【レジャ視点】愛しい人は、愛せない
「たとえ結婚せざるを得なくても、心配することないわ。本当に愛している人は側妃にすればいいでしょう? 私、いじめたりしないし、ちゃんと二人のこと応援すると誓うわ」
僕の婚約者は、そう言ってなんでもないことのように笑う。
淡い紫のふわふわした髪も、透き通るような白い肌も、まるで妖精みたいでとてつもなく可憐だというのに、彼女の口から出る言葉はいつだって明け透けでどこか豪快だ。
心配するなとあえて僕の肩を軽くポンポンと叩く彼女に、僕は情けない顔しか出来ない。
側妃なんか欲しくないし、ラウリルに他の女性との仲を応援して貰うつもりなんて毛頭ないんだ。
「そんな顔しないで。貴方がそんな不義理なことが大嫌いなことは分かってるわ。だから、呪いを解こうと頑張っているのよ」
困ったように眉根を寄せて、ラウリルは僕を慰めるように優しく言う。僕はいったい、どんな顔をしてたんだろう。
「大丈夫、きっと私が呪いを解くわ。貴方と、貴方の大事な人のために」
任せて! と明るく笑ってくれるけど、僕はますます悲しくなるばかりだ。
僕の大事な人は君なのに。
涙が出てきた。どうして僕は、君を好きだと言えないんだろう。
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それは不思議な呪いだった。
物心ついたころ、初めて彼女……僕の婚約者ラウリルに会った瞬間、その呪いは発動した。
「ごめん。やっぱり僕は、君を愛せない」
突然、口をついて出た言葉に、僕は自分でびっくりした。初めて会ったのに、なんでこんなこと言っちゃったんだろうって、わけが分からなかったんだ。
でも、彼女は怒るでもなく、不思議がるでもなく、ただ悲しそうに微笑んだ。彼女はあの頃から、妙に大人びた子供だったから。
そのあとに次々に自分の口から勝手に出てくる言葉も、その頃の僕にはよく意味がわからないことばっかりだったけど、それが、『呪い』で、みんなをとっても悲しませるものなんだってことだけは、幼い心に叩き込まれた。
だって、お父さまも顔が怖い公爵も、今まで見たこともない青い顔で「呪いだ」「本当だったのか」っておろおろしてたし、なによりラウリルが、泣きそうに悲しそうな顔をしてたから。
呪いは強固で、陰湿だった。
ラウリルに会うたびに、勝手に口が動き出すんだ。口から吐き出される言葉は、いつも同じ。
「ごめん。やっぱり僕は、君を愛せない」
「こんな気持ちのままじゃ、君とは結婚出来そうもない。婚約を解消したいんだ」
そんなひどい言葉ばかりが転がり出る。
それを聞くたびにラウリルは悲しそうに笑うんだ。「そうよね、仕方がないことだわ」って。
違うのに。僕は、別に君を嫌ってなんかいないのに。
そう言いたくて口を開いても、その言葉はことごとく冷たい言葉に変換されて、僕の口からでていくことになっているらしい。
彼女にひどい言葉しかかけられないというのに、ラウリルは決して怒らなかった。それどころか、こんな僕のことをなぜか愛しそうにみつめて、いつだって明るい声で僕を慰めてくれるんだ。
その優しさに、強さに、明るさに。でも隠しきれない寂しげな瞳に、僕はいつしか恋をしていた。
だからこそ、僕は自分自身が許せない。
ラウリルと結婚なんかしてしまった日には、僕は顔を合わせる度ごとに、絶対に彼女を傷つけてしまうだろう。