第27話 元大賢者は、人知れず身バレを行われる。
アリサが部屋に訪れる一時間前の事。
我は妹に呼び出された。普段ならIクラスに居る我とは関わらないと約束しているにも関わらず今回は事情が異なるようで部屋に入るなり微妙に恐ろしい笑顔で迎えられたのだ。
そう、それはアリスが本気で怒った時と同じ雰囲気であった。
「そ、それで、何時もなら不干渉を貫き通すお主が、我に、何か用か?」
「いえ、少々小耳に挟んだ噂、なのですが。お兄様がここのところ、ロニー寮の女生徒に会いに行くという姿を目撃している者が、居りまして、お義姉様という婚約者がありながら、誰に懸想してるのかと、気になりましてね?」
リンスはそれはもう冷酷無比な笑顔で我に問う。テーブルに置かれた紅茶が一瞬で冷えて仕舞ったかのようで、部屋の室温も下がったように思える程の笑顔であった。
アリスもその性質上、氷系統であるがリンスもその系統なのか、凍えるような魔力を漂わせていた。
「そ、そのことか。だが何を以て女生徒というのだ?」
「いえ、その者が言うには出入りの後の、お兄様の洋服にジャスミンの香りが残ってるとの事で女生徒以外でその香水を付ける者が居ないと判断したまでですわ」
リンスの言い分は無理がある内容だった。
「その者とな? はて? 我は誰にも服を預けて居らぬが? 部屋も一人部屋だしな」
我は基本、自炊し洋服などは自前の魔術で綺麗にしているのだ。誰かに渡す時は基本的に王宮に居る時くらいで制服やら何やらを使用人に渡す事はしない。
だがリンスの言い分を聞けば香りが残っているという。確かにアリスは、その香水を好んで着ける傾向はあるがアリサの立場では着けないのだ。
それは恐らく部屋で育てている、ジャスミンの香りなのかもしれないが、それでも服に着く程の香りは無いに等しい。
「うっ。で、ですが!」
だが、リンスの言い分にはジャスミン香が服に残っているとされると何処でその情報を得たのか気掛かりであった。
「もしや、お主の護衛を我の傍に控えさせておるまいな?」
「つっ」
「やはりか。それで? それが、お主の護衛からの報告か?」
「は、はい。そうです。シーナからの報告ですわ!」
もしやとカマを掛けて見れば案の定な解答を得た。まだまだ実践が足りぬな。魑魅魍魎の貴族達を相手にするには、もう少々素直さを抜かねばならぬか。その点で言えばアリスは受け流すか打ちのめす事が殆ど故、足して二で割ったら丁度良いかもしれぬか。
(逆にアリスは素直さが足りぬからな…)
ちなみにアリスに付くリーナとリンスに付くシーナは姉妹だが、このどちらも賢者・ライオネル殿の弟子であり、護衛兼暗殺者である。
そのどちらも元々はサドッカー帝国の隠密だが前々宰相である祖父との契約により二人を影ながら護っているとの事だ。
これは王都に着いてからのこと故、ゴブリン共の時は護衛を付けなかった事に後悔したと祖父から聞いている。助けたのがアリスという点に於いても同様である。
「まぁ気にするでない。それは、お主が心配するような相手ではないからな」
「ですが! それではお義姉様が可哀想です」
「よいよい。アリスもその点は気にして居らぬ。寧ろ、喜んで我に〈氷月堂のビスケット〉を差し出す故な」
「〈氷月堂のビスケット〉? それはどういう事でしょうか? それはフェンドルフィン辺境伯領にしかない菓子店の物ですよね? それと今はアリスお義姉様の話でしたよね? でもアリスお義姉様は確か、あれ? そういえば普段は何処に、お住まいなのですか?」
あぁ、やってしまった。
だが、まだ傷は浅い。
我はアリサの部屋に向かう楽しみが〈氷月堂のビスケット〉だったのだがリンスも生まれからの殆どをフェンドルフィン辺境伯領に住んでいたためか知っていたようで、我を追い詰める餌を与えてしまったようだ。
アリスの住まいを聞こうとしたので件のお菓子を取り寄せる者を出汁とした。
「あー、その、だな? リーナからは聞いて居らぬのか?」
「リーナからで御座いますか? リーナは確か学園傍のルークハイド子爵の屋敷住まいですよね? そのリーナが何か?」
「あぁ、そのルークハイド子爵家の当主がアリスだ。名前は少々事情があって、お爺様の寄子という立場で爵位を戴いておるのだ」
「!? で、では普段はそちらに?」
「そうだ。そちらから定期的にこちらへと泊まりに来ておる」
よし! 回避成功だ。
話題を戻される前に退却といこう。
しかし、
「なるほど。ではお義姉様は普段は執務の間にこちらへとお越しなのですね。ですが! お兄様? お逃げにならないで下さいね?」
「うっ」
「アリスお義姉様の事情は、よーくわかりました。ですが、問題の女生徒の件は解決しておりませんよ?」
「だ、だがな? リンスよ。アリスとて常日頃からの疲れを癒やす必要もあるだろう? ここに来れば王族教育が待ち受けておるし執務の合間も癒やしが無いではないか?」
