第11話 元大賢者は、雛鳥達を哀れんだ。
「早速、侵入者はっけ〜ん。というか、寮母さん達か。まぁ案の定、内部で困惑してるわ〜」
殿下との会話の後、寮に戻った私は地下階に降りる階段で異常を察知した。実は部屋の鍵を認証設定した際に私の部屋がある階層全体にある結界魔術を施したのだ。
言うなれば誰でも侵入可能な地下階で私自身の身を守る術として用意した代物だね。
例えるなら悪意ある不法侵入を行う者が現れたら地下階をダンジョンと化し、中で死のうものなら一階入口で蘇生されるというものだ。
ただこれにも例外を設定してあって、王族と学長だけは何事もなく地下階へと降りられる。
それ以外の悪意ある不許可者は総じてダンジョンへとご案内する仕組みを与えたのだ。
「まぁ魔力有りの者なら簡単に抜け出る事が出来る仕組みとしているし、仮に死んでも生き返るから気にするだけ損だね」
それは入寮して早速という感じだね。
排除に動く者達の迅速さだけは侮れないね。
(それがどの勢力の者か知らないけど全く以てご苦労様な事で)
私はダンジョン内で慌てふためく者達に対し同情を与えたのである。
◆◇◆
そして翌朝。
仕方なく目覚めた私は自室に用意したトイレで一息を入れ朝風呂へと入った後に簡単な朝食をいただいた。
「お昼も学食での食事が禁止されているし、お弁当を用意しようかな? それとも外食してもいいかな? 外出禁止となってないなら、それでも構わないだろうし」
そんな独り言を呟きながらも本日より始まる授業の教科書を眺めていた。
まぁアレだわ、見るからに丸投げ感が強く出ていて、所々で間違えた詠唱呪文やら内容が記されているところがあって、バカ弟子を再度殴り飛ばしたいという衝動に駆られたよ。
「この教科書に載った〈自情報参照魔術〉とあるけど、最初の三節詠唱の呪文が〈身体強化〉のものよね。─モグモグ─ それに ─ゴクン─ 鍵言自体は間違えてないけど、詠唱を行うと失敗まではいかなくても見えるのは詳細ではなくて魔力量しか現れない筈よね。誰がこんなものを教えろと言ったの。頭の痛い問題だわ」
独り言にもある通り、前期で学ぶ基礎内容がそれはもう間違いのオンパレードだったのだ。
もしこれが誤情報と認識して、正しい結論に達する者を探し出す物だとするなら実力主義という面で意味があるだろうが、どうにもあのバカ弟子の思考力からして、そこまでの深謀遠慮があるとは到底思えなかった。
言うなればゴライアス自身が魔術狂な脳筋だからである。
「まぁ実際の授業を聞いての判断ね。さて、お昼ご飯に必要なお金だけ持って教科書やら筆記用具の類いはバッグに収めて登校しますか…」
そうして緩りと朝食時間を寛いだ私はサッサと身形を整え、入学当初よりの頼りない見た目へと偽装した。銀髪自体は触らず、目元は垂れ目とし瞳の色も銀色で統一した。
両目の違いを表に出すとそれだけで疑われるからね。お爺様達やおじ様達からも肉体言語で注意されているし。これは必要な事として面倒ではあるが行うしかないのだ。
「おはようございます」
「あら、おはよう」
「おっはよー!」
「おはようさん…」
クラスに着くと既にあちこちでは挨拶合戦が繰り広げられていた。主に下位の者が上位の者に媚びへつらい挨拶を行う光景である。
私の場合は最初から居ない者として扱われているためか、誰も近寄らないのでそれらを無視しつつ授業の段取りを行った。
相手にするだけ損だしね?
すると段取りの最中に一人の男子生徒が絡んできた。
「おぉ! 無能様のお越しだぞ!」
私は周囲を見回しながら応じた。
「うん? どちら様がお越しですか?」
「お前だ、お前!」
知っていたけどね。
気づかぬフリをしていただけだから。
私は疲れた表情で相手を見た。
「はぁ? 私でしたか。それで何かご用で?」
「はぁ? お前は最下位なのだから挨拶巡りするのが筋だろう?」
「それは義務ですか?」
「義務だ!」
「校則にそんな文言ありましたかね?」
「暗黙の了解だ。そんな事も判らないのか?」
「そうですか。では、おはようございます」
「はぁ? 何でお前が挨拶するんだよ? お前は口を利いて良い者ではないだろう?」
理不尽を突きつけてご満悦のおバカだった。
(全く選民主義も良いところだけど貴族という輩は総じてそうだから仕方ないかな?)
しかも目前でウザったい程の臭い香水臭をさせている者だったので私は面倒と思いながら、
「失礼しました。ではお帰り下さい」
呟きつつ頭を下げて目前の男子生徒を学園の入口へとご案内した。今から校内に戻ると確実に遅刻となるけど仕方ないよね?
あちらから関わりにきたのだから返礼はキチンとしないと。
「え? 今、消えた?」
「消えたな? あいつ、いつの間に転移魔術なんて使えるようになったんだ?」
「これは後で、とっちめないとな! 自分だけ転移魔術の知識を独占しているのだから!」
「それよりも、あの子、失礼よね?」
「そうそう、挨拶の順番を護らないとか、平民で無能の癖に何様かしら?」
「全くだ。夕刻にでも制裁しないとな!」
すると今度は周囲の学生までもおかしな会話を始めたため私は頭痛に苛まれる事となった。
実力主義という面を考慮すれば、仕方ない事とはいえ、このような人心で賢者とは夢のまた夢であろう。っと、私は周囲の愚物共を哀れみながら教師が教室に訪れるのを只管待った。
数年ぶりの改稿で申し訳ございません。
改稿を行いつつ続編を書いていきます。
〈改稿日:2022年12月16日〉