2話-2『”転入生”』
件の人物と連絡を取りに行ったリョウヤが出ていき、ユウトは自修室の中でひとりになる。
「アリナ」
いや、正確には1人と1体だ。
ユウトは呼び声に合わせて、身に着けている指輪に左手で触れる。そのまま意識を”外”へ向けて魔素を手繰り寄せると、魔力として魔石へ流し込んだ。途端、指輪の赤い魔石が光を放ち、人の形を象っていく。
無機質な黒い肌に、同じく無機質な白い髪と服。存在全てが無機質で構成された、例えるならば”機械人形”。ユウトと契約した精霊――アリナだ。
「何か御用ですか、マスター」
白く分厚いゴーグルに隠された顔は、どのような表情を浮かべているのか察しがつかない。声が機械的なことも相まって、感情がないのではとさえ思えてしまう。
(まぁ、そんなこと全く無かったけど)
無感情ならば、封印が解かれて早々に平手打ちしたりしないし、エリーと戦う前に怖気づくことも無い。
(彼女は、れっきとした知性と感情を持つ生命なんだ)
だからこそ、彼女とちゃんと向き合うべきだとユウトは思った。
「あぁ。なんだかんだ忙しくて、マトモに話したことがなかっただろう? この機会に少しでも話が出来たらな、と思って」
「……なるほど。確かに、お互いのことを知るのは大事ですね」
「ありがとう」
すんなりと納得してくれたことに安堵しつつ、ユウトは改めてアリナへと視線を向ける。
(……こうして見ると、本当に機械っぽいよな)
容姿を見てまず思うのは、やはりその無機質さ。
真っ白な部品が彼女の殆どを包んでおり、特に目立つのは髪を表現している頭部分と、顔の大半を隠す巨大なゴーグルに、恐らく服であろう体の大部分を覆う部品。
服らしい白い部品に関しては、胸元から膝丈までのワンピースドレスのような形状となっており、割と体のラインが見えてしまっている。とはいえ、人形からも程遠い機械らしさにドキリとすらしないが。
服や髪、ゴーグルなどの白い部品から伸びるのは、冷たさを感じる黒い部品。手や、脚らしい場所にあることを考えると、恐らくこの黒い部品が彼女の肌なのだろう。
形姿を構成する部品は全てプラスチックのような素材らしく、冷たく硬い。柔らかく温かい人肌や、布で作られた服とは正しく真逆だ。
「そんなに人をジロジロ見て、気色悪いです。この変質者マスター」
気がつけば随分じっくりと眺めてしまっていたようで、アリナが身を視線から守るために両腕で体を隠している。どうやら下卑た妄想でもされているのかと疑ってしまったらしい。
「……アリナを見てそういう気が起きる奴は、なかなか居ないよ」
意外にも出るところ出ており女性らしい体型と言えるが、流石に無機質相手に欲情できるほどユウトは上級者ではなかった。しかし流石にこれ以上見るのは失礼だと思い、視線をアリナから逸らす。
「互いに話そうって言ったけど、確か精霊って召喚されるまでの記憶は無いんだよね?」
精霊と人間の関係はかなり昔から続いているが、実のところ未だに精霊については殆ど判明していない。その主な原因が、精霊の記憶の欠如だった。
”契約の儀”という名の通り、その儀式で行うのはあくまで召喚と契約のみ。すでに存在する精霊と契約を行うため、本来ならば契約前の記憶もあって然るべきなのだが……なぜか全ての精霊が記憶を所持していない。
「はい。私の最初の記憶は貴方に呼び出された直後からです」
「……まぁ、そうだよね」
そもそもアリナの場合は、そのあとにユウトから封印を施されていたのだ。もはや記憶など皆無に等しいだろう。ならば、とユウトはアリナに笑いかけた。
「なら良い機会だし、この世界のことを説明するよ」
「えぇ、お願いします」
知識が無いことはあらゆる行動に制限がかかるも同じ。これ幸いとアリナは頷いた。
「そうだね……どこから説明したものかな。アリナは今、気になってる事とかある?」
「私が一番不思議に思っているのは、魔術師の存在でしょうか」
