第7話
時は進み放課後。
まほろは旧高等部校舎にいた。目的は一つ、結音に忘れ物の鍵を渡す為だ。
ここでは、文化部の部室があり。まほろはその1つに向かっている。
何処か落ち着かない表情をしたまほろは、予め学園の先生に聞いておいた結音が今いる場所に向かう。
彼女は現在、部活動に打ち込んでいて。やっている部活は囲碁将棋部だそうだ。
(今日は、仕事に集中出来なかったわ)
その道中、まほろは一人落ち込んでいた。この時間まで、ずぅっと結音の事が頭から離れなかったからだ。
「いけないわ、夜中に寮生の部屋であんな事をしてしまうなんて」
掃除をしてる時も、料理の仕込みをしている時も思い出して、手が止まり恥ずかしくて固まって赤面してしまう。
それで、職員にもスゴく心配されたし仕事も遅くなった。
さすがに引きずり過ぎだとは思うが、仕方がないだろう。まほろにとっては、初めての経験だったから。
そんな経験の切っ掛けを作った結音とこれから会う訳だが……正直、まほろは不安だ。平常心でいられるか? 絶対に取り乱すと確信している。
(やっぱり、他の職員に頼んだ方が良かったのかしら)
ここまで来て後悔してきた。でも、もう後には引けないだろう。もう、結音が部活動をしている教室の前まで辿り着いたから。
「入っていいのよね?」
教室の前はやけに静か。その静けさが、今のまほろの緊張感と溶け合ってより緊張してくる。次第に手が震えてくるが、まほろは深く息を吐き、パシッと両手で頬を叩く。
(落ち着きなさい。平気なフリをするのは得意じゃない)
いつもやっている事をすれば良い。悪く思われないために明るく振る舞う、緊張した時だって、必死に気持ちを抑えて切り抜けてきた。
それと同じような事をすれば良い。
「よし……っ」
一言、呟いて。まほろは静かに扉を開けた。すると、視界に教室の中央で2人の女子生徒が将棋を打っていた。
瞬時に対局中だと察したまほろは、また静かに扉を閉める。その後、改めて見てみると対局しているのは。
(ゆい姉さん、だわ)
そう、結音が囲碁将棋部の部員と対局をしていた。みんな、ソレに注目しているから、まほろは気になって静かに近づく。
将棋の事はよく分からないが、相手の子が難しい顔をしている為、押しているのは結音だと思う。
(スゴい。あんなに集中してる)
あの夜見た顔とは違う結音の顔は、魅力を感じた。真剣な顔つきは格好いいし、明るくて優しくて、本当のお姉さんの様な雰囲気を知るまほろにとっては、より魅力的に見えた。
(あんな顔も出来るのね)
垣間見える意外性、みれば見るほど引き込まれる。まほろは、集中してその対局を見ていた時……。
「ま、負けました」
突如、相手の部員が頭を下げて降参した。その瞬間、緊張が切れたように部内は賑わう。部員同士で対局の様子を話し出す。
「あー、また負けたー!! ゆい姉強すぎ」
「うん。あの飛車が囮だなんてねぇ」
将棋の事はよく分からない、でも……まほろにはコレだけは分かった。
「あの場面は、こうした方が良かったわ。ほら、コレをこうすれば……ね?」
「わ、ホントだー!!」
「でしょ?」
結音は部員の人気者だ。対局が終わった部員に熱心に指導し、優しく教えてあげる。そして……。
「でも、あの場面での角の使い方は上手だったよ」
「ほんとですか? うれしー」
ちゃんと人を褒める事が出来る。誰にでも出来る事では無いと思う。だから、まほろは凄いと思った。
それに加えて結音は。
「ねぇ、次はわたしー」
「えー、私と対局するんだよ?」
「違う、私だもんっ」
ご覧の通り人気者。結音の取り合いが始まった。ソレを「落ち着いて、順番っ。ね?」と、優しく抑えつつ周りを見だした。その時……。
「え。まほろちゃん? わぁ、昨日ぶり〜」
結音はまほろを見つけ、パタパタと手を振り近づいてきたではないか。その仕草、まるで小動物のようで可愛らしい。
その仕草にキュンと来てしまったまほろは、あの夜の事も相まって緊張してしまい、サッと俯いてしまう。
「そ、そうですね。はい」
「あはは、まほろちゃんってば顔真っ赤。どうしたの?」
そんなまほろの様子にお構い無しに接近してくる結音は、まほろの顔を覗き込んできた。
(その上目使い、可愛い過ぎるわ。狙ってやってるのかしら)
その仕草たるや、可愛さが振り切っていた。思わず此処にきた目的を忘れてしまいそう。まほろは、なんとか落ち着きを保もとうとするが……。
「ん? まほろちゃん、ちょっとコッチきて」
「ふぇ!? 」
「ほらー、おいでってば」
「え、え、え。ちょ、ふわぁぁ……っ」
脈拍無しに結音がまほろの手首を掴んだ瞬間。色々耐えきれなくなり……まほろは硬直してしまった。
目的を忘れてしまっては無いだろうか? まほろは結音に忘れ物を届けることが出来るのだろうか?