第5話
雨酔まほろは、酷く困惑していた。江咲結音に散々弱い姿を見せていたから? それもあるが……。
結音が泊まる部屋にまほろがいる事に困惑している。いまは、部屋の中の寝室にいて、ベッド近くに結音と隣合わせで座っている。
そんな彼女の温もりは、まほろを極度に緊張させる。もしかしたら、心臓の音が聴こえてるかも知れない。
(ど、どうしてこんな事に)
こんな事に理由は至極カンタン。結音が唐突に言い出したのだ。
"まほろさん、こっち来てっ"
半ば強引に結音に立たされ、まほろは言われるがままに従った。あの時は怖くてどうしようもなくて着いていったけど。
(よくよく考えたら、これってダメな事よね。ううん、考えるまでもないわ。ダメなことよ)
雷に怯えて、あろう事か生徒が寝る部屋に入れてもらうと言う事態……。寮母として恥ずかしい。
「あ、あの。江咲さん、私やっぱり……」
出ていくわ、そう言おうとした時だった。
「だいじょぶ。雷は直ぐにどっかいっちゃうから。怖がらなくていいよ」
結音は笑顔で割り込むように話してきた。ソレは分かってる。まほろの言いたい事はそれじゃ無い。
「あ、えと。そうじゃなくって……」
「しっ。明子が起きちゃう」
「ぅ」
あぁ、言いたい事が言えない。でも結音のう通りだ。静かにしないと起きてしまう。もしそうなったら、個の状況がバレてしまうので静かにしないと……。
(結音さん。どうしてそんなに見るの?)
暗闇だけど、僅かに見える結音の顔。優しくまほろを見つめてる。どうしてそんなに見てくるの? 結音は何を思ってまほろを見てるのだろう。
(きっと情けない奴って思ってるんだわ)
あんな恥を晒したのだ、そう思っても不思議ではない。被害妄想気味に考え始めたソレは一気にまほろの心を蝕んでいく。
無意識に、拳を作るまほろ。その瞬間、また空が眩く光った。また雷が来る、そう身体が反応した時。
「だいじょぶ。怖くないよ。私が傍にいるでしょ?」
「え……。ぁっ」
結音は、優しくまほろを抱き寄せた。
ゴロゴロゴロ……ゴゴゴッッ
激しく轟く雷鳴は、またも空気を揺らす。本来は怖いはずなのに、震えるはずなのに。まほろは激しく緊張した。
心が高鳴り、変な汗をかくと同時に、唇が震えて困惑しまくった。あー、あー、あー……。生徒に抱き寄せられてる。
結音の小さな手が、まほろの肩に乗って。優しい吐息がまほろの髪の毛と耳を掠める。
「ん゛……。ふ、ぁ」
「あ、ごめん。くすぐったかった?」
「い、いえ。その……そんな事は、ないです」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。身体が熱くなってきた。きっと顔も紅潮しているだろう。ソレを見られたくなくて、まほろは俯いた。
(えと、これは……その。どういう流れ? 結音さんはどうしてこんな事を……)
脳ミソがフル活動でクルクルとこの何とも言えない状況を解析しようとする。が、こんなもの理解出来る筈がない。
「まほろさん」
「は、はいっ」
と、その時だった。突如話しかけられた、慌ててしまったから裏声になってしまったが、結音は気にせずに、何処か心配した様な顔つきで話してくる。
と思いきや、途端に弾けるような笑顔を見せて、まほろの顔を自身の胸に抱き寄せてきた。
「もっと近づいても良いよ」
「ふぇっ、あ。え、江咲……さ、っ」
「ほら、遠慮しないで。私に任せて」
結音の香りが直にまほろの鼻腔を擽った。大きなパニック。任せるってなにを? 混乱して言葉が出ないまほろを他所に、結音は……。
(えっ、ちょっと待って。わ、私無理やり寝かされて……ッッ)
ずりずりと、身体をずらされて。まほろの頭を膝に乗せた。これはいわゆる……膝枕。
これには、緊張のあまり逆に力が出て、飛び起きようとするまほろであったが。
「雷って私の弟も怖がるの。でもね? こうすると落ち着くんだー。不思議だよね」
「へ、ぁ……」
ひたりと、まほろのおデコに手を乗せられ。力が抜けた……。触れられた瞬間、ビビビッと甘い刺激が訪れたから。
「って、ちょっぴり馴れ馴れしいかな。だったらごめんなさい。なんか、放っておけなくて」
「そ、ぁ、ぅ……」
どうしよう、上手く喋れない。さっきからモジモジしっぱなしのまほろ、口をモゴモゴさせ、言いたい言葉が言えない。
結音のコレは無意識でやっているのだろうか? 知らない内にまほろの心を強く揺らしているのに気付いて欲しい。
(う、うそ……。わ、私。私……)
至極チープな表現ではあるが。トクンッ、トクンッと心が揺れ動き、心と身体が癒される。これは、もしかしなくても。
(あ、甘やかされてる? い、いえ違うわ。こ、これは……)
まほろが強く求めていたモノとは少し違うが、似たようなモノ。お世話されていると言う状況なのでは!?
