隣の席の(自称)未来の嫁が可愛すぎる件。〜クラスでは目立たない俺ですが、未来からやってきたらしい隣の席の美少女になぜか猛アタックされてます〜
「はぁ、また前の席かよ……」
「よっしゃ窓際! 当たり!!」
(次は俺の番だな……)
6限目のホームルームの時間、俺……桐原 唯斗のクラスは、クラスの一大イベントである席替えのくじ引きで賑わっていた。
「お願いします神様、今回こそは窓際あるいは1番後ろの席に……!」
ある者は教卓の前を引いて絶望し、またある者は窓際の席を確保して喜び……さて、俺はどこになるだろうか。そんな期待と共にくじを引くと……
「な、なんとも言えない……」
「桐原、お前どこ引いた……って、教室のど真ん中? 相変わらず地味な席引いてんなぁ」
「地味な席って何だよ」
結果は前でも後ろでも窓際でもない、まさに教室のど真ん中の席。喜ぶには微妙だし、かと言って前の席ほど嫌じゃない特徴のない席だ……地味な俺にはある意味お似合いだろう。
「よし、全員引き終わったな? じゃあ早く移動しろ〜」
「嫌だぁぁぁぁ前には行きたくねぇぇぇぇ!!」
「今日から睡眠三昧だぁ!」
(俺も移動するか)
そうして歓声と悲鳴が入り混じる教室の中、俺は荷物をまとめて新しい席へと移動した。少なくともここから2ヶ月くらいは同じ席なんだ、前の方を引かなかっただけマシじゃないか……と自分を慰めていると……
「……あっ、あの! 唯斗……くん、だよね?」
「えっ? ああ、うん」
少し遅れて移動してきた隣の女子が、突然俺に話しかけてきた。えっと、確かこの子は……
「……って、姫宮さん!?」
長い黒髪のロングヘアに透き通るような肌、どこか静かな雰囲気。クラスの男子の中で話題になっている姫宮 恵流その人だった。
(近くで見るとめっちゃ美人だな)
姫宮さんと話すのは初めてだが、噂通りのとても美人な人だ。これはうちのクラスの男子が一目惚れしまくるのもよく分かる。
「あの、大丈夫? なんかボーッとしてるけど」
そうして少しの間姫宮さんに見とれていると、彼女がただじっと俺のことを見つめていることに気がついた。まるで俺を見て何か考えているような、そんな風に……
「いえ、その……実は、私は…………なの」
「はい?」
そんな彼女から帰ってきたのは、呟くような空返事。なんと言ったのか分からないほどに小さい声だったので、彼女になんと言ったのか聞き返す。すると……顔を真っ赤にした姫宮さんから帰ってきたのは、俺の予想だにしなかった答えだった。
「だから私は────唯斗くんの、未来のお嫁さんなの!!」
(大声で何言ってんだこの人は!?)
お嫁さん……って、あれだよな? えっ、俺ってもしかして許嫁でもいたのか……いや、ありえない。超平凡なうちの家系に許嫁なんて大層なものを作る理由がない。いたとしてもこんな美人な人を捕まえられるわけがない。
「ははっ……姫宮さんも、冗談とか言うんだね?」
「冗談じゃないよ! 本当に未来のお嫁さんになるから!」
「あー……うん、分かった分かった。とりあえず落ち着こう?」
分かったぞ。これは多分からかわれているんだ。俺の反応を見ておもちゃにして楽しもうっていう魂胆なんだろう。
「絶対信用してないでしょ! 私、本当にタイムリープしてきたから知ってるよ!? 唯斗くんがメンマ食べれないことも、中学生の頃に書いたポエム集が押入れの中にあるのも、【自主規制】が【自主規制】するエッチな本を────」
「分かったからちょっと黙ってくれない!?」
教室の中でなんてこと言ってんだよ! というかなんで全部合ってるんだよ! なんなんだこの人は、ストーカーか? ストーカーなのか!?
「えっ、あの2人ってそういう関係だったの?」
「ポエム集……うっ、僕の封印していた黒歴史が」
「【自主規制】を【自主規制】ってアイツそんな性癖あったのか、よく分かってるじゃねえか」
(なんか大変なことになってる!?)
とにかくこの人にこれ以上話させたら本当に取り返しのつかない事態になりかねない。まずはこの教室から出ないと!
「ごめん! 俺、もう今日は帰るから!」
「あっ、唯斗くん……行っちゃった」
そうして授業中にも関わらず、俺は荷物を持って逃げ出すように教室の外へと駆け出していく。
(明日からあんな人と隣になるのか……!?)
