第18話 元大賢者は、懐かしの威圧に怯む。
一先ず、陛下の命でミッドハイド領の魔族討伐に向かったはいいけど、
「ねぇ、殿下。目眩でもしてるのかしら?」
「してないだろう? この光景が有りの儘、目に映ってるだけだろう?」
「やっぱりそうよね? 何で誰も気付けてないの?」
「それは俺達みたいに存在希薄魔術を使っているからだろう?」
「はぁ〜。でも、これは聞いてない!」
転移で飛んだ先、魔導書庫のある建物の傍に着くと、その周囲には物理障壁に妨害されて立ち往生している魔王軍の師団級部隊が居た。
「ねぇ?」
「何だ?」
「仮に存在希薄魔術を使ってたとして、この規模の者達が国内に入る時点で、その後に残る足跡から誰何が有ってもおかしくないわよね?」
「いや、まぁそれは判るぞ? だが、現にここに居るからな?」
「うーん? 侵攻を防げないって余っ程、国境警備の魔術練度落ちてない?」
「言うな。それは俺も思ったから」
実際にシルフェンド王国の国境内周には警備のための魔術師が魔族などの侵入者を防ぐ魔術結界を張ってる筈なんだけど何故か侵入を許して師団級部隊が居るという不可解な状態となっているの。
「これは見なかった事にしましょうか。とりあえず現物があるか中に入って確認しましょう」
「え? 入れないだろう? この建物が幾重にも暗号化された多重結界で護られてて、我ら王族でも中に入る事は不可能だ」
「暗号化? そんなものないわよ?」
「へ?」
「結界自体は存在するけど、それはあくまで建物の老朽化を防ぐ時間停止系の結界が作用しているだけで開けるなら……、ここに隠した鍵を使えばいいの」
「はぁ? 何てところに鍵があるんだよ!?」
魔導書庫に入る鍵、それは玄関前に立つ〈ゴライアス像〉の口中に入っていた。
それを見るや否や、殿下は今までに例も見ないツッコミを私に与えたのだけど持ち主は私だから知ってて当然でしょう?
「開いただと!?」
「それは開くわよ。ささ、早く入って?」
「あ、ああ」
魔導書庫の中に入ると懐かしい薫りがした。
(このジャスミン香の薫り懐かしいわね〜)
中も劣化なく結界が維持されているし魔導庫も開けられた形跡がないわね。やっぱり大賢者の書庫だからそれなりの防犯がなされていると勘違いした結果かしら?
「うぉ〜。凄い量の本だな」
「この本は研鑽を重ねた経過を記した物だから他者が見たところで意味不明よ?」
「そうなのか? だが、この漏洩妨害術とか書かれてる書物とか垂涎ものだぞ?」
「あー、うん。それ、ゴライアス殿の私物だから」
「え? どういう事だ?」
「魔導書庫の一階はゴライアス殿の私物に占拠されててね? 屋根裏が大賢者の書庫となっているの」
「え?」
意外と知られてない事実解禁!
大賢者が収納内に嵩張る書物を片付ける際に設置した場所が魔導書庫なのだけど自身の書物はそれ程無いにも関わらず弟子の書物が建物の殆どを占めており棄てられない性格が災いして溜まるだけ溜まった物が、書庫の正体である。
「言うなれば、紙くず程度の物しかないわよ?」
「それはそれで、酷い言い草だが」
殿下は周囲に並ぶ書物を右往左往と眺めつつ迷いなく歩む私の背後から付いて来る。
「まぁここから先は流石の大賢者でも〈魔錠〉で鍵を掛けてるけどね?」
「〈魔錠〉って内部機構の魔力波長を合わせないとレジストされて開かない鍵だろう? 何でお前が開けられるんだよ?」
「さぁ? 何ででしょう? 偶々合わせたら開いたという事にして戴けますか?」
「何かありそうだが… まぁいい」
殿下は私の言葉を聞くと訝しげに開いた鍵を眺め視線を私に戻す。おっと危ない危ない。
こっちの身バレは回避しなければ自由を自ら手放す事になりかねない。
鍵が開いた音が響くと内部の施錠が連鎖的に外れガタガタと音が響き、天井が開いて階段が下りてきた。機構も無事稼働した事を確認!
「さぁ? 上がるわよ?」
「お、おう」
そうして二人して屋根裏に上がると、
「はぁ? 何だこの規模の書物は!? というか空間が異常に広いんだが、どういう理屈だ?」
「空間拡張魔術を使ってますからね。書物類はゴライアス殿の私物と同じで意味不明な羅列が書かれた物ばかりですよ?」
「そうなのか。いや、しかし、何故それを?」
「お気になさらず〜」
「う、うん」
私は殿下が更に聞こうとしたので母さん譲りの〈威圧〉で黙らせた。この〈威圧スキル〉は陛下と姫殿下も使えるそうでシルフェンド王族の女系のみが扱える代物だという。
私も滅多に使わないけどね?
「でも〈転生の書〉ねぇ? て、て、て… あぁ! これの事か!」
「どうした? 何かあったのか?」
「多分、ゴライアス殿が勘違いした話だろうけど、あったのは〈転換の書〉ね。女性が男性に男性が女性に転換する類いの禁書」
「はぁ!? そ、そ、それって… どういう事だ?」
殿下は私の言う禁書と聞き驚きを見せるも、あっけらかんと問い返すので、反応に困った。
「落差…。まぁいいわ。書物に描かれた、この〈ペンタグラム〉に魔術結晶を配置して描かれた呪文を読みながら己が魔力をこの〈アクセプト〉と描かれた文字列に流すと肉体改変が作用するの。痛みもなく身体を書き換えるから当時の魔術師団はコレを用いてアレコレしててね? 流石に犯罪紛いの事を行いだしたから没収したのよ」
書物を開き中程にある魔術陣を見せながら説明した。すると殿下は訝しげに私を見つつ、
「確かに… 禁書とすべき代物だが。何故それをお前が知ってるんだ?」
「聞かないって事にして下さいませんか?」
「イヤイヤ、聞かないというワケには行かないだろう?」
「うっ…」
私は〈威圧スキル〉を使おうと思ったが、このスキルにはクールタイムがあるため、今度ばかりは逃げられない状態に陥った。
「では殿下? こうしましょう? 教える代わりに殿下も一つ重要な秘密を教えて下さい」
「はぁ!? そ、それは流石に…」
「つまりそういう事です。秘してないと意味がないそういう類いの話ですから、この話は無かったこt」
すると、今度は殿下から途轍もない魔力の奔流が溢れだし私は言葉に詰まる。
え? この波長、覚えがあるんだけど?
「隠そうと思ったのに、やはり隠せぬか。今世では縛られるのは勘弁願いたかったのだが…」
「ど、どういう事!?」
「うむ。特大級の秘密を教えようか。その代わり、お主も我に教えるのだぞ?」
「こ、こ、この、威圧は…」
数年ぶりの改稿で申し訳ございません。
改稿を行いつつ続編を書いていきます。
〈改稿日:2022年12月17日〉