第10話 元大賢者は、叙爵を隠し回避に尽力す。
そんなこんなで平民市場を移動しつつも様々な食材を揃えてみた。調理道具自体は実家に居る間に拵えていたので、改めて王都で買う必要もなく今晩の孤独飯は少しだけ贅沢をしてみようかと思っていたりしている。
まぁ母さんのご飯も恋しいけども男爵家に売られた身としては哀しいかな戻るのは難しそうだと諦め半分の私であった。
「さて、オークキングの肉は残しておいたからオリーブオイルでソテーかな? そういえば寮の排気関係どうなっていたっけ? まぁ帰ってから調べ直すか」
そう、独り言を呟きつつも平民市場の出口へと向かう私にまたも声を掛けてきた者が居た。
「あら? そちらに御座しますのは無印様では御座いませんか?」
「え? どちら様でしょうか?」
「私をご存じでない?」
「はぁ? 平民ですから知らないのは仕方ないのでは?」
「それもそうですわね。私、同学年のBクラスに所属して居ります、ルーネン侯爵家が長女、ラーナ・ルーネンと申します。貴女のお噂は学内に轟いて居りますのに実際にお会いしてみれば無印らしい頼り無さですわね?」
はいはい、そうですね〜。
開口一番の自己紹介はともかく、こちらでも位階差別を喰らった私は不敬にならない程度に呆れを滲ませた。
その間も彼女の独演会が延々と続いてるのだけど、何が言いたいかと言えば目障りだから早く目前から消えて頂戴との言い回しである。
こちらが帰ろうとした矢先に引き留めておいて好き放題に騒ぐかと思えば、目前から消えてとは。トンチと思えたので彼女の瞬きに合わせて存在希薄魔術を行使し、消えて差し上げた。
「あら、いつの間に? まぁ言葉を理解出来る知能はお持ちのようね。そのまま学園からも消えて戴きたいのだけど流石にそれは出来ないらしいから今後は学年を挙げて追い出すよう努めないとダメですわね」
私が消えた途端に本音を晒す彼女に呆れた。
(へぇ〜位階差別の主犯は留年侯爵家のお嬢様なのね。あ、ルーネンか。でも、この状態だと学内での生活は難しいかな? いっその事、リサ・ルークハイドとして貴族街に家を用意するのもありかも)
実のところを言うと私は最年少でAランク冒険者に昇格した功績を称えられ、王家の許可の元、フェンドルフィン辺境伯の寄子という立場で子爵位を授かっているのだ。
ようは領地の無い法衣貴族扱いなのだけど寄親殿の言によれば王都に住まう権利も同時に与えられているそうで、将来的に住むのであれば家名と紋章を示すだけで屋敷が貰えるそうだ。
その代わりが家名に恥じぬよう、隠遁生活を止めよとも命じられており、寄親殿と王家のみが魔力持ちという事実を知っている。それは叙爵前、ヨハネス殿下直々に尋問されたからね。
それも銀髪姿で魔力隠蔽を解除させられたうえでの事だった…。
そういう理由もあってか、冒険者の形の時は思いっきり羽目を外しているの。
お陰で〈風雪の舞姫〉という、とてもとても哀しい二つ名を寄親殿から頂戴したのである。
うん、スタンピードの時に魔術回路解放と乱れ撃ちの砲撃魔術をぶちまけたから。
(これは帰る前に一度家の契約だけしておこうかな? どうせ追い出されるというのなら手を打つのは早い方がいいし)
こうして様々な思惑が絡み合う王都での生活は始まったのである。念のため子爵としての屋敷は比較的学園から近い場所にしてもらった。
たちまち、使用人は雇わない方針とし、およそ四年後という期限を設けて使用人を雇うという約束を寄親殿と締結したのであった。
◆◇◆
学園に戻るや否や一人の男子生徒と出くわした。それは食材を持ったまま中庭前で黒髪の生徒とすれ違った時である。
「ん? んんん?」
「あの? 何か?」
「お主は、まさかアリス・フィリアか?」
「その声は、まさか、殿下?」
そう、そこに居られたのは私を以前尋問したヨハネス殿下だった。以前献上した〈偽装の腕輪〉を使ってらっしゃるのね?
殿下は私の胸元の〈無印〉を見つけ、
「その印… お主だったのか。舞姫殿が王都のギルド支部に現れたと聞いて居ったが」
「そうですね、表立っては言えませんから」
「なるほどな。斯く言う我もお主のお陰でクラスの第一位階として居るが、これはこれで楽しめるというものだな」
「相変わらず紛れる事がお好きなようですね」
「うむ、褒め言葉として捉えておこうか。して、お主は何故ここに?」
「まぁ色々とありまして、詳細は寄親殿に報告して居りますから後程、ご確認下さい」
幸い周囲には誰も居らず、今もすれ違いざまの会話であるが、周りに聞こえないように殿下の遮音結界魔術により会話を続けた。
以前と比べて精度が上がってるわね〜。
「そうか、あい判った。ただ身内として助言しておくがルーネン侯爵家の者には気をつけておく事だ」
「あー、ルーネン侯爵家ですか。既に外で出くわしました」
「相変わらず巻き込まれるのだな。いや、面が割れたのなら仕方ない、気をつけるに越した事はないからな」
「はい、殿下の御心遣い感謝致します」
「それと、父上から近いうちに顔を出せとの仰せだ。支部移転はしなくても良いが立場上、登城は絶対だからな?」
「はい、承りました。おじ様には近日中に上がるとお伝え下さい」
「うむ、そう伝えておこう」
そうして、ひとときの会話は終わり、お互いに住まう寮へと移動したのだった。
数年ぶりの改稿で申し訳ございません。
改稿を行いつつ続編を書いていきます。
〈改稿日:2022年12月16日〉