クラスの男子の憧れにして、俺の未来の嫁を自称している美少女、姫宮さん。明日から俺はどうなってしまうのだろうか……と考えながら、やけに重く感じる荷物を背負って1人で下校したのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おはよう、唯斗くん! 今日もいい朝だね!」
「姫宮さん、なんで毎朝迎えに……?」
「恵流って呼んで、って言ったでしょ? それに、夫と少しでも長くいたいのは当然だし」
「俺はまだ夫になると認めた覚えはないけど!?」
それから数日。俺は(自称)未来の嫁こと姫……いや、恵流と過ごす日々が続いていた。彼女いわく、どうやら席替えのあの日、くじを引いた瞬間に未来から時間遡行してきたらしい。
「大丈夫、絶対に唯斗くんは私と結婚するよ。私が世界一幸せにするんだから!」
「その自信はどこから来てるんだ……」
恵流のいた未来では、俺と彼女はちょうど今……高校2年生の時に付き合い始めてそのまま結婚し、社会人になって老後まで幸せに暮らしたらしい。ここだけ聞けば理想的な生活なんだけど……
「なんで信じてくれないかなぁ」
「タイムリープとか未来の嫁とか、全っっっっ然現実味がないからかな」
「まあ、別に信じてくれなくてもいいよ。絶対にいつか分かるから!」
なんだよ時間遡行って。そんな非科学的なもの信用できるわけがない。それに席替えの日に突然戻ってくるなんて、あまりに前触れがなさすぎる。やっぱりこの人にからかわれているだけだとは思うが、しかし……それでも彼女を疑いきれない理由があった。
「だって……私、唯斗くんのことは全部知ってるもん!」
「本当に怖いくらい俺のこと分かってるよね」
「70年も連れ添ったんだよ。分かってて当然でしょ?」
そう。なんとこの人は、文字通り俺の『全て』を知っている。好きなもの、嫌いなこと、忘れられない思い出、トラウマ、果てには自分でも気づいていない癖まで……それこそ、本当に何十年も俺を見てきたかのように。
(俺のことが好きすぎて戻ってきた、って本人は言ってるけど……)
若い頃の俺ともう一度人生を送るために時を遡ってきたと彼女は語っているが、やっぱり信じられない。本人曰く、『心にガソリンが注がれた感じ』で人格は年相応なものに戻っているらしいが……うん、やっぱりよく分からないな。
「あっ、ネクタイ曲がってるよ? やっぱりこういうところは変わらないんだから」
(いや、近くないか!?)
そんなことを考えていると、恵流は突然俺の前に回り込んできて曲がっていたネクタイを手早く整えた。距離があまりに近すぎて心臓の鼓動が速くなり、甘い匂いが鼻をくすぐる。心臓に悪すぎるぞ、これ……!
「あれ? 唯斗くん、顔赤くなってるよ?」
「これは……仕方ないだろ」
「なんか、新婚の頃みたいだね」
俺はその『新婚の頃』とやらを知らないが、一瞬だけ本当にそうなった時の姿を想像してしまいまた恥ずかしくなってしまう。本当にこの人は俺を弄んでいるだけなのか、あるいは……
「……唯斗くんはさ、私のことどう思う?」
「それは……って、何してるの!?」
「だから、聞いてるんだよ。唯斗くんは私のこと、好きなの?」
すると突然、目の前にいた恵流が俺をブロック塀のほうへと押して壁ドンするような形でそう聞いてきた。さっきよりもさらに距離が近づいて、背筋をゾクっとさせるような妖艶な笑みを浮かべる彼女の顔が目と鼻の先にある。早く抜け出すべきなのに、体がそれを拒否している。
「ちょっと、ストップ! なんで急にこんな事……」
「私は、いつだっていいんだよ? 唯斗くんがその気なら、今すぐにだって……なんでも、していいんだよ?」
そうして体を押し付けてきた彼女は、ゆっくりと俺に顔を近づけてくる。こんな美少女と近づけるチャンスは俺の人生ではもう2度とないだろう。そうだ、ここで抵抗する理由なんて────
「────ダメだ」
ない、はずなのに。気づくと俺は恵流の肩を持って、彼女の体を引き離していた。心臓の音がうるさくて思考が整理できない。
「……えっ?」
「こんなこと、簡単にしちゃダメだ」
それでも、これが間違っているということは分かる。たとえ彼女が本気でも、俺が嫌じゃなくても。なぜか分からないけど、それ以上に……
「俺は恵流のことを好きとか、嫌いとか、まだ分からない。でも、大事にしたいとは思う」
