表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

バカな友人シリーズ

最低な君を、忘れない

作者: 井花海月


「なあ、講義まで時間あるから喫茶店行こうぜ」


 バカな友人こと、悠人は私に向かっておもむろに口を開く。


「うーん……いいよ」


 9時26分。

 今日の講義は午後からなので、少なく見積もっても3時間近くは暇がある。

 特に断る理由もないのでオーケーする。


「やった!ところで、あのレポート課題やった?」

「はあ?今日提出なんだから当たり前でしょ」

「頼む!見せてくれ!」


 悠人は本当にバカな友人だ。

 もっと早くに頼んでくれれば、善処することだってできたのに。


「出来るわけないでしょ。あんた私のレポート丸写しする気なの?」

「いや、ほら、ちょっと言葉遣いとかを変えて誤魔化すから。な?」


 両手を合わせて頼み込まれても、無理なものは無理だ。

 かといって、ここで拒否して悠人が単位を落として留年する姿を見るのも後味が悪い。


「パンケーキ」

「え?」

「ここの喫茶店のパンケーキ、美味しいんだよね」

「そ、そうなんだ」


 ああもう!鈍いな本当に!


「奢れってことよ!私がそのレポート、なんとかしてあげるって言ってんの!」


 幸い、今回提出のレポートに書ききれずにくすぶっていた部分もあり、いい機会なのでそれを悠人のレポートにぶち込ませておこう。

 テーマが同じでも着眼点が違えば、教授にはバレないだろう。


「早く喫茶店に行くわよ。3時間でレポートを仕上げて留年回避するのよ」

「わ、分かった!」


 なんで私が仕切らなきゃいけないのよ。

 やれやれ、バカな友人を持つと苦労する。



 ☆


「水害問題に対する基本的なアプローチとして」

「すいがい、もんだいに、たいする……あぷろーちとして……」


 私が口頭でレポートの内容を言って、それをあくせくとレポート用紙に書き写していく悠人。


「一つ目の問題として上がるのは……あー、なんか喉乾いたな〜。ロイヤルミルクティーが飲みたいなー」

「……ちっ」

「あ?」

「……す、すみませーん!ロイヤルミルクティーお願いしまーす」


 悠人のレポートは順調に進められ、私も喫茶店の贅沢なメニューを堪能する。


「今後はそれを、実行に移していくことが求められる……はい、これで文字数ぴったしでしょ?」

「ほんとだ……マジ助かった!サンキューな!」


 本当にね。

 私が喫茶店行かないって言ったら、どうするつもりだったんだろう。

 だいたい、こんなことは一度や二度ではなく、酷い時には課題があることすらも忘れており、白目を剥いて気絶しそうになったことがあるほどだ。


「いやぁ、持つべきものは親友だな」

「調子のいい奴め」


 肘で軽く悠人を小突く。

 親友……という言葉で思い出したが、悠人は私にとって唯一の異性の友達だ。

 高校時代からバカな奴で、隙あらば「ノート見せてくれ!」「ここの問題教えてくれ!」などと頼み込んできた。

 今の大学だって、私が対策やアドバイスを教えてようやくパスできたのだ。

 大学生になれば、少しはまともになると思ったが、期待した私がバカだったというわけだ。


「さてさて、レポートも完成したところで、大学いこーぜ」

「うん……うっ」


 調子良く椅子から立ち上がる悠人を見て、私も続こうとすると、妙に体が重い。

 丸テーブルの上には、パンケーキの乗っかっていた皿が2枚に、ロイヤルミルクティーの入っていたコップが2つ……いくら奢りだからって食べすぎてしまった。

 これでは午後の講義に間違いなく支障が出るだろう。

 バカはどっちなんだか……。



 ☆


「信じられる?今日提出のレポートをやってないんだよ?私がいなかったら絶対留年してるからね?」


 その日の夜、私は食器を洗いながら、姉さんに悠人のことを愚痴った。


「ふふふ、そのカレシさん、美香のお陰でいつも助けられてるわね」

「カレ……!?ち、違うわよ。あんなバカ」


 おかしそうに笑う姉さんの言葉を、慌てて否定する。


「あれ違うの?美香ったら、ずっとその人のことばっかりするから、付き合っているのかと思っちゃった」


 なんたる誤解だ。

 いつも悠人のことを私の彼氏だと思われていたなんて。


「あのね、お姉ちゃん。悠人はただの友達なの。恋愛対象なんかじゃないわ」

「そうかしら。男女の友情は成立しないっていうし、案外片方は意識してるものよ」

「はああ?そんなわけ……」


 私はともかくとして、悠人が私のことを……いや、ないない。

 どうせレポートや課題を手伝ってくれる都合のいい友達くらいに思われているに違いない。


 最後の皿の洗剤を流し終え、食器棚に戻すと、一つ嘆息し自室に戻る。


「……悠人か」


 ぽつりとバカな友人の名前を呟く。

 本当にそう思われている……のかな。

 もしかしたら……いや、バカバカ!

 あるわけないでしょ、そんな話。あるわけないじゃん、あの能天気な悠人だよ?

