第2話
「はーい。学園生徒の人は皆集まってますかー?」
まほろは、菊花寮の食堂で寮生と帰れなくなった学園生全員を集め、緊急のお知らせをしていた。
「今日は、悪天候のせいで学園生が一日だけ泊まる事になりました。泊まる部屋は、この紙に書いているので各自で確認して下さいね」
極力、不安を煽らないように。笑顔を見せ、優しく伝える。その柔らかな対応によって、不安でいっぱいだった生徒達の表情は心なしかほぐれていった。
でも、皆の前で話すまほろの心境としては凄まじい緊張感に襲われている。が、まほろは決してそんな様子を見せたりしない。
「それと、寮生の皆は学園生にここの事を教えてあげてください。仲良くもするんでるよー」
何のことは無い、自分の使命をキチンと果たせばいい。
けれど、本当は緊張のあまり膝を落として震えたい。皆がまほろを見ている。いま、なにを思ってまほろを見ているのだろう?
(こんな時なのに、嫌だわ。確信の無いことばかり思っちゃう)
嫌な事を思われていたらどうしよう。話し方、対応が実はダメで"トロい女"や"嫌な女"のか思われていたら? と思うと心が痛い。
(実際に言われた訳じゃないのに。こんな事を考えるのって可笑しいわ)
ここまで嫌な事を思う自分が嫌になる。そんな考えを飲み込んで、まほろは優しく伝えていくと。
ある生徒と目が合った。学園生の1人。背が小さくて、逆に目立つ可愛い生徒。あの娘は……。
(今朝シーツを届けに来てくれた娘だわ。名前は)
まほろは、学園生徒が寮に泊まると決まった時。学校側からこの寮に泊まる生徒の名簿と顔写真を渡された。
その時、顔と名前を記憶する中でヤケに印象的だった。小さな身長、あの雰囲気……まほろの心の中で何かが引っ掛かる。
そんなあの娘の名前は。
(たしか、江咲 結音さん……だったわよね)
なんという偶然だろう。今朝方あった人と出会える事になるとは。そんな奇跡じみた出会いを実感しつつ。伝える事を伝えていく。その時、結音の方もまほろを見て。
"明子が言うには、あの人はまほろさん。こんな事あるのね。今朝あった人とまた会えるなんて"
と、似たような事を思っていた。
「はい。それじゃぁ各自、鞄を今日泊まる部屋に置いて布団を持って行きましょう。重いから気を付けて下さいね」
パンっと手を叩き生徒達に指示。生徒達はその通りに動いた。布団と言うのは、寮側が不測の事態を想定し置いている布団の事。
全室個室の菊花寮だが、今日に限り学園生と一緒に寝る事に。
移動中、寮に泊まる友達と話せるかもと浮き足立つ生徒も少なくは無い。結音だってその内の1人。
まほろは、そんな生徒達を叱らない。
(不安な時だものね。なんでも良いから楽しい気分になって欲しいから、叱ったりなんて今は出来ないわ)
でも、度が過ぎる場合は叱らないと、と自分に言い聞かせ。暫くその様子を眺め、食堂にいる職員に指示を出していく。
これからまた忙しくなる。正直ちょっぴり休憩したいけど、夜遅くまでまほろの仕事は終わらない。
(さぁ、頑張りますよっ)
凄まじい雨が窓を打ち付ける音をBGMに、まほろは食堂から出て行った。