第15話 「して、ほしい……」
「マリー!」
アリシアは、マリーの部屋のドアをノックと同時に勢いよく開けた。
「オスカー様がどうしたって?」
なにも言わずとも察するマリーは、良い友人だ。心底面倒くさそうな顔をして振り返るところが玉に瑕だが。だが、振り返ったマリーは顔を驚愕の色に染めた。
「アリシア?! なんて顔してるの!」
「ちょっと眠れなくて……」
そう言って苦笑するも、自分の顔の惨状は自分で知っている。お化粧でも隠しきれないクマが、目の下を覆っていた。
それもそうだ、あの後目が冴えてしまって一睡もしていないのだから。
「なんかあったの? と言ってもアリシア幸せそうだし……。またあのバカ騎士がやらかしたか」
「いや、その、やらかしたとかじゃなくて! その、あ、愛しているって言ってもらって」
一瞬で、マリーの目が緩んだ。はぁ、と呆れたようにため息をつく。
「何、惚気? 心配して損したわ。……でも、まあ良かったじゃない。こっちもいつ素直になるかと冷や冷やしてたんだから、とりあえずおめでとう」
ありがとう、と飛びっきりの笑顔で笑ってみせる。
「あー、やっぱり私のアリシアは可愛い。笑ってる原因があのバカ騎士なのが癪だけど」
「でも、ね。その、マリー、聞いて」
「ん?」
聞き返してはいるものの、マリーの視線は手元の魔道具に落ちている。いつもの事なので、アリシアもそのまま続けた。
「その、く、口付けていいかって聞かれて」
ばっと、マリーが顔を上げる。その目がきらきらと期待に輝いているのが分かった。
「で? どこまでいった?!」
「ちょっとマリー! その、私、恥ずかしくて何も言えなくて、その、オスカー様頭を冷やしてくるって外に」
「はぁ?!」
マリーの瞳が三角になった。
「嘘でしょ?! ちょっとこれからアリシアのことバカ令嬢って呼んでいい?! オスカー様多分拒否されたって思ってるよ?!」
「きょ、拒否なんてそんなつもりなかっ」
「そんなの分かってるわ、バカ令嬢! で、それを相談に来たと?」
後半は呆れた声だった。バカとか言ってごめん、と謝りつつも、その目は未だに燃えている。
「そう……」
マリーの勢いに気圧され、ぼそりとアリシアが呟くと、マリーは唇をふるふると震わせて口を開く。
「じゃあ答えは1つ! キスしてくださいって言ってこい!」
「……無理」
「無理とか言ってる場合じゃない! アリシアに拒否されたと思った以上、絶対向こうからはもう手出してこないからね? してほしかったら言うしかないって。アリシアはしてほしいの?」
マリーにも聞かれ、頬に再び熱が集まってくるのが分かった。消え入りそうな声で呟く。
「して、ほしい……」
「じゃあ言う!」
「でも……」
「あーもう、分かった! その1、それとなく甘い雰囲気に持ち込む! その2、目を合わせた後ゆっくり目を閉じる! で、動きを止める! そしたらキスしてくれる、多分!」
最後の一言が気になるものの、はっきりと言い切るマリーにアリシアは頷いた。それくらいならできる、気がする。それとなく甘い雰囲気に持ち込めさえすれば。
「分、かった。マリー、ありがとう」
「頑張れ、まあ一応応援はしときますよ」
やはり、マリーは頼りになる友人だ。いつかマリーの相談にも乗りたいと思いつつ、アリシアは感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
◇
「……おいオスカー、なんて顔してるんだ」
呆れたようにローレンスに声をかけられ、オスカーは重い頭を上げた。
「どうせアディンセルちゃん関係だって。で、オスカー、何やらかしたの?」
「……告白した。で、口付けていいか聞いた」
「……で?」
「……黙られた」
エリックがため息をついた。その表情は心底呆れていて、オスカーはまた何かやってしまったのかと焦る。
「そんなの聞く方が悪いって。アディンセルちゃんめちゃくちゃ恥ずかしがり屋で内気でしょ、キスしてくださいなんて言えるかっつーの。でもそういうとこが可愛いんだよな、分かるぜオスカー」
「……」
無言でエリックを睨みつけると、エリックが肩の辺りで両手を上げる。
「降参降参。ほんの言葉の綾だって。でもってそんなのアディンセルちゃんが頷けるわけないんだから、何も聞かずに奪えばいいの!」
「そうか……?」
ローレンスが首を傾げる。
「俺なら婚約中に余裕なくがっつく男は勘弁してほしいが。アディンセル嬢は真面目だろう? 婚約段階でそういうことをするのには抵抗があってもおかしくないと思うが」
痛いところをつかれ、オスカーはうっと胸を抑える。確かに余裕がなかった。正直危なかった。
「うーん、確かにローレンスの言うことにも一理あんだよな……。正直、その時のアディンセルちゃんの顔見ないと分からんわ」
「……」
ではどうすればいいのだ。これでは迫っていいのか待つべきなのか分からない。
それが表情に出ていたようで、エリックが驚いたような顔をした後に苦笑した。
「とりあえず、甘い雰囲気にでも持ってってみれば? 後は臨機応変に、いけそうだったらいけばいい」
「……エリック、こいつにいけそうかどうかの判断ができると本気で思っているのか?」
「まあ、無理だな」
黙って聞いていれば人のことを散々に言ってくれる。だが、真実であることは確かだ。
「でもまあ、アディンセルちゃんはこの男が超絶不器用無口無表情鈍感男なのを分かって好いてくれてるんだからさ、どうにかなるって」
「……まあ、それもそうか」
そして、2人揃ってため息をつく。
それにしても、超絶不器用無口無表情鈍感男とは長すぎではないだろうか。毎回不名誉な形容詞が増えていく。
「オスカー、お前に言えることは1つだ! とりあえず、全部正直にぶちまけてこい! アディンセルちゃんなら大丈夫だ!」
投げやりに叫ぶエリックの横で、ローレンスが呟く。
「結局前回と何一つ変わってないな……」
まあ、それでこそオスカーでしょ、と笑いあう2人を尻目に、オスカーはがっくりと肩を落とした。
あと2話ほど続きます。