 まったくもう、姉さんったら変なこと言って……。


 ☆




「悠人は友達だよ……そうに決まってる」


 登校中、おもむろに口からそんな言葉が飛び出す。

 向こうだってそう思ってるよ。

 昨日の姉さんの言葉で、変に悠人が頭に残るようになってしまった。

 同じ思考がぐるぐると頭の中で繰り返される。


「……あれ」


 妙に足取りが重い。

 偏頭痛のような痛みが走り、顔を抑えて深呼吸する。

 おかしいな、昨日は飲んだわけじゃないのに……。

 呼吸を落ち着け、一歩を踏み出そうとしたが、出来なかった。


 体が……動かない?


 私は糸の切れた人形のように、仰向けに倒れ視界が暗転する。

 どうして……こんなに意識ははっきりしているのに、脳からの伝達物質が神経に伝わっていないのだろうか。

 早く……大学、行かないと……。


「だ、大丈夫で……み、美香!?」


 聞き覚えがある……というには、あまりにも慣れ切った男の声が響く。

 瞼が動かなくて見えないけど、これは悠人だ……間違いない。 


「おい!しっかりしろ!」


 悠人は私の両肩を掴んで揺さぶる。

 意識はこんなにはっきりしいるのに、体が金縛りのように動かない。せめて瞬きして意識があることを伝えられればいいんだけど……。


「呼吸は……あるな」


 うん、そこは大丈夫みたい……とにかく、悠人がきてくれて助かった。多分AEDもいらないと思う。あとは近くの人を呼ぶなり、救急車を呼ぶなりしてくれると嬉しいな。


「……美香」


 ふいに、悠人の息遣いが荒くったような気がしたかと思うと、口元に彼の熱気が触れる。


 え……?


「美香……こう近くで見ると、可愛いなあ」


 すぐ近くに、悠人の顔があることが分かる。

 何バカなこと言ってんのよ……本当にバカになっちゃったわけ?



 れろり



 ……ッ!?

 全身に悪寒が走った。

 私の唇、舐めてる……?

 ちょっ……何してるの……様子がおかしいよ。


 だが、こんなものは序章に過ぎず、悠人のいたずら心とかそういうのではないことを分からせられることとなった。


 ぬめぬめとした感触が、私の口の中に入ってくる。悠人の舌が、一つの孤立した生物のように私の中で激しく蠢く。


 やだ……なんでこんな……!?

 信じらんない……なんてことすんのよ……悠人……どうして。

 私たち、友達じゃなかったの……?

 私が勝手にそう思っていただけなの……?



 悠人の舌が私の口から出ていくと、悠人は荒い呼吸を繰り返し、 


「美香……大好きだ……」


 かちゃりかちゃり、しゅるしゅるとベルトを外す音が聞こえた。


 うそ……何する気なの!?

 やめてよもう……こんなこと……。



「おい君たち!大丈夫かー!?」


 ズボンのチャックを下ろす音が聞こえたところで、別の男性の声がかかる。


「あっ……!すみません、こいつ、友達なんです!道で倒れてて……」

「息はあるのか!?救急車は?」

「呼吸はしています!救急車は……」

「何してるんだ!?早く呼ぶんだ!」

「は、はいっ!」


 すぐさまベルトを締め直す音が聞こえ、私から悠人の熱気が離れていく。


 良かった……誰か分かんないけど、助かったみたい……。


 なんだか安堵したら……意識が……。



 ☆


 あれから私は救急車で病院まで運ばれたが、夕方には目が覚めてどこもおかしな部分はなく、体もしっかり動くようになっていた。

 医者が言うには、一時的な痙攣だったらしく、

「お大事に」と言う言葉だけいただいて、かなり簡単に退院できた。


「いやあ良かったよ。お前がいないと留年しちまうからな〜」


 悠人は相変わらず軽口を叩く。


 結局、あの時意識があったことは最後まで誰にも言わず、悠人も駆けつけてくれた人も完全に意識を失っていたと思っているようだ。


 あの助けてきた人は、いったい誰だったのだろう。


 顔も名前も知らない。分かるのは声だけ。あと倒れたのは大学内だから、再会できる可能性は十分にある。


 もし、また会えたら……あの時の感謝の気持ちを……。


「びっくりしたぜ、急にお前が倒れてるんだから……」


 肩に悠人の肩が触れた瞬間、私の手が彼の手を激しく振り払った。


「あ、ごめん」


 なんだろう。今、体が勝手に悠人を拒絶したような……。


「は……ははは。まだ本調子じゃねーんだろ。なあ、また気分が良くなったら映画でも観に行こうぜ」

「行かない」

「へ?」

「行かない」


 頭で思うよりも先に、拒絶の言葉が口から飛び出した。

 まさか拒否されるとは思わなかったのだろう。

 呆然と立ち尽くす悠人を置いて、スタスタと歩く。


 姉さんの言った通りだ。

 男女の友情は成立しないとは、よく言ったものである。


「お、おい……待てよ」


 私にとって悠人は、もうバカな友人ではない。


 あいつが友達?

 冗談でしょう。


 私の瞳にはもはや、彼など何の興味も沸かないゴミ虫としか映らなかった。


 あの日のことを知る者は、私を除いて誰もいないし、口外するつもりもない。

 だから悠人が、私の豹変に対する動揺も頷けるが、同情の余地はないし、もちろんレポートも今後は一切手伝わない。


 そう、誰も知らなくても私だけは覚えている。





 最低な君を、忘れない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