第2話 下着姿の女強盗が現れたらしいです。
武具店を営む私達夫婦には、閉店後にもお仕事があります。
お店の商品でもある剣と弓、それに拗ね当てと手指を守るガントレット。
鎖帷子も着込んで、まるで冒険者みたいな恰好になるラズマさん。好き。
「静寂の洞窟に行ってくる。そろそろ宝箱の中身を入れ替えないとだから」
私達が住まう街、ポーネクロスには周辺に幾つかのダンジョンが存在します。
自然に魔物が生成されるダンジョンには、同様に宝箱も生成される事が多いのです。
そしてその中身こそ、ウチの武具店の売り上げを下げる原因にもなってしまうのです。
店売りの武器よりも強力な剣が、宝箱から無料で手に入ると知れ渡ってしまったら?
誰も買わない武具店なんて、一か月ももちません。
だからこうして危険なダンジョンに一人向かい、宝箱の中身を入れ替えに行くのです。
こんな事してるなんて知りませんでした、お店で販売している姿しか見たことなかったから。
涙ぐましい営業努力……なのでしょうか? 盗賊の端っこみたいな仕事な気もしますけど。
でも、入れ替えた後の宝箱にも、ウチで引き取った武器を代わりに入れているらしいのです。
それを手に入れた冒険者さんがウチに売却に来て、新品の切れ味鋭い武器を購入していく。
先行投資ということなのでしょうか?
その分、危険な洞窟に行かないとですら、大変なんですけどね。
「……心配」
鏡みたいに磨かれたバスターソードには、不安を露わにした私が映りこみます。
いつもラズマさんは一人で行って一人で帰ってきますけど、最近この辺りは冒険者ランクAに上がってしまいましたし、もし凶悪な魔物とかいたらどうしましょう? それだけじゃありません、ランクAの魔物を狙った冒険者を狩る、冒険者狩りだって存在すると最近耳にしました。
もう……なぜランクAに上がってしまったのでしょうか?
ランクBでないと、ラズマさんが襲われないか心配してしまいます。
鍛えているのは知っていますけど、もしラズマさんが命を落としてしまったら。
ううん、それだけじゃありません。
ないと思いますけど、もし浮気なんかしてたら。
「…………心配」
見に行こう、絶対ないと思いますけど、もし他の女がいたらソイツ殺さないといけません。
私の幸せを奪うなんて絶対に許せないから、一番苦しむ場所に猛毒剣を突き立てないと。
防具は別にいりませんね、静寂の洞窟に行くだけですし。
カランカラン音が鳴る扉を開けると、物陰にお腹ぽよんのマッケニーさんがいました。
「おや、こんばんは、まさか閉店後に会うとは奇遇ですね。このマッケニーの想いがアイナさんに届いたのでしょうか? これは奇跡としか言いようがない、是非とも私の申し出を受け入れて頂ければと存じ上げます」
危ない、危うく不審者と勘違いして刺し殺してしまう所でした。
「五十メルになります」
「……は?」
「私が、ビックリしたから」
「……なるほど、致し方ありませんね」
小銭でもきちんと貰うものは貰いますし。
無駄な時間でしたけど、稼げたから良しとしましょう。
★
「うぁ、危なかったー、これ魔法剣じゃないか。こんなの手に入れられてたら、ウチの剣なんて誰も買わなくなっちゃうよ。これは回収して、代わりはショートソードと薬草でいいかな」
あ、いました。
良かった、ラズマさん一人です。
宝箱の前にしゃがみ込んで、中身の入れ替えしてるみたいですね。
「さてと……次の宝箱はどこに生成されたのかな」
偉いですね、ちゃんと一人で宝箱の中身を全部入れ替えてます。
元々ランクBのダンジョンとはいえ、一人となると難易度はかなり上がるのに。
全てはお店の売り上げの為ですか……私も頑張ってお店を繁盛させないと。