「……そっ、か。やっぱり唯斗くんは変わらないね」
「それ、褒めてるの?」
「もちろん! 私を大切にしてくれる所とか!」
ようやく納得してくれたのか、彼女は自ら距離をとって恥ずかしげな笑みを浮かべる。さっきのゾクゾクするような笑みとは違う、温かくて優しい笑みだった。
「だから今はこれで我慢してあげる!」
と、思ったのも束の間。彼女は突然俺の手を引き、少し背伸びをして……右の頬にそっとキスをした。
「えっ……えっ!? いや、突然何を……」
「ふふっ、早く行かないと遅刻するよ?」
焦る俺を見て小さく笑いながら、彼女は学校へと早足で歩いていく。やっぱり俺はこの人にからかわれているだけじゃないんだろうか……そんな疑念が、頬にある柔らかい感触とともにずっと残っているのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「お前、姫宮さんと付き合い始めたって本当かよ!?」
「そのデマ、ワ○ップにでも載ってたのか?」
それからさらに数週間が経った頃。クラスの中では、俺と恵流が付き合っている、という噂が流れていた。全く、誰がそんなに悪質なデマを流したんだ。あんな美少女が俺なんかと付き合っているなんて、それこそ恵流に失礼じゃ……
「さっき姫宮さんが自分で言ってたの聞いたんだぞ!?」
「おいちょっと待て!」
なんで自分からそんな噂流してんだあの人は!! 俺は急いで席へと戻り、着席して弁当を食べている恵流を問い詰める。
「恵流! なんで……」
「あっ、唯斗くん! ほらこれ、今日のお弁当。大好きな小松菜の煮浸し入れてあるから!」
「ああ、ありがとう。すっごく美味そう……じゃなくて! なんで俺と付き合ってるなんて言ってるんだ!?」
一瞬、恵流の手作り弁当に懐柔されかけたものの、それよりもこの件についての弁明を求めるのが先だ。
「えっ、付き合ってなかったの?」
「付き合ってないけど!?」
「じゃあ『君を一生幸せにする』って言ったのは……?」
「多分それ俺じゃないよ……」
怖いよこの人。なんかもう勝手に付き合ったことになってるよ。もしかしたら彼女は自分で自分の記憶を改変してしまったのだろうか。
「というか、俺たち付き合ってるみたいなことなんもしてないだろ! 弁当作ってきてくれたり、一緒に登下校したり、たまに遊びに行ったり……あれ?」
「確かに、付き合ってるってよりは夫婦かもね?」
「なんでこんなことになってるんだ!?」
いつのまにか完全に外堀を埋められてしまった。いや、決して嫌というわけではない。むしろ一般的な男子高校生の観点から言えばこれほどまでに完璧な彼女はいない。
「やっぱり付き合ってるじゃねえか!」
「もうお前ら早く結婚しろよ」
「やばい、筆が進む……ふぅ……」
クラスメイトからも受け入れられているようだし、恐らく恵流も嫌だとは思っていないことどこか嬉しそうなその表情から分かる。でも……
「……ごめん、ちょっと……外で食べてくる」
俺は弁当を奪い取るようにして手に持つと、教室の外へと駆け出していく。なんでそうしたのかは分からない。ただ、その場所に居たくないと思った。居てはいけないと思った。俺は……彼女の隣にいるべきではないと思ってしまった。
(……これじゃ、食べられないな)
そうして教室から抜け出した後、俺は静かな校舎裏で座り込んでいた。恵流が作ってきてくれた弁当は大事に手の中に収まっているものの、箸がないから手をつけることができない。
「なんで、逃げたんだろう……」
恵流の思いが本気なことはもうとっくに分かっている。あそこで俺が恵流を受け入れていれば、きっと何事もなくこの日々が続いていくはずだったのだろう。一緒に登校して、一緒に弁当食って、一緒に帰って……最高じゃないか。
(……なのに、なんでこんな気持ちになるんだろう)
それなのに、俺は……俺だけはそれを拒否している。彼女の隣に居たいと思うのに、居てはいけないと考える自分がいる。その理由がわからなくて、それでもなぜか正しく思えてしまって……
「あっ、いた! 唯斗くん、お箸忘れてるよ?」
そうして惨めに座り込んでいる俺の耳に、いつも通りの明るい声が聞こえてくる。恵流の声だ、と気づいてつい立ち上がりそうになるが、まるで何かに押さえつけられているかのように体が動かない。
「どうしたの? そんな顔して……嫌、だった?」
「そんなことは……」
