛冶場が存在します。
槌を叩く音がうるさかったり、火を扱うから危ないとかで、街では許可されなかったとか。
川のせせらぎも聞こえてくる、木漏れ日が気持ちの良い場所ではあります。
でも、街から遠すぎです、作業の為だけにしては遠すぎるんです。
そのくせ町長さん、水車の部品が壊れたとかは直ぐにラズマさんに頼るんですよね。
ウチの旦那様を頼るのなら、もっと重宝してもいいと思います。
この街唯一の鍛冶屋さんなんですからね、その辺、理解しているのでしょうか。
カンカンカンって鉄を叩く音が聞こえてきます。
炉に入れて熱した鉄を綺麗に作り直してるのでしょうか?
金床を前に座り込むラズマさん。
集中してる顔はいつもの倍ぐらいカッコいいです。
惚れ惚れしてしまいます、胸がきゅんきゅんしてしまいます。
汗を拭いてあげたい、近くに行っても怒らないでしょうか?
職人さん、作業中は邪魔したら怒るって聞きますけど、ラズマさんは怒らなそうです。
「おう、作業中に悪いな、邪魔するぜ」
っとと、危なかったです、私の他にお客様がいらっしゃったみたい。
もしかしたらこの御仁と会うために、この場所に足を運んだのでしょうか?
密会……? 私に隠れて? これは、調査しないといけませんね。
「なんの御用ですか? 今は見ての通り、鉄を打っているのですが」
「鉄を鋼に変えちまうんだろ? しかもそこから更に特殊性能まで持たせることが出来る。魔法鍛冶屋ラズマ、王都じゃ知らない奴はいないくらいアンタ有名だからな」
私、王都に住んでましたけど知りませんでしたの。
え、ラズマさんって王都にいらした事もあったのですか?
でしたら、その時からお知り合いになれていれば、もっと長い間一緒にいられたのに。
「……捨てた名だ。今はしがない武具屋の店主だよ」
「アンタが捨ててもこっちは拾いたいんだ。武器を依頼したい。魔風剣シルバニアウィンド、それを三つ。他に溶岩剣ボヅロ、これも三つだ。出来たら更に獅子王の鎧も三つ頼む」
魔法剣六本にフルプレートメイル三セット……おいくらになるのでしょうか?
普段店売りしているロングソードでも一本一万メルですのに、魔法剣となったら青天井です。
価格は鍛冶師次第と言われている魔法剣、しかもラズマさん超有能鍛冶師です。
一本百万メルは下らない? そうしたら二人でしっぽりと旅行なんて行けるかも?
夢が膨らみます、ラズマさん、吹っ掛けちゃってくださいね。
一千万メルでも、アイナはついていきます。
「無理だ、材料がない」
「材料ならあるだろ、お前の奥さんの実家にたんまりとな」
私の実家ですか? 確かに魔封石とかそこら辺に転がってましたけど。
「……何が言いたい」
「可愛くて綺麗な奥さんだよな、豪商ガルド家の三女、氷の令嬢、アイナ・J・ガルド。今はアイナ・J・クライオルドか? 魔法鍛冶師の奥さんが氷の令嬢とは、まぁまたお似合いなこった。でもまぁ、誘拐させてもらったぜ? お店に一人でいるところをな」
え、そうなんですか? 私、誘拐されてしまいましたの?
「貴様、アイナを誘拐しただと!?」
「依頼さえこなしてもらえれば、奥さんには手出ししねぇよ。ほれ、声を聞かせてやるぜ」
あ、あれは離れた場所でも通話が出来るという、通念箱です。
あまり流通していないはずの貴重品……この方、結構な物をお持ちですね。
『――、たすけ――ラズ』
「アイナ、アイナ! 大丈夫か!」
はい、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。
なんて、ふざけてる場合じゃないですね、どうしましょう。
この名も知らぬ御仁をのしてしまえば話が早いのですが。
でも私、ラズマさんの前で野蛮なことはしたくありません。
暗殺者という事がバレてしまっては、ラズマさんがなんと思うか。
「おっとと、可愛い奥さんの声を聴かせるのはここまでだ。さ、どうする?」
「……分かった、だが、アイナには絶対に手は出すんじゃないぞ」
「約束は守る、それが俺たち『銀砂のオクトパス』のやり方だからな」
ラズマさん、私の為に仕事をタダで引き受けてしまうんですね……アイナ、感激です。
しかし『銀砂のオクトパス』ですか。聞き覚えがありますね。
――物資流通を狙った盗賊集団、護衛に傭兵団がいようがお構いなしに攻め立てる手法は、まさに武闘派ならでは。数だけは多い上に最近は所持している武具の質が上がってしまってな、襲われた商人たちは名前を聞くだけで荷物を諦め、馬にまたがり逃げてしまうのだ。全く、困った奴らが出てきたもんだ――