魔術師。それは精霊と契約を交わすことで魔術を行使する者たちだ。だがアリナが聞きたいのはそこではない。
「明らかに魔術師は一般人を遥かに超えた力を持ちます。しかし、貴方たちの立場はあくまで<魔術戦争>の選手。……このギャップが気になります」
あぁ、とユウトはアリナの聞きたいことに合点がいく。
「どうして魔術師は戦争の兵器じゃないのかってこと?」
「……。はい」
率直すぎる言葉に一瞬だけ言葉を失いつつ、アリナはコクリと頷く。いきなり核心を突く質問に、ユウトはどう答えたものかと思考を巡らせた。
なぜ魔術師は平和に<魔術戦争>へ明け暮れることができるのか。――それは様々な思惑が絡み合った結果だからだ。
「科学が発達した現代では、兵器を使うことで誰でも気軽に強い力を持つことが出来るんだ。だから、先天的な素養が必要な魔術師は扱い辛くて戦力として向いていない」
魔術師と成るためには多くの条件が必要となる。その中でも特に”魔素を手繰り寄せる”のは、生まれ持っての素養が必要だ。
(幼い頃から感覚を鍛えられれば、人力で覚えることもできるけど……)
見えないものを手繰り寄せる行為を努力で補うのは非常に難しい。小さな子どもに辛い負荷を与えることを覚悟しなければならず、中々そこまでする家庭は少ないだろう。
結果として、魔術師になれる素養を持つのは数百人に1人だ。そこから更に、マトモに戦える”Cランク”や”Bランク”の精霊と契約できるのは15%程度である。誰もが憧れる”Sランク”ともなれば、天文学的な確率となるだろう。
「限られた人しかなれない魔術師っていうのは、戦力として不安定すぎるからね。大事な軍事力が不安定っていうのは、施政者たちからすれば鬱陶しいことこの上ない」
政治家からしてみれば、魔術師は不安定な戦術兵器を懐に抱えているようなもの。
結局、単独で強い彼らよりも、鍛えた一般人に銃や戦闘機を持たせたほうが戦力として安定しているし不必要な格差も生まれない。それが現代の軍事力としての魔術師の考え方だ。
「――っていうのが、表向きの理由かな」
「表向き、ですか」
ユウトが最後に付け加えた言葉を聞いて、アリナの声色は固くなったように感じた。
一般世間に周知されている情報が事実ではない。確かに軍事力として数えない理由のひとつではあるが、根本的な理由はそこではなかった。
「”Sランク”の精霊と契約した魔術師が裏でどう比喩られているか、知ってる?」
「……いいえ」
つい先日封印から解かれたばかりで知るわけないでしょう。と言いたいアリナだったが、あまりに真剣な雰囲気を纏うユウトに口を閉ざした。
「――核兵器」
「……!」
結果としてそれは正解だった。
「”Sランク”と契約した魔術師同士が際限なく戦えば、世界が滅ぶ。だから、誰も軍事力として持てないのさ」
魔術師は単独で凄まじい力を持つ。何処かの国がとち狂って魔術師を使って戦争を始めれば、彼らに対処できるのは魔術師のみ。
軍事力として魔術師を数えるということは、世界滅亡の引き金を引くことと同義だ。だからこそ、どの国も魔術師は軍事力として数えない。
「でも強い魔術師は、その国に居るだけで他国への牽制になる。いざとなれば使える”核兵器”として……ね」
「……なるほど、この学園が妙にお金が掛かっている理由がそこですか」
それが、”魔術先進国”の国力が高い大きな理由だ。国際的なスポーツとして集金力が高いという理由も当然あるものの、それ以上に強い魔術師が所属しているという事実は、それだけで外交の強力な手札となる。
だからこそどの国も魔術師の育成へ躍起になり、その結果としてこの学園のような魔術学園は総じて他の学校よりも飛躍的に金がかかっているのだ。
(他の追随を許さないほどの苛烈な競争。しかも契約した精霊によって、その強さが明確に分かれてしまう残酷な世界)
科学の力では説明できない、不可思議な現象が巻き起こるスポーツな<魔術戦争>は、一見して華やかで幻想的だ。その実、国同士の牽制や精霊の格差によって異様なほどに苛烈な競争社会でもある。
