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第3話 その瞬間、部屋の空気がぴしりと凍った。

 納得したというように数度頷く姿を見て、ほっと身体の力を抜く。

 必要なこととはいえ、好きな人の前で排泄の話などしたくないのが乙女心というものである。


「浄化魔法でいけるか? その、直接体内から消去するわけだから腕の良い魔術師が必要か」

「はい。信頼できる方に心当たりはあります。私の友人なのですが、呼んでも良いですか?」

「頼む」


 お互いに直接的な言葉を避けた、実に分かりにくい会話。だが以前に比べれば、ずっと会話は続いている。婚約が内定していた、幼い日の頃以来だろうか。


「……そして、婚約破棄だが」


 言いづらそうに、オスカーが口にする。その瞬間、部屋の空気がぴしりと凍った。身のうちがきゅっと縮むような心地がして、震えながら目を閉じる。


「はい」

「悪いが、とりあえずは延期でいいな?」

「はい。この状態で破棄する訳にもいきませんから」

「では、そのように」


 オスカーがそう言ったのを最後に、部屋は静まり返る。微妙な気まずさが、部屋を満たしていた。

 どう立ち去るべきかと逡巡していると、ドアが性急に叩かれる。これ幸いと、アリシアはドアに目を向けた。


「お話中失礼いたします。オスカー様、騎士団の方から書類をお預かりしています。緊急とのことです」

「分かった、ロジャー。ありがとう」


 ロジャーからオスカーが書類を受け取り、ゆっくりと帰ってくるところで、静かに暇を告げる。


「私のことは構いませんので、どうかお仕事の方をなさってください。失礼いたします」


 そう言って部屋を出て、自室の前に戻ったはいいものの、アリシアはぴたりと足をとめる。

 果たして自分は、どちらの部屋に入るべきだろうか。


 使用人たちに説明したとはいえ、派遣で一時的に来てくれている人達や定期的にやってくる掃除の人までは説明していない。つまり、オスカーの姿でアリシアの部屋から出てくると、かなり恥ずかしい勘違いをされる羽目になる可能性がある。

 とはいえ、許可もなしにオスカーの部屋に当然のように立ち入るのは、あまりにも失礼である。途方にくれて、2つの部屋の間で立ち止まるしかなかった。


 オスカーが帰ってくるのがいつかは分からないけれど、待つしかないだろう。

 そう思って覚悟を決めていたが、予想に反してオスカーはすぐに戻ってきた。書類を片手に廊下を大股で歩く姿はオスカーにはとても似合っているのだが、如何せんアリシアの姿だと違和感が酷い。


「……アリシア?」


 オスカーが、アリシアの気配を感じたのか書類から顔を上げた。ぱちりと、2人の目が合う。


「その、私はどちらの部屋を使えば良いのでしょうか?」

「……あぁ」


 完全に失念していた、と彼は呟く。


「部屋に入るのも良くないが、部屋から出てくるのを見られるのも妙な誤解を産むか」


 考えるように顎に手を当てたオスカーだが、唐突にオスカーの部屋に入る。

 彼が一瞬、歪んだドアを見て微妙な顔をした気がした。謝ろうと口を開いた瞬間に、オスカーが話し始めて、アリシアは慌てて口を噤む。


「このドアを使うか」


 そう言ってオスカーが開けたのは、部屋の中のひとつのドア。少しだけ開けられたその隙間から見えるのは、よく見慣れたアリシアの部屋だ。

 ずっと用途が謎だったドアだが、こうなっていたらしい。


「このドア、オスカー様の部屋に繋がっていたんですね。でも、なんでこんなところに……」


 無意識にそこまで呟いて、固まる。用途などひとつしかないだろう。なんてことを聞いてしまったのか。

 案の定、オスカーは口ごもる。そして、酷く言いにくそうに呟いた。


「まあ、夫婦の寝室を繋ぐドアだ。……用途は、頼む、察せ」


 アリシアは何度も頷く。じわじわと頬に熱が集まってくるのが分かった。

 先程とは違う気まずさに包まれながら、自分の部屋に戻った。ドアの件を謝り忘れたと思った時にはもう、2つの部屋を繋ぐドアは閉まっていた。



 数日が経ち、アリシアもオスカーも少しずつ今の生活にも慣れてきた。

 アリシアの友人で、魔術師でもあるマリーも到着し、今は彼女が生活を支えてくれている。もう、マリーの浄化魔法がないとやっていくことは不可能だった。


 だが、どうしても避けて通れないのが着替えである。

 目隠しをして着替えさせてもらっているとはいえ、肌を布が滑る感覚、何かに締め付けられる感覚は嫌でも伝わってくる。

 そんなところからオスカーの身体のラインを感じてしまい、着替えが終わる度に心臓は外に聞こえそうなほど激しく打ち付けていた。

 そして、同じことをアリシアの身体でオスカーが感じていると考えるのは、やめるようにしている。想像するだけで、恥ずかしくてどうにかなりそうだ。


 一日の終わりには、必ず会って報告をするようにしていた。話の辻褄は合わせておくに限るし、日常の細々とした相談事は後を絶たない。

 婚約破棄が決まる前よりずっと、2人が顔を合わせて話す時間は増えていた。


 アリシアの身体になったオスカーは、表情筋が動きやすいらしく、今までよりずっと表情が見える。そんなところからオスカーの感情が伝わってきて、アリシアはこの状況を密かに楽しんでいた。


 もちろん原因究明も急いでいるが、マリーに任せておけば問題はないだろう。彼女はこの国一の魔術師だし、戻せる目処はつきそうだとこの前に言っていた。


 それなら、この非日常をオスカーと過ごせることを楽しむべきだ。そう思うようになったころ。


 オスカーの同僚が、風邪を引いたオスカーの見舞いにやってきたという報告があった。さすがに追い返す訳にもいかない。


 屋敷は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

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