会合の際に、お父様がこんな事を漏らしていましたね。
なるほど、この御仁がその内の一人という訳ですか。
となると、殲滅対象の一人、という事になりますね。
「よし、じゃあ申し訳ないが、お前さんはウチに来てもらうぜ」
「なに? ここで作業するんじゃないのか?」
「逃げられたら面倒だしな、鍛冶場ならウチのアジトにもある。おおっと、その前に目隠しと口は縛らさせてもらうぜ? 無駄に騒がれたら面倒なんでな」
ああ……愛しのラズマさん、目隠しにお口まで縛られてしまいました。
これでは、何も見ることは出来ませんね――――チャンスです。
「ん? 誰だ手前……露出狂か?」
とはいえ、相も変わらず顔を出す訳にはいきませんの。
特徴を言われただけで、ラズマさんには分かってしまうかもしれませんし。
長いスカートで良かった、これなら髪も全部隠せます。
「想像以上に良い足してんじゃねぇか。真っ白でスベスベしててよ、へへ、ラズマさんよ、ちょっとだけそこで待っててくれよな。なんか、おもしれー女が現れたもんでな」
面白い女とか言われたくありません、とっとと終わらせて、ラズマさんを解放しないと。
男さん、腰から下げた二本の内、一本を抜きましたね。
曲刀ですか、シャムシール、切れ味と強度を補完した長持ち武器の一つですか。
「武器も持たずに俺に戦いを挑むとは、そりゃ無謀ってもんじゃねぇのか!?」
貴方ごときに武器なんていりません、以前洞窟で見かけた二人の方が多分強いです。
簡単にかわせるんですが、こちらの攻撃が余り効いている感じがしませんね。
見た目以上の防御力、この方の鎧、守護魔法が付与されてますね。
「けっ、随分すばしっこい子猫ちゃんだな。しょうがねぇ、虎の子を出すか」
……? 風が変わった? あの剣が抜かれた瞬間、空気が。
「げほっ、ごほっ、ごほっ」
ラズマさん、物凄い咳込んでます。
あの剣から発せられている瘴気が、人にとっては猛毒なのかも。
「おっとすまねぇなラズマさん、でも我慢してくれよ。この剣は抜いたが最後、対象の周辺を毒ガスで包み込み殺しちまう最強最悪な毒剣、魔紫煙って剣でな。ラズマさんとこにもガスがちろっとだけ流れちまってるみてぇだが。なに、直ぐ済む。なぜならもう、女が毒に包まれてるからな」
……確かに、私の周囲全てが毒ガスで包まれてしまっていますね。
足元の草花が一気に枯れてますね、それに凄い刺激臭。
これ、噴煙に近い何かが発生しているのかもしれません。
ラズマさんに吸わせてはダメ、距離を取らないと。
「苦しそうだな、でも逃げられねぇぜ。走ったらより一層体内に毒ガスが入り込むだけだ。お前さんの意識が無くなったのを見届けてから、その身体で楽しむことにするかな」
どれだけ走っても、何をやっても毒ガスが消えません。
それどころか周囲が段々と黄色くなってきました。
濃度が増している? 思っていた以上に危険な剣ですね、それ。
「もう動けねぇか? そろそろ全身に毒が回ってきた頃だろう?」
「そう、ですね、ラズマさんからも、随分と、離れましたし」
「お? まだ話が出来んのか? 大したもんだな。でももう動けねぇだろ、それじゃそろそろ」
「えぇ……その剣、頂くとしますね」
――ドルガ流歩行術、枯れ尾花――
幽霊のように、気付いたら背後にいる。
歩調を感じさせない足運びで相手の油断を誘い、一瞬で距離を詰める。
私の場合そのまま跳躍し、太ももで相手の顔を挟んでしまうんですけどね。
「んな!?」
「ごめんなさい、私に毒は一切効かないの」
お母様に鍛えられましたから、豪商故に、毒殺は常に念頭に入れなさいと。
毎日毎日少量の毒を食事に含まされ、静かに体内に慣れさせる。
私達三姉妹にとって、食事とは拷問でした。
泡を吹いて倒れる事だって日常なんです。
それがラズマさんと一緒になってからは、こんなにも毎日が美味しくて幸せで。
頭に巻いたスカートを外し、風になびく薄青い髪を見る。
毒で変化してしまったこんな髪色も、ラズマさんは綺麗だって笑ってくれるんですよ?
「さぁ、咲かせましょう……青い薔薇を」
相手の顔を挟んだまま、勢いそのままに一回転する。
ゴギュリッという鈍い音と共に、男の活動全てが停止しました。
名も知らぬ相手でしたが、銀砂のオクトパスは殲対象ですの、ごめんあそばせ。
「魔紫煙……でしたか、便利な剣を手に入れました」
バイトキングの剣が折れてしまいましたからね、ちょうど良かったです。
さて、そろそろラズマさんを助けにいかないと。
そしてもう一人……お店で捕まった、私とやらを助けないとですね。