(貴方はその世界で、頂点を取るつもりなんですか)
最低評価である”Eランク”を超えてしまった”Fランク”の精霊……それがアリナだ。ひとつランクが違うだけで勝率4割を切るほどの格差で、それは無能と呼ばれるのに等しい。
だが、彼はその上で”Sランク”に勝利した。単純計算で勝率0.01%の相手に。
(一体この人は、それを可能とするまでにどれほどの努力を積み重ねてきたのでしょうか)
魔術師の才能は、契約する精霊のランクに左右される。つまり、”Fランク”と契約したユウトは誰よりも才能が無いことを意味した。
才能のない者が力量差を補うには、努力するしか無い。事実、先のエリーとの戦いでユウトは殆ど魔術に頼らず戦っていた。
(……どうして、この人と――)
ピロロン。
「お、リョウヤからだ」
積み重なっていく感情をアリナが言葉に変換しようとしたその瞬間、ユウトの懐から高めの電子音が鳴り響く。どうやらスマホにメッセージが届いたらしい。
「例の人、暇してたらしいからこっちに今来てるって。その間に、もう少し説明を続けようか?」
「……えぇ、お願いします」
じわじわと降り積もる感情に蓋をして、アリナはユウトの提案に頷く。
言葉にしかけた想いは、もう霧のように掴めなくなっていて、ただただジワジワと静かに存在を主張していた。
◇
それから20分ほど経った頃、不意に自修室のチャイムが鳴って来客が来たことを知らせた。
「待たせたな、ユウト」
「大丈夫だよ」
ユウトは扉を開けて、入ってくる人影を見つめる。
まずは、なんの躊躇もなく通ったリョウヤ。そして、そして……。そして?
「……リョウヤひとりだけ?」
「え? あー……」
最初のリョウヤ以外に誰も入る気配がなく、ユウトは首を傾げた。廊下を見て人影が見えないことを確認したリョウヤは、呆れたような表情で自修室から出ていく。
「ほら、なーに人見知りしてんのよ。ほい」
「きゃっ」
数秒後、リョウヤから背中を押されて飛び入るように、可愛らしい声と共に自修室に入ってきたのは1人の女子生徒だった。
「え、えーと、あの、その……」
パッと見た印象は、小動物だろうか。
水色の髪にクリクリっとした藍色の瞳。学園の制服を着ているため学生なのだろうが、それにしても全体的に小さい。身長などフウカより少し高い程度だろうか。
長めの髪をひとつに編み込んでいるところや、丸眼鏡をつけているところが余計に小動物感を引き立たせている。
「リョウヤ、彼女がその”心当たり”?」
「あぁ。ほら、コトネ」
「は、はい……」
リョウヤに背を押され、緊張した様子でユウトの前へと出てくる女子――コトネ。両手を胸の前で何度も弄りながら、大きな瞳が上目遣いで見上げてきた。
(……これは、何とも庇護欲にかられそうな女子だなぁ)
しみじみと思う中、意を決したのか小さく息を吸ったコトネは、上擦った声で自己紹介を始める。
「わ、わ、私は、琴音。風鳴琴音と言います。あの、コトネと、呼んでください。えと、その、よ、よろしくお願いします……!」
「俺は黒井悠隼。よろしくね」
不憫に思えてしまうほど緊張しきった様子のコトネに、ユウトは出来る限り優しげな声色で自己紹介を返しつつ、脳裏で短く思考した。
(風鳴琴音、ね。知らない名前だな)
全く聞き覚えのない名前に、ユウトは彼女の立場にある予測を立てる。その答えを求めるようにリョウヤへ視線を向ければ、ニヤリとドヤ顔で笑った。
「想像通り、コトネは”転入生”さ」
「……なるほど。だから心当たり、ね」
”転入生”。リョウヤから出てきた単語に、合点がいったとユウトは頷く。しかし、その背後で控えていたアリナは、単語の意味合いがわからず首を傾げた。
「マスター、”転入生”とは?」
「そもそもの話なんだけど、基本的に魔術師を目指す人は幼い頃から<魔術演習>に参加するんだ。簡単な魔術の扱いも学べるし、経験も積めるからね」
