第3話
時が経ち、寮生と学園生達は寮の大浴場に入っていた。この菊花寮は個々の部屋にシャワーはあるが、お風呂は無い。
その為決められた時間に、決められたグループに別れて入浴する事になる。ソレは、学園生達にも伝え……いま、寮生と共に入浴している所だ。
その間にまほろは、寮母室にこもり仕事をしている。言わば、今日使った備品の数についてだ。それを踏まえて、また補填しないといけない。
コレが終わった後もやる事は山積み。ちょつぴり休憩したいけどそうもいかない。
(休んでるとこなんて見られたら、それこそ嫌な風に思われちゃう)
嫌われたく無いから、しっかりしてる所を見せないと。だから、あらゆる弱さを見せる訳にはいかない。
そう思いつつも、やはり疲れに嘘は付けない。ズキリと目が痛くなり、やっぱりちょっと休もうと座ったまま伸びをして窓の外を見る。
「まだ降ってるわ。もう止んでくれてもいいのに」
聞いたところによると、この天候は明け方まで続くとか……。もう良くなっても良いのに。そんな不満を思いつつ、無意識に窓の傍へと近寄った。
「台風でも来たみたい。明日は晴れるって言ったけど、本当かしら」
降る雨を見てみると、とてもじゃないが信じられない。こんな事は絶対に無いが、永遠に降り続ける気がしてならない。
そんな雨を暫く見つつ、ペタリと窓に手を当てる。
つー……と指で縦になどり、ぼーっと暫く外を見る。とうぜん、全体が水浸し。もう浸水してるのでは? と思うくらい水が溜まっていた。
そんな景色を眺めつつ。まほろは辺りを見渡し小さな声で呟いた。
「だ、誰もいない。ですよね?」
部屋の中には、まほろただ1人。雨と風の音がただ鳴り響くだけ。そんな空間でまほろは……。
「誰かに甘やかされたいわ……」
そこそこ大きな声で叫んだ。それはまほろが密かに秘めた心の声。気弱で繊細だからこそ持つ願望。
まほろの弱さを知っても、嫌に思わず一心に甘やかして欲しい。けれど彼女は知っている。
(そんな人、いる訳ないわよ)
所詮は隠し通して生きるし無い。他人の弱さを認めてくれる人なんて、そうそう居ないし、都合よく現れるはずがない。
でも、でもだ。こうやって、1人の時くらい……本音を吐き出しても良いだろう。
「誰か、弱い私を認めてよ。お願いだから」
心がキリキリ痛み出す。辛い、苦しい……。
今日、まほろを見た人の視線を今になって思い出す。寮の説明をした時、どんな事を思ったか……。
分からないのが余計にまほろを苦しめる。そんな苦悩に襲われながら、唐突にまほろはパシンっと頬をひっぱたいた。
「……仕事、続けましょうか」
その後、何事も無かったかの様にポツリと呟いた。驚くべき切り替えの早さ、本当は苦しい筈なのに、まほろは休みもせずに仕事を再開した。
◇
ところ変わって、心結の様子。
彼女は今、菊花寮の大浴場にいた。入る時は一斉に……ではなくグループを分けて入浴する。
結音はと言うと、友達の明子と同じグループでお風呂に入っていた。今日ばかりは、いつも使っているお気に入りのシャンプーではなく、明子が使うシャンプーとトリートメントで髪を洗った後。いまはボディーソープで身体を洗っている。
「ふはぁぁぁ。あんな大雨降ってても、お風呂は入れて良かったねぇ、ゆい姉」
「うん〜」
大浴場とあってか、多少気分がゆるゆるになり、間延びした声音になりながら話していく。大雨だとしても、お風呂の時は気分が緩くなるものだ。
クシクシと、小さな身体を洗っている時。結音はチラリと周りを見てみる。隣には友達の明子。
逆隣には、寮生の1人。それらを見比べる。特に胸を見比べた……。差が悲しい位に大き過ぎる。もう少しあっても良いのに、そう思いながら自分の胸をペタペタと触った。
(う……っ。ほんとうに同じ人間? 不公平じゃない)
成長期は来ると信じたものの、一向に成長の兆しは来ず現状維持。その癖、お尻の方は大きい。そのせいで面白半分で"安産体型"と言われる事も……。
(安産体型ってどう言う事よ。見てなさい、今からだって、成長してみせるんだから)
あまりに少ない希望にすがりつつ、身体を洗っていく。すると、ふと明子から話しかけて来た。
「ゆい姉、どうだった? まほろさん、とってもキレイだったでしょ?」
「へ? あー、うん。そうねー」
ちょっぴり反応が遅れたけど、しっかり答えた後。改めてまほろの事を思い返す。
確かに明子の言う通り、まほろは美人だ。胸もお尻も大きくて、かつスタイルも良い。
身体中から優しさのオーラが溢れていて、本当にママの様な存在だと思う。
「まほろさんってね、本当に優しいんだぁ」
「うん、私もそれは思ったかも」
初めてあった時、結音は思った。あの人はいつも笑顔を見せて相手も優しい気持ちにさせる人だと。
「あ、もちろん怒る時にはしっかり怒るんだけど。なにをしても完璧でね、憧れちゃうの」
「へぇ、スゴい人なのね」
「うんっ。たぶん、弱いところなんて無いんじゃないかなぁ」
「ふーん」
まだ、会ったばかりでどうとも言えないが。結音は、分かる気がした。だって、喋り方も雰囲気もそうだったから。
結音は、身体についた泡を流し。浴槽へと向かう。同じタイミングで明子も向かった。
「ふっはぁぁ……。生き返るぅぅ」
「あはは、明子ちゃんオジサンみたい」
「なにおー」
蕩けきった顔をする明子を見て、結音はクスリと笑った。でも、気持ちは分からなくもない。お風呂は気持ちいい。
加えて言うのなら、こんな大きなお風呂なら尚更だ。
結音だって、隠れる様に「はふぅ……」と気持ちよさそうに息を吐いていた。
肩までしっかり浸かりつつ、結音はふとまほろの事を思い返す。
(弱い所がないかぁ。ほんとうかな)
少なくとも人には必ず弱い部分がある。まほろにだって、ソレはある筈。けれど、何故か明子の言葉は本当の事のように聞こえる。
(私だって弱いところ、あるのに)
それに、まほろを見てみると。結音の心の中が揺れ動く。なんと言うか、見ていて放っておけない感じ? とにかくお世話したくなってくる。
(うぅぅぅ、恥ずかしいなぁ。会ったばかりの人に対して何思ってるのよ)
加えて言えば歳も離れてる。そんな人相手にお世話したい? 逆にお世話をされそうだ。
けど、どうしてだろう。結音じしん恥じた考えなのに、中々拭えない。
ちょぽんっと、肩まで浴場に浸かり。まほろの事を思い浮かべる。……どうした訳か、ちょっぴり顔が紅潮してしまった。
(の、逆上せたのかな)
まだ浴槽に入ったばかりなのにソレは無いか……。そう思いつつも、結音は暫くまほろの事が頭から何故か離れない。
「ゆい姉、もう逆上せちゃったの。顔真っ赤だよ、大丈夫?」
「へ、あ、うんっ。だいじょぶだいじょぶ。逆上せてないよ」
可笑しいな、と思いつつ。明子の心配を受け……結音は身体が温まるまで心の中からでてくる良く分からない気持ちに晒されたまま、入浴を続けた。