「そ、それは、そうですが…」
リンスは日頃からアリスに厳しくしている事を思い出す。それはアリスが常日頃から辛いっと嘆いている事でもあるが、その相手の意思を無視するやり方は良くないと諭してやった。
だからこそと… あ、この流れは不味い。
「ですが… その話とアリスお義姉様の件とは違いますよね?」
「はぁ〜。わ、判った。話そう。実はな我が会っていたのはアリスだ」
「え? ですが、ロニー寮ですよね? 落第クラスの」
「元々アリスはこの学園の学籍を持っておる。ただ、控えという立場上、平民という立場も持っておってな。控えである事を主としておる故、表立っての行動を控えておるのだ」
「平民? でも、王族ですよね?」
「アリスの場合は皇族でもあるがな。その代わり、育ち自体がフェンドルフィン辺境伯領の寒村出身故に平民として隠れ潜んで居るのだ。かの賢者殿がそれを望むからな」
「あぁ… ライオネル様ですか」
もう、ここまで来れば誰が誰なのか判らぬ者は居ないであろう。寒村出身で王族と皇族の血を引き、普段は平民であるのに反し冒険者としては子爵の地位を持ち、隠れる事に一生懸命で最近までは魔力無しを演じてきた者だ。
本人もここまで属性過多となったのはイヤイヤだったと言うが、その最大限の属性が大賢者だからこそ同じ立場として隠さねばならぬのだが、この場合は知らせる方が良いだろう。
我と同じように大賢者以外の情報は、だが。
「そうだ、その本人の平民としての名は…」
リンスは我の言葉を聞きながら、生唾を飲み込む。我は意を決し、
「アリサだ。王都に来る前に、お主と話したというな」
「!? あの、あの方が! あ〜、そういう事でしたか。お髪の色から平民とは違うと思って居りましたが。ん? ですが、先日は二人いらっしゃいましたよね?」
「あれはアリスの魔術だ。存在複製魔術というものらしくてな、元来の姿を別の者で複製するという物らしい。その代わり魔力感知スキルを持つ者からは丸見えとなる魔術で普通の人間には判別が付かぬ物らしいぞ?」
リンスは先日の事を知った。
フルフルと震えながらもブツブツと呟く。
「あれが魔術? あれほどの物を? お一人で?」
部屋が若干冷え込んでいたのに今度は暖かくなってきたな。寧ろ暑いくらいなんだが、リンスは氷炎系なのか? アリサが風氷系だから違いの面でも明確過ぎるが。
「お、おい? リンス大丈夫か?」
「い、いえ! 大丈夫です! 他に、他には何かありますか?」
「あー、あると言えばあるな。シーナが最近スキル以外でお主の背後に居る事とかな? 今も背後で大爆笑しておるが、その魔術も元々はアリスが教えた物になる。我も出かける時はそれを用いる故、相手の魔術練度に依っては見える者と見えない者とが居るがな?」
すると、我の指摘で大爆笑をしていたシーナが、存在希薄魔術を解除して姿を現した。
「見えておりましたか。流石は殿下」
それは見えるであろう? 我とてアリス同様に魔力隠蔽を掛けておるからな?
「シーナ、居たのですか!? てっきり人払いしていたと思っておりましたが」
「それは護衛ですので。この部屋はアリス様の施した結界に護られておりますが、いつ何時侵入者が入るとも限りませんので」
「侵入者ですか?」
「はい。先日もアリス様が湯殿から出て直ぐに外廊下で不審者を発見したとの事で侵入前に撃退したと話しておりましたから」
アリスはその事は申して無かった筈だが?
もしや、侵入の件は伏して居たのか?
我が報復に行くかも知れぬと隠して?
まぁ相手が相手故、やるなら相手が眠ってから行う、夢幽魔術でも掛ければ即座に目覚める事はなかろう。精々四年は寝っぱなしとなるがな。後でかけて進ぜよう。
「そのような事があったのですね。あの時は私もまだ湯殿に居ましたが…」
「はい。あの時は不審に思ったアリス様が裸のまま素早い行動で対応をされてましたので。タオルを手渡す暇も御座いませんでした。その代わり居室の魔力錠が強固となりましたので相手が用意したマスターキーが使い物にならず退散したとありますから」
「誰かは存じているのですか?」
「それは既に判明して居ります。しかし、立場上表立っては動けぬ相手故、我らから何かをするのは止めておいた方が良いとアリス様が仰有っておりました。代わりに記憶は書き換えたと仰有っておりましたから、その手腕には脱帽で御座います」
「流石は賢者様のご息女ですね!」
その結果、アリサ、否アリスへのリスペクトが高まったリンスはアリスが来るのを心待ちにしたのであった。
それはもう王族教育とは別に魔術講師として逆に教えを請いたいと言う程に。
アリスの中身が大賢者だからかゴライアスの妹弟子になるのかも知れぬな、これは。
数年ぶりの改稿で申し訳ございません。
改稿を行いつつ続編を書いていきます。
〈改稿日:2022年12月17日〉