罰
あらららら、可哀そうに、泣いちゃったわ。
涙がこぼれるのはぐっとこらえているけれど、鼻の頭が赤いし、ぐすっ、ぐすっと鼻が鳴っている。
私の可愛い婚約者は、とても素直で正義感が強い。正妃のほかに側妃を持つなんて無理なんだろう。
そうよね、300年前からそうだったものね。
そもそもこの呪いは、300年前の私とこの婚約者の大恋愛に端を発しているのだ。
あの時も彼はこの国の王子様で、名前はディスオンだった。そして私はしがない下町生まれのメイドで。身分違いもいいところの恋は、当然祝福なんかされなかった。
何度も引き裂かれそうになったけど、ディスオン様が本当に根気よく周囲を説得して、最終的に結婚が許されたときは本当に天にも昇る気持ちだったわ。
きっとディスオン様が次男で、王位継承権も捨てると、そう宣誓してくれたからだろう。
ただ、それで収まらなかったのがディスオン様の当時の婚約者、公爵令嬢のテールミオン様だ。
今思えば当り前よね、子供の頃から自分の夫になるんだと恋心を抱いてきたのに、急に出てきたぽっと出の女に奪われるだなんて。
絶望した彼女は、森の奥のそのまた奥にひっそりと隠れ住む、当時凄腕だと評判だった魔女に、えげつない呪いを依頼したのだ。生まれ変わっても私たちが決して幸せになれないように。
結果が、このありさまなのよね。まったく、よくできた呪いだわ。
私にはこのとおり、前世の記憶がばっちりある。
初めてレジャ様に会った瞬間、前世の記憶が泉のように湧いてきて、私は一瞬で理解した。レジャ様はディスオン様の生まれ変わりだって。だって顔が息子にそっくりだったもの。息子はディスオン様の子供の頃にそっくりだって言われてたから、きっとそうに違いないって確信した。
だからこそディスオン様の生まれ変わり、小さな小さなレジャ王子の口から「ごめん、やっぱり僕は、君を愛せない」、その言葉を聞いた時のショックったらなかった。
多分レジャ様に前世の記憶なんてない。
そして、彼はきっと一生、私を愛せないんだ。
なのに、結婚しないと国が滅びるんですって。私はこの後ずっと生きてる間中、愛しくてたまらない彼からあの言葉をぶつけられながら生きていくしかないの。
それが、300年前に、テールミオン様を苦しめてしまった罰なんだろう。
最初はもちろん絶望したけど、何度も何度も考えるうちにそれも仕方ない事だと思えるようになった。私には前世の記憶があるからかも知れない。