ラズマさんは一人でも大丈夫そうですし、帰って温かい紅茶でもご用意いたしましょうか。
その方がきっと喜びます、『いいお嫁さんとは』という著書にも、そう書いてありましたし。
「おかしいぞ、また宝箱の中身がクズみたいな武器と薬草だ」
おや……? どこからか声が聞こえてきますね。
ラズマさんは奥へと向かったみたいですし、ちょっと様子を見に行きますか。
「ランクAに設定されたダンジョンは中身もグレードアップするはずだろ? これじゃC以下だぜ? ショートソードと薬草って、どこに売ってもはした金にもならねぇ」
「……これは、誰かが中身を入れ替えてるな」
「中身の入れ替え?」
冒険者風の男が二人、宝箱の前で何かを語らっていますね。
「噂にゃ聞いてたが、アコギな商売してる奴がいるって本当だったんだな。道具屋とか武器屋とか、そこら辺の商人が先にダンジョンに潜って、中身を入れ替えちまうんだと。ロクに戦いもしねぇで魔物から逃げて、中身だけ回収すんだから質が悪い」
「そんで、俺たちにはこんなゴミを押し付けて、洞窟で死ねってか? 酷い話だな」
「増えすぎた魔物を狩る為に来てるっつーのに……おい、このショーソード、刻印があるぞ?」
「なになに……クライオルド武具店? これって近くの街の武器屋じゃねぇの?」
「じゃあ犯人はそこの店主か? ふざけたことしやがって」
バレてしまいましたの? ラズマさん、お店の商品そのまま入れてしまったんですね。
バカ正直な人ですね……致し方ありません、私が後始末しておきますか。
「……ん? 誰だ?」
「女か? しかも露出狂の?」
顔を隠す布がありませんでしたから、スカートを切るしか方法がありませんでした。
あまりジロジロ見ないで欲しいですね、ラズマさんにも見せたことありませんのに。
「おい、武器構えてるぜ」
「そういや、冒険者狩りがいるって噂だもんな」
「ってことは何か? この女、俺達の好きにして良いってことか!?」
ランクAを基準にしてる冒険者だからでしょうか、結構な腕前っぽいですね。
片方は筋肉バカの大剣ですし、もう片方は半月に曲がったショーテルを手にしてます。
カモフラージュに獣の皮とか織り込んでありますけど、鎧だって結構立派ですね。
「いくぞハム!」
「あいよゾゾ! 連携で行くぜ!」
狭い洞窟の中で大剣を天井にぶつけずに繰り出すには、突きしかありません。
それをかわしても、ショーテルが逃げ道を塞いでいる。
頬を掠めるレベルで避け続けていますけど、この二人、やっぱり結構強いですね。
「おらぁ!」
飛んでかわした私へと、突いた大剣を足で蹴り上げる。
凄い剣圧、でも、それならむしろそれを利用して――
「おっと、そうはいかねぇぜ!」
手元で大剣を回転させた? 剣の面に靴が引っ掛かっちゃって、天井に持ってかれる。
「その可愛いお顔、拝見させてもらうぜ!」
ショーテルが迫る、いけない、避けないと。
靴を脱いで足を脱出させて、ギリギリでかわす――
「残念、俺も出来るんだよ!」
クルリ回転したショーテルの刃が、私の顔を隠していた布へと引っ掛かりました。
嘘、こんな奴等の攻撃ごときで私が苦戦するなんて。
ビリリリリリリッ! って、ヤダ、顔を隠してる布が!
布が取れたらダメ、顔を見られたら殺さないといけない!
でも、この人達は冒険者ギルドに加入した冒険者の可能性が高い。
ギルド加入の冒険者が殺されたとなると、大変な事になる。
現場調査で洞窟閉鎖は免れない……そうしたら冒険者が減って、ウチの売り上げが減る!
「おい、コイツ」
「洋服全部、顔に持っていったぞ」
どうせ顔は見えてないんですから、気にすることじゃありません!