「……あ、そうだ。まほろさんの事、まほろちゃんって呼んで良い? 突然だし、寮母さん相手に失礼かな?」
こんなもの、自分で良く分からないが。まほろの心は大きく喜んでいる。謎の高揚感、スーッと欲求が満たされていく感じ、こんなの初めての経験だ。
「ぇ、えと。か、構わな、いです、よ」
だからだろうか、慣れない経験をした為、赤面顔を晒し、もの凄く間を開けた上に歯切れ悪く答えてしまった。
「ほんとっ、嬉しい。じゃぁ、私の事はゆい姉って呼んでね」
「あ、えと、そっ、それは」
寮母としての立場上出来ない。そう伝えようとした時だ。ちょっぴり悲しそうな顔をし、結音がポツリと呟いた。
「だめ、なの?」
「ッッ!? だ、ダメじゃないです」
ダメだ、断れない。あんな涙ぐむ顔を見られたら断れないし、この状況が思考力を可笑しくさせてるんだ。
(あー、あー。いけないわ、こんな、こんな……ッッ)
今すぐにでも起き上がらないと、でも身体ぎ起きるのを拒否してる。もっと結音に触れたいとワガママを言ってるんだ。
「じゃ、まほろちゃん。暫くこうしてようね。雷は直ぐどっか行っちゃうから」
「う、ぁ。え、江咲さ……あぅ」
まほろの顔は益々赤くなるばかり、まるで子供をあやす様に頭を撫でてくる結音に対して、流石に恥ずかしくなり、話し掛けようとしたが。軽くデコピンされてしまった。
ちょっぴり痛い、咄嗟におデコを手で押さえると。
「江咲さんじゃなくて、ゆい姉でしょ」
結音はムッとした様に言ってきた。あー、あー、そうだった。そう呼ぶと言っていた……けど、本当に言わないとダメなのだろうか?
で、でも言わないと、言うって言ったんだから。まほろは謎の理論でそう思い始め、最高潮に恥じらい、膝枕をされたままか細い声で言った。
「ゆっゆい……姉、さん」
「……ッッ!?」
まほろの熱い目線が結音に刺さる。これに結音はドキッとしたのか、動揺して黙ってしまう。なんとも言えない緊張が走る空間になった。
「その、あんまり子供扱いしないでください。こ、こんなでも私。32歳なんですよ?」
「うっ。ご、ごめんなさい……」
「いえ、わかって貰えれば良いんです」
この時、結音の顔は何処か熱っぽくなった。まほろが恥じらって"ゆい姉"と呼んだのが心にグッと刺さったのだ。
「……えと、ゆい姉さん」
「ふ、ふぁっ。な、なに、どしたの?」
そんな結音にまほろが言った。本当は起き上がりたく無いけど、なんとか起き上がったまほろ。その後、衣服を払いながら立ち上がり……。
「お、お陰で落ち着きました。も、もう行きますね」
「へ!? あ、うっ、うん」
多少、強引ながら帰ることにした。もう本当に行かないと、いつまでもココにいる訳にはいかないから。
まほろは、結音に深々と頭を下げてお礼をし、去り際に。
「ゆっ、ゆい姉さんも。もう寝るんですよ? お、おやすみなさい」
そう話した後、まほろは部屋から去っていく。
足早に廊下を歩むまほろ、その間結音の事が頭から離れなかった。
(いけないこと、沢山しちゃった。こ、こんなの寮母として失格だわ)
両手で顔を覆い、あの甘いひと時を思い返す。本当に癒されて気分が良かったあの時間……あと少しあの場にいれば、きっと戻れなくなっていただろう。
でも、これでまほろは知ってしまった。ちょっと状況的には違うものの、甘やかされると言う事を……。
その事実が、深くまほろに刻み込まれた。
更新遅れてすみませんでした。