嫌じゃない。嫌なわけがない。恵流と仲良く出来るだけじゃなく付き合えるなんて奇跡以外の何者でもないだろう。むしろ……
(……俺には、もったいないんだ)
そうか、だから俺じゃダメなんだ。俺じゃ、恵流には釣り合わない。彼女の隣にいるべき人は、もっと優しくて、かっこよくて、堂々としていて……そして、俺じゃない誰かだ。
「恵流、なんで俺なんだ?」
「……えっ?」
そのことに気づいた瞬間、ふとそんな疑問が口からこぼれ出た。恵流の言葉が本当だとしても、嘘だとしても、なんでこんな俺を選んだのか……それがずっと分からない。
「俺は恵流みたいに顔も良くないし、何かしてあげられるわけでもない。席替えの時までは話したことさえなかった」
あの日突然向けられた好意を、俺はただ受け止めることしか出来なかった。返答をうやむやにしてここまで来て……今では本当に好きなのに、それさえ自分から言い出せない。そんな俺が、彼女にふさわしいはずがないのに……
「結局俺は、恵流に何も返せてない。恵流に釣り合うような人間じゃない! それなのに、どうして……!」
「……私の好きな人を、そんなふうに言わないでほしいな」
それでも恵流は、俺の目をまっすぐ見つめてそう告げた。何も間違っていないという確信を持った目で、こんな情けない姿を見せてなお俺を好きだと言い切った。
「なんで、だよ……」
「……だって、唯斗くんは私の運命の人だもん」
分からない。やっぱり分からない。彼女は俺の何を知っているんだろう。どこまで俺のことを知っているんだろう。なんでこんなにも、俺は彼女を知らないんだろう。
「知らないよ、そんなこと……!」
「……『まだ』、知らないだけだよ」
そうして困惑する俺を尻目に、彼女は畳み掛けるように話しかけてくる。
「私と同じ大学に行くために1日10時間も勉強してくれたこと。誕生日ケーキの砂糖と塩を間違えたのに1人で全部完食してくれたこと。初めての子育ての時に夜泣きしたあの子を毎日朝までおぶってくれたこと。私のことをずっと1番に考えて、どんな時も一緒にいてくれたこと……私は、知ってるよ」
まるで懐かしむように、昔話をするかのように、恵流は俺の知らない未来を語る。あまりに突拍子もないことだったけど、どうしてもそれが嘘には思えなかった。
「それ……未来の話?」
「うん。私の体験した、唯斗くんとの未来の話」
俺にそんなことが出来るだろうか。もしかしたら、他の誰かと間違えているんじゃないだろうか。そんな言葉が口から出そうになるが……『何か』に塞がれてしまい、それはせき止められた。
(……は?)
以前にも体感した柔らかい感触。それが今度は唇に乗っかっているのを感じて、恵流にキスされたことを理解する。そこで思ったことは、驚きでも焦りでもなくて……
「……どう、だった?」
「……やっぱり、好きだ」
目の前のこの人を何よりも愛おしいと思う気持ちだけだった。俺じゃ相応しくないかもしれないし、釣り合わないかもしれないけど……そんなこと、どうでもよくなってしまうくらいに。
「私も、大好きだよ」
「……敵わないな、やっぱり」
本当はずっと気づいていたのかもしれない。恵流と意図的に距離を取ることもできたはずなのにそうしなかったのは、恵流が俺にとってのそういう存在……言うなれば運命の人だったからなのだろう。
「私の言ってること、信じてくれた?」
「それはちょっと……」
「なんで!? ここは『はい』っていうところでしょ!?」
今でも恵流が未来から来たのを信じ切れているわけではないし、からかわれているだけかもしれないという不安がないわけじゃない。それでも……
「でも、本当にしようとは思うよ」
「────っ!」
恵流が過ごした『未来』とやらを、俺も一緒に過ごせるように……今度は自分からキスをしたのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それからは、文字通り流れるように時間が過ぎていった。恵流と同じ大学に行くために死ぬほど頑張った大学受験、なんとか大手の内定を取れた就活、親戚全員が集まった結婚式、初めてばかりで大変だった子育て。
時には病気にもなったし、喧嘩することも……なかったわけじゃなかった。嬉しいことが沢山あった分、大変なことも数えきれないほどあった。それでも……
「……あなた……聞こえますか? 私ですよ、恵流です」
(恵流……? ここは……どこだ?)
