1日目(2) 人間の極々初期段階
状況を整理しよう。
私の居城に、突如として人間の姿をした赤子が現れた。
以上だ。
……以上なのだが。
オギャア! オギャア! ギャア! ギャアア!!
さて、これをどうしたものか?
どうやら息の根を止めることは出来そうもない。試みたのだが、何故だか分からないが肉体も精神も言うことを聞かぬ。こんなことは数千年に及ぶ我が“魔生〈ませい〉”の中でも初めてのことで、まさか私が今更「戸惑い」なる愚劣な感情をこの身に抱くこととなるとは思わなかった。長生きはするものだ。
……いや、そうではなく。
どうする?
まず、“これ”は何なのだ? 知識としては有している。人間は我ら魔族とは異なり生殖によってこの世に生を受ける。男が種を撒き女がそれを育てるというものだ。そして、“この形”は、人間の極々初期段階のものだ。それも知っている。
まずは【分析】のスキルを呼び起こす。
赤子は裸だ。目も開いていない。臍〈へそ〉からは長い紐が伸びている。切迫感で満ち満ちている鳴き声を上げている。まるで、今にも命が尽きようとしているかの如く──。
……この紐が邪魔だな。
【ヘルズ・カッター】
我が奥義の一つ、ヘルズ・カッター。体内を渦巻く魔力を具現化し金剛石さえ忽〈たちま〉ち切断するほどの硬度まで高める。具現化した魔力は敵に向かって放つことも、手先に込めて直接切り裂くことも自由自在である。
私は、赤子の臍の根元に向かって、手刀を振るった。臍の紐はいとも容易く根元から切断された。
さて、問題は次だ。何故泣いている?
……そうか、寒いのか。
赤子は何も着ていない。人間は体毛が薄く、体温管理に衣服が重要だ。もちろん我らも衣服は身につけているが、位を表すためであったり、威厳を醸すためなど、生きるために必須で身につけているというものではない。
この赤子には必要なのだろう。脆弱だからな──人間という存在は。
私は背中に生えた漆黒の翼から羽根を一本引き抜いた。そして、我が魔力によってそれを毛布へと変化させた。赤子を包〈くる〉んでやる。貴様、有難く思えよ。我が羽根は極上の素材なのだからな……。
暖かさを得てどうやら落ち着いたのか、赤子は静かになった。体温はあるので生きてはいるのだろう。
空間転送〈テレポーテーション〉にて引き寄せた、この魔王城の倉庫に眠っていたかつての使用人ゴブリン用のベッドを使ってみたが、赤子には丁度いい寝床になった。
「……やれやれ」
私は数時間振りに王の玉座に腰を下ろした。
安堵したのも束の間……。
オギャア! オギャア! オギャア!
今度はなんだ……?