「相当に良い身体してんじゃねぇか」
「たまんねぇな……ハム、全開で行くぞ」
「あいよ、今夜は寝かせねぇからなぁ⁉」
――――ふぅ…………呼吸を整えて、相手の気の流れを読み切る。
師匠の教えをしっかりと守って、後がない時こそ冷静に。
繰り出してきた大剣の突き、もう、これしか能がないのでしょうね。
どうせ蹴り上げるのでしょう? でしたら、こっちから先に蹴ってしまえばいい!
「い、なんだこの女の蹴り! 剣が持ってかれ――」
「大丈夫だゾゾ! 俺が抑える!」
持ち上がった剣を足場にして、ハムって小柄な男がショーテルと共に突っ込んできました。
読みやすい一直線の動き、だけど貴方はその弱点を見抜いて刃を回転させるのでしょう?
なら、そこに私の剣を叩きこめばいい!
「な、俺の剣に絡めた!? ちょ、ま!」
待ちません! その剣ともども、地面に叩きつけて折るんですから!
ガギィン――――、って音がして、折れたショーテルの刃が空中を舞う。
「あああああああああぁ! 俺のショーテルがああああぁ!」
ハムって男が叫んでる、ここら辺じゃあまり見ない形でしたからね。
でも残念、その刃には徹底的に仕事してもらいますから。
飛び上がり足の指で空中の刃を挟んで、筋肉バカの大剣へと勢いよく投げつける。
切れ味鋭かったですからね、思惑通り、綺麗にその刃は大剣の面に突き刺さってくれました。
「はあああああああぁ!」
天井を蹴って一気に加速して! その大剣を、折る!
――ガゴオオオオオォッン!!!!
まるで鍛冶場の鉄槌みたいな爆音と共に、私の短剣が大剣に食い込んだ刃を穿ちました。
砕け散る刃、真っ二つに折れる大剣、これで相手も戦意喪失……って、え?
「うそ、私の剣も、折れてる」
あ、いけない、思わず声に出してしまいました。
でも、なぜ? 私の剣は猛毒剣ですけど、簡単には折れないはずなのに。
「おい、ゾゾ! 大丈夫か!」
「うぐっ、ぐぐ……あ、ああ、大丈夫だ。懐にこれ、入れてあったから」
え、その剣、ウチのお店の。
それに当たってしまったから、私の剣が折れたということですか?
やだ……ラズマさん、凄い。
「すげぇな、こんなの奇跡じゃねぇか!」
「……流石は、ランクAの宝箱ってとこか」
もう戦えるだけの武器もありませんし、本当はあの剣の回収がしたかったのですが。
さすがに無手で戦える相手ではありません……ごめんねラズマさん、明日お店廃業かも。
「あ、あの女、逃げるぞ!」
「ちくしょう、はえぇ! 追いつかねぇぞ!」
夜逃げの準備もしないとかしら、でも、ラズマさんになんて伝えれば?
黙ってついて来た事は言えませんし、戦った事も言えません。
失敗しちゃった……ぐすん、ラズマさんともっと一緒に居たかったな。
お店閉店の前に、ラズマさんと二人でしっぽりとした夜を過ごしましょう。
まだ手も握った事もないけど、でも、私はいつだって受け入れられますから。
――翌日。
「この店の剣がすげぇんだよ!」
「俺の持ってた大剣でさえもぶっ壊れちまう攻撃だったのに、この剣折れてねぇんだ!」
あの二人組、なぜか冒険者仲間を引き連れてウチにやってきましたね。
頼んでもいないのに宣伝までしてくれてますし、なんか、良かったのかも?
「奥さん、ここら辺の武器、全部売ってくれよ!」
無言の笑顔で過ごしておきましょう。
声で正体バレたら大変な事になりますし。
――この店の奥さん、氷の令嬢って本当だったんだな。
――豪商ガルド家の三女か……どうりで質が良い訳だぜ。
――綺麗だよなぁ、あんなの美人を奥さんに貰う人生とか、俺も味わいたかったぜ。
昔の噂が功を奏したのでしょうか?
お店の売り上げも順調ですし、頑張って良かったです。