おぼろげな意識の中、視界に映る最愛の妻の姿を見ながら俺はそんなことを考える。ベッドの感触が柔らかく、なぜか体が浮くような感覚……ああ、そうか。俺、確か心臓の発作が悪化して……
「あれから70年……本当に、すぐでしたね」
(……死ぬ、のか)
ついに、この時が来たんだ。恵流の『70年も連れ添った』という懐かしい言葉が頭の中にこだまして、それをようやく理解する。そうか、もう70年も……結局、本当に恵流の言うとおりになってしまった。
「あなたは、幸せでしたか? 私は、あなたを幸せにできましたか?」
(俺は……恵流と、出会えて……)
人工呼吸器のせいで言葉が出ない。意識が朦朧とする。この気持ちをどう伝えたら……
(手を……)
「……っ、そうですか……それなら、よかった」
最後の力を振り絞って重い腕を動かし、小さな指輪を付けている彼女の手を強く握りしめる。俺は幸せだった。本当に幸せ者だ。恵流と出会って、一緒に過ごして、結婚して……恵流の言ったとおり、最高に幸せにされてしまった。
(でも、心残りがあるとすれば……)
……恵流は、幸せだったのだろうか。俺はもっと恵流を幸せに出来たんじゃないだろうか。貰った幸せを、喜びを、優しさを、驚きを……ちゃんと全部、返せただろうか。
(なあ……恵流は、幸せだったか? 俺は、恵流を────)
その問いを投げかけるよりも早く、終わりはやってきて……
(……っ、ここは……)
目を開けると、そこに広がっていたのはどこか懐かしい景色。俺は教室のような場所で、机の上に置かれた小さな紙を見つめていた。どうやら死後の世界……ってわけじゃなさそうだ。
「桐原、お前どこ引いた……って、教室のど真ん中? 相変わらず地味な席引いてんなぁ」
「地味な席……って、俺は……あれ?」
「おい、大丈夫か? なんかボーッとしてるけど…‥ほら、さっさと移動しようぜ」
どこかで聞き覚えのある言葉。見覚えのあるシチュエーション。そしてはるか昔に書いたような『地味な席』というよく分からない言葉で、俺はようやく状況を理解する。
(走馬灯、ってやつなのか? にしてはやけにリアルだけど)
これは……高校生の頃にあった席替えの日。恵流と出会ったあの日だ。そう気づいた俺は、とりあえず席を移動することにする。少し放心状態だったせいで移動してきた人を待たせてしまった。
「えっと、ど真ん中の席は……っ!!」
そうして移動した先で、俺は思わず言葉を失う。仕方ないだろう? だって……そこには、あの日と何も変わらない恵流の姿があったのだから。
「……あっ、あの! 恵流……さん、だよね?」
「えっ? はい、そうですけど……」
だが、その反応はあの時と少し違った。まるで何も知らないかのようで、俺は少し寂しくなってしまう。やっぱり、これは夢なのだろうか……
(……いや、違う)
これは夢なんかじゃない。声も、仕草も、匂いも、何もかも……夢にしてはあまりにリアルすぎる。この教室の喧騒も、それをかき消してしまうほどの胸の高鳴りも、確かに現実のそれだ。もしかして、俺は────
「あの、大丈夫ですか? 少しボーッとしてるような……」
(────ああ、だから戻ってきたのか)
そうか。だから俺は……そして恵流は、この日に戻ってきたんだ。何度でも一緒に過ごしたいと思ったから、その日々が永遠に続いてほしいと思うほどに幸せだったから……誰よりも幸せにしたいと思ったから、なによりも思い出深いこの日に戻ってきたんだ。
(今度は、俺が幸せにするよ。俺の全部で恵流を幸せにして……もう一回、ちゃんと聞いてみせる)
なら俺たちは、この奇跡を何度でも噛み締めよう。何度でもこの時を過ごそう。そして、何度でも2人で幸せになろう。そう決意して、俺は恵流に……誰よりも大好きな目の前の彼女に、はっきりとこう告げた。
「俺は────あなたの、未来の夫です!」
この幸せな日々が、永遠に続くことを祈りながら。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
面白かったと思っていただけたら、ブックマークや感想、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価して頂けると励みになります! よろしくお願いします!