事実、ユウトやリョウヤも幼い頃から<魔術演習>に出場し、戦闘技術を磨いてきた。ユウトがこの学園に入学できたのも、そこで全国優勝を何度もしてきている要因が大きい。
「ただ、極稀にいるんだ。<魔術演習>の経験が無くても入学出来てしまう人が」
「それはつまり、それだけ学園側が欲しい人材……高ランクの精霊と契約した人、ということですか?」
理解の早いアリナの言葉にユウトは肯定した。
魔術師を目指すものは、遅くとも中学生や小学生から学び始める。家庭によっては更に幼い……物心がつき始めた時代から努力を始める世界だ。
<魔術演習>を介さず入学するということは、その間に学べる時間が失われているということ。だからこそ、その経験が無い者に求められる素質はレベルが違う。
「本来、誰もが通る<魔術演習>での経験を積まず、この学園に入学できた人は”転入生”って言われるんだ。経験は皆無でも、将来性は高いっていう意味合いでね」
幼い頃から学び始める魔術師の道を途中から転入する者……ゆえに、転入生だ。
ユウトの説明にリョウヤは頷いて、言葉を続ける。
「逆に言えば、”転入生”は今から学び始めても問題ないレベルの素質を持ってるってことだ。……当然、コトネもな」
「なるほど。確かに転入したばかりならチームを組む人も少ないだろうし、互いにとって都合がいいね」
リョウヤが”心当たり”と言った意味が理解できたユウトは、改めて件の女子……コトネへと顔を向けた。
「それじゃあコトネさん、良ければ学内評価を見せてもらってもいいかな」
「は、はい……!」
別にリョウヤのことを疑っているわけではないが、万が一にも求めている人材ではない可能性がある。念の為の確認として、ユウトはコトネが提示したステータスへと視線を向けて……目を見開いた。
[力:B 防:B 速:C 魔:C]
「……コトネさん、ひとつ確認させてほしいんだけど、今まで運動とかしてた?」
「い、いえ! 全くです!」
両手と首を大きく横に振りながら否定され、ユウトは僅かに目を細めながら顎に手を添える。いきなり見せられた戸惑いの表情に、コトネは慌てて身を前へと乗り出した。
「あ、あの! や、やっぱり私、何か駄目なんでしょうか……?」
「っと、ごめん。そういう訳じゃないんだ。逆だよ」
勘違いさせてしまったと、ユウトは申し訳無さそうに笑う。上手く話が噛み合わない2人に、リョウヤは助け船を出した。
「コトネ、最初に説明されただろ? 学内評価は精霊だけじゃなくて、俺たち人間の実力も含めるんだ。今まで一切運動してなかったコトネが、ここまでの評価されてることが凄いんだよ」
「え、あ……そう、なんですか?」
「うん、その通りだよ」
ユウトやリョウヤたちは幼い頃から鍛え続けて今の学内評価となっている。だからこそ、コトネのステータスは彼女の素質の高さを如実に表していた。
「今まで運動していなくてこの感じのステータスなら、精霊は前線向けだろうし……うん、良いね。流石は”転入生”だ」
彼女の秘めたるポテンシャルは計り知れない。ユウトはひとつ頷くと、コトネへと手を差し伸ばした。
「コトネさん。キミさえ良ければ、チームに入ってもらえないかな? 俺たちにはキミの力が必要なんだ」
「え、あ、あの……良いん、ですか?」
恐縮したようにユウトを見上げるコトネに、リョウヤは優しく肩を叩く。
「何言ってんだ。最初に誘ったのは俺だろ? 俺たちなら大歓迎だぜ。な? ユウト」
「あぁ。是非ともお願いしたいね」
優しく笑う2人に、コトネは聞いた言葉を噛みしめるかのように顔を紅潮させた。そして迷いを滲み出しつつ、僅かに震える手で伸ばしていたユウトの手をそっと取る。
「あ、あの、私じゃどれほど役に立てるかわかりませんが……。その、よ、よろしくおねがいしましゅっ!」
「……。あぁ、よろしくね、コトネさん」
「よろしく頼むな、コトネ」
緊張からか噛んだコトネに、ユウトとリョウヤは込み出る笑いを噛み殺しつつ、新しいメンバーを歓迎した。




