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第11話 そして、多分。

 なかったことにしたい。


 そう言ったオスカーの瞳は、真剣な色を纏っていた。

 期待、しても良いだろうか。


「私も……なかったことに、したいです」


 情けなくも、声が震えた。オスカーは、アリシアが婚約破棄を言い出した理由を聞かなかった。ただ、その答えに少しだけ目を細めて、アリシアを抱く腕に力を込めた。


「アリシア」


 柔らかく名前が呼ばれて、額に優しく口付けられる。かつてない親密な触れ合いに、アリシアは羞恥に爆発しそうになっていた。


「オスカー様、その……少し、離れてください」


 耐えきれずに口にすると、オスカーが硬い声で短く問う。


「なぜ」

「は、恥ずかしくて……。その、心臓が、持ちません」


 消え入りそうな声でそう呟いた瞬間に、オスカーがうっ、ともくっ、ともいえない小さな声を上げた。

 そうして、渋々といった様子で腕を離す。離れたことでより鮮明にその整った顔が見え、アリシアの心臓が跳ねた。きっと今、自分の顔は真っ赤に染まっているのだろう。


 オスカーは何も言わなかった。アリシアも何も話さなかった。

 でも、2人で景色を眺めながら取る昼食は格別に幸せで。


 彼が、好きだと思った。

 そして、多分。


 彼も、アリシアのことを好いてくれている、と思う。


 日がゆっくりと傾き、辺りが暗くなってきたところで、2人は帰路についた。

 馬車の中での時間は相変わらず甘かったけれど、行きのようにずっと触れられているということはない。恥ずかしいと言ったアリシアを気にしてくれているのだろう。


 明日からは、普段通りの生活が始まる。身体は元に戻ったのだから。

 普段通りだけれど、想像するそれは、今までよりずっと輝いているような気がした。



 ◇



 そして始まった生活は、しかし今までとあまり変わらなかった。

 オスカーとの関係が改善されても、彼は騎士団の業務で忙しく、家に帰る時間はとても遅い。

 オスカーが帰ってくるまで待とう、と思っても、帰ってこない日さえあるのだ。すれ違いの日々が続いていた。


 ある日、お茶会の主催者が風邪をひいたらしくひとつのお茶会が中止になった。

 花束とカードを届けさせた後、アリシアは空いた時間をどうしようかと考える。


 そして、思いついた。騎士団に行ってみようと。


 今までも行ったことはあった。でも、それはあくまでも図書館に行くついでという建前で、オスカーに見つからないように柱の影からちらりと見るだけだったから。


 せっかくなら差し入れもしようと、料理人に頼んで簡単な軽食と飲み物を用意してもらう。

 ここで自分で作れたら格好いいのだろうが、アリシアは料理がとにかく苦手だった。殿方に贈る日もあるでしょう、などど言いくるめられ、練習したクッキーでさえまともに作れない。

 生焼けと黒焦げが何故か入り交じったクッキーはもう見たくなかった。


 料理が完成するまでの時間が待ち遠しい。


 自室に戻ったアリシアは、自分の姿を確認する。

 ふわりと下ろした銀色の髪に、瞳と同じ色の宝石をあしらった髪飾り。派手ではなく上品な華やかさを持つこの髪飾りは、アリシアのお気に入りだった。

 薄い紫色のドレスは、動きやすいようにすっと身体の線に沿うデザイン。控えめに広がるスカートが、昼の光を反射して柔らかく光った。

 薄くお化粧もして、どこからどう見てもデート前である。少し恥ずかしくなった。


 料理人からバスケットを受け取り、覚悟が揺らがないうちにと家を出る。

 馬車に揺られている時間は、実際よりもずっと長く感じた。


 騎士団の演習場に足を向ける。オスカーがここにいるかは分からなかったけれど、アリシアが知っているのはそこだけだ。城には、あまり詳しくはない。

 誰かに聞くのが一番早いだろう。


 演習場の隅に足を踏み入れた瞬間、近くにいた騎士がばっとこちらを振り向いた。ぴたりと静止するその騎士に不思議そうな目を向けていた他の騎士が、彼の視線をたどってアリシアを見て、また固まる。

 様子のおかしい彼らに気がついたのか、ざわざわと休憩中の騎士たちがざわめく。


「すみません」


 そう近くの騎士に声をかけると、彼の背筋が勢いよく伸びた。


「はい!」

「あの、わたくし、オスカー様の婚約者のアリシア・アディンセルと申しますが」


 そこまで言ったところで、騎士たちが大きくざわめいた。


「……彼女がオスカーの最愛?」

「確かに女神だな……めっちゃ美人……囲い込みたくなるのも分かる」

「やめろ、オスカーに殺されるぞ」


 そんな会話が聞こえてきて、アリシアは身を縮めた。こんなところまで知れ渡っていたのか。


「アディンセル嬢?」


 そう声をかけられ、振り返った先にいたのは、エリックとローレンスだった。


「ああ、初めまして。エリック・スペンサーと申します。どうぞ、エリックとお呼びください」


 そう言って優雅な仕草で跪き、軽くアリシアの手を取る。手の甲に優しく口付けられて、アリシアは焦った。

 男性に対して全く耐性のないアリシアだ。どう対応していいか全く分からない。


「ローレンス・マーシャルだ。よろしく頼む。エリック、それくらいにしてお……」


 不自然に、ローレンスの言葉が途切れた。呆然として、アリシアの後ろを見つめている。


 エリックに手を取られたままでアリシアが後ろを振り返ると、そこに立っていたのは、紛れもなくオスカーだった。

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