第8話 元大賢者は、無自覚な差別を受け流す。
「ロニー寮って聞いたけど、何気に凄い設備。いや、見た目が凄いボロボロだわ…」
一先ず学生棟から出た私は一人で学生寮へと向かった。まぁ誰とも知れず友達も不要だから自由気ままに移動が出来るともいうしね?
幸い学生寮も個室らしいので一々咎められる事も無い。
ボロい寮の受付へと入った私は声を掛ける。
「すみませーん。入寮手続きをお願い出来ますか?」
「はいはーい。少々お待ちください。無印… いえ、失礼しました。一年Jクラスのアリサさんですね。割り当て個室は地下の零号室です」
すると、私の制服の印を見た寮母さんは一瞬だけ冷酷な顔になるも即座に笑顔へと戻り、位階差別を行った。
「地下ですか?」
「はい、位階順と申せば良いでしょうか? それの関係で割り当てされた個室はその順番により決められているのです。まぁ室内はどれも同じですから気にせず使ってください。それと、こちらは門限などを記した書類ですから後でよく目を通してくださいね?」
「はぁ? 判りました」
何故か私は景色も見えない牢獄か?
と、呼べる地下階へと案内された。
魔術で色々住み易さを構築してると思って降りると、そうでもなかった。
「実は部屋の鍵自体が魔力鍵なのですが、貴女は持ってませんので、この魔石鍵で開け閉めしてください。一年毎に魔力充填が必要な物ですし、一個しかないので無くさないよう気をつけてくださいね」
「はぁ? 判りました」
受付から案内してくれた寮母さんは私の姿をあえて見ないようにしているのか、視線を合わせず話を進める。鍵を手渡す際にも後ろ手で私が手を出すまで待っている状態だった。
そして魔石鍵と呼ばれる部屋の鍵は…
(ただの魔石じゃないの。認証情報とか何もなくて同じ形の鍵であれば盗品され放題だよ〜)
その鍵を見た私はバカ弟子をぶん殴りたい気分に駆られた。だがこれも、改変して良い代物なら話は別なのであえて聞いてみた。
「すみません。この鍵とか部屋の鍵は何か防犯的な機能ってあるのですか?」
「防犯的な物ですか? いえ、そういう機能はありませんね。あるとすれば許可の無い者が階下へと降りる際に監視される程度の機能だけがありますね。貴女も一応は女性ですし」
「(一応って…)はぁ、判りました」
「判ってくださいましたか。それと部屋の間取りはキッチンと風呂付きの一室です。トイレは部屋から出て直ぐの場所にありますから、そちらで用を足してください」
「キッチンですか? 食堂に行ってはダメなのですか?」
「はい、学生食堂は第一位階から利用が可能となっており、貴女の場合は朝昼も含めて入室禁止となっております。その代わり、門限以外での外出制限が御座いませんので外で調達する事をお勧め致します。勿論、食材の持ち込みのみとなりますがね?」
その言葉を聞いた私は位階差別の本質を知った。そら、改善しようが無いわ。学園の仕組みと職員の意識からして差別を助長させるのであれば。
結果、私は早々に諦めた。改善出来ぬ意識に時間を割くほど無駄なものはないし。
「判りました。では、荷物を置いたら食材の仕入れに向かいます」
「それが良いでしょうね。学園を出て左側に平民向けの市場がありますからそちらへどうぞ」
「ご親切にどうも」
「いえいえ、これも仕事の内ですから。何か困った事があれば受付にお越し下さいね? それでは失礼致します」
最後に社交辞令だけを発した寮母さんは地下階から地上階へと上がって行った。一応、廊下の明かりを点けてもらっているし、暗がりで過ごす事にはならないかな?
「パッと見、前途多難な感じもするけどコレはコレで悠々自適な生活となるかな。煩わしい友達とか作らなくて済むし、周囲の監視も魔力無しという事で魔力感知系を用意してないみたいだし。とりあえず、鍵だけでも認証と防犯は付与しておこうか。基本は食材と教科書以外は置かないけどね〜」
そんなこんなな一幕もあったが無事に寮へと入寮した。室内は至ってシンプルなベッドと布団が置かれた状態であり誰も使っていなかったような時間停止で留められていた有様だった。
布団と家具はそれなりだがキッチンや風呂は少々物足りない様相を呈しており許されたと思って改善しようかな。表向きには魔力無しで入学したし、誰かが来るわけでもないからね。
(ようは退出時に元に戻せば良いのだから)
そうして買い出し前に己が与えられた部屋を改造した。否、改善した。
風呂場は小さな物から空間拡張魔術で大浴場へと変貌させ、キッチンは炎熱魔術を用いた火釜と水創魔術を用いた蛇口を用意した。
今までは井戸水から直接汲み上げたような管を流用した仕組みであり、濁りに濁った腐った水が出てきたので早急にお引き取りを願った。
風呂も含めて温水が出ないから風呂という名の沐浴場という印象だったよ。
後は食材を買い溜めるとしても食材を保管するための保冷庫すらなく、ただ食材を置くだけの棚が存在していた。お腹を壊したら自己責任という感じで放置一択なんだろうね。
とまぁそんな感じの〈位階差別博覧会〉をご覧あれという設備に辟易したけど、少なからず過ごし易い部屋になったかな。
ここは地下だけに窓も無い部屋だけど窓なんて無くても空間拡張魔術を応用して屋上からの日光の取り入れ口を用意すれば室内での自給自足も可能だしね?
「ふぅ〜。ある程度の改善も出来たし、食材の買い出しに向かいますか! まぁ寮の入口前で……、面倒事が待っていそうだから市場の場所も把握しているし、転移魔術で移動して必要物資を揃えるかな?」
そう、魔眼を介して寮の入口前を見ると多勢に無勢な貴族様が勢揃いしていた。そのうえ如何にもな会話を寮母としており私の出入りを待ってる状態だった。
位階差別ってホント面倒だねぇ〜。
寮母もグルでアレコレする予定のようだ。
「そういえば、姫殿下はAクラスって言ってたし位階も第八らしいからトップクラスなんだろうね〜、流石は王族だよ〜」
他人事な私は一人呟きながらも自室から転移した。なお、入口前で待つおバカ貴族達は待てど暮らせど出てこない私に焦れていたようで、その日はそのまま退散したらしい。
本当にご苦労様な事で。
数年ぶりの改稿で申し訳ございません。
改稿を行いつつ続編を書いていきます。
〈改稿日:2022年12月16日〉