第13話 「……無理だろ」
「オスカー……それはないだろ……」
頭を抱えるエリックを、オスカーは静かに睨みつける。
「手を取ったのは悪かったって。あんまりにも綺麗な女の子だったものでつい」
「おいエリック、火に油を注ぐな」
「いやぁあれはオスカーが完全に悪いだろ。アリシアちゃん泣きそうだったじゃん」
アリシアちゃん、のところでオスカーは目を細める。
「おい誰が名前で呼んでいいって言った」
「えー」
不満そうに唇を尖らせるエリックの後頭部を、ローレンスが叩く。
「だから火に油を注ぐな」
「分かったよ。だってアリシア嬢……アディンセル嬢さ」
オスカーの表情を見て言い直したエリックが続ける。
「バスケット持ってただろ? あれきっと差し入れだぜ? 婚約者の為に差し入れ持ってわざわざ王城まできて、貰った言葉が『用もないのに来るな』だよ? 男として最低だろ」
「っそんなつもりは……」
「それは分かってる」
ローレンスもため息をついた。
「どうせお前のことだから、エリックのせいで女に飢えてるあいつらにアディンセル嬢を見せたくなかったんだろ。確かにものすごい美人だからな。それくらい分かってる」
だがな、と続け、エリックと口を揃えて、
「「でもあれはない」」
呆れたように言い放った。
「アディンセル嬢、めちゃくちゃ鈍いでしょ? 後男慣れしてない。見れば分かる」
「だから男の複雑な心情なんて理解しているわけがない。今頃はただ冷たくされたと思ってるだろうな」
「いちいち嫉妬の仕方が歪んでんだよ。素直に他の男に見せたくないから帰ってほしいって耳元で囁けばいいのに」
「完全に方向性が間違ってる。あれではアディンセル嬢が可哀想だ」
怒涛の勢いで畳み掛けられ、オスカーはがくりと首を落とした。
「すげぇオスカーの感情がめちゃくちゃ分かりやすい。アディンセル嬢最強だな」
感心したように言うエリックを睨みつけながら、オスカーは渋々聞く。
「じゃあどうすればいい。……正直、どうすればいいか全くわからん」
ひゅう、とエリックが口笛を吹く。
「まさかオスカーの恋愛相談に乗る日が来るとは……天変地異の前触れか?」
「エリック、そこらへんでやめとけ。後が怖い」
「へーい。で、どうすればいいかわからんって言うけど、じゃあお前はどうしたいのさ」
オスカーは、顎に指先を滑らせる。
「アリシアの艶やかな髪に触れたい。細くて華奢な身体を抱きしめたいし、あの花の蕾のような美しい桜色をした唇に口付け」
「もーいい、やめろオスカー」
「……完全にオスカーのスイッチ入ったじゃないか。エリック、お前のせいだぞ」
うげぇ、と言う顔をしながらも、言葉を続けるエリック。
「え、何つまりお前はアディンセルちゃんに触れられれば何でもいいの? 欲しかないの? 最低だろ」
「……違う。だが、好かれているか自信がない」
「「は?」」
エリックとローレンスの声が綺麗に重なった。
「嘘だろ……俺でも分かったぞ。あれでアディンセル嬢に好意がなかったら、よっぽどの悪女だろ」
「そーそー。お前の姿見た瞬間顔真っ赤にして、お熱いことで。鈍いのはアディンセルちゃんだけだと思ってたけど、お前も大概だわ」
はぁ、とエリックとローレンスのため息が再び綺麗に重なる。
「じゃあな、俺からのアドバイスは一つだ。今言ったこと、洗いざらい全部アディンセルちゃんに吐いてこい」
「ああ。それが一番だ」
ぴたりと、オスカーが固まる。
「……無理だろ」
「でもそんくらいしないとアディンセルちゃん分かんないって」
「あの鈍さじゃな」
無理だろ、とオスカーが吠えた。
「あの夜空のように美しい瞳に見つめられるだけで言葉なんて全部消え失せるに決まってるだろ! 褒め言葉なんて出てこないんだよ、アリシアを見てると!」
ぴたりと動きを止めたエリックとローレンス。恐る恐ると言うように、ローレンスが口を開いた。
「まさかとは思うが……。アディンセル嬢を褒めたことがないのか? 俺たちの前で散々垂れ流しておいて?」
「…………ああ」
「うっそだろ信じられねえ」
諦めたように、エリックが空を仰ぐ。
「おいいいかオスカー、お前の思ってること全部アディンセルちゃんに伝えてこい! 捨てられたくなければそうしろ!」
「お前みたいな無口無表情鈍感堅物を好いてくれる女性は貴重だが、アディンセル嬢を手に入れたい男は星の数ほどいるぞ」
うっと、オスカーは言葉に詰まる。
睨みつけてくる友人2人を前に、頷く以外の道は残されていなかった。
アリシアが自分を好いてくれているのではないか。
そう思ってから、オスカーなりに精一杯大切にしたつもりだった。
馬鹿みたいに緊張しながらアリシアをデートに誘い、頬を染めて行きたいと言う彼女に期待が膨らんだ。
馬車の中では2人きりということもあり、つい触れすぎてしまったが、アリシアに自分の愛を伝えるという意味では上手くいっていたと思う。
頬を染めてふるふると震えているアリシアが愛しくて、やりすぎてしまったのは自分のせいではない。だが。
――アリシアちゃん泣きそうだったじゃん。
殴られたような衝撃を受けた。
嫉妬で目の前が見えなくなっていた。アリシアの手を握るエリックに、アリシアに見とれる騎士たちに、どうしようもなく嫉妬した。
だが、それが、アリシアを傷つけたというのか。
自分が口下手なのは自分でもよく分かっていた。態度で示すしかないと思っていた。だが、なにも伝わっていなかったのだとしたら。
帰ってから、アリシアに告げよう。
オスカーは、強く目を閉じた。




