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春嵐の夜にそっと手を 繊細な心に温もりを  作者: わいず
2人のプロローグ
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江咲(えざき)結音(ゆいね)のプロローグ

 良く晴れた日は、意味は無いけど心地良い気分になれる。少なくとも私立星花女子学園に通う女子生徒、江咲(えざき) 結音(ゆいね)は思った。


 彼女は高等部3年6組服飾科。幼い容姿だが立派な高校生である。


「おはよー、昨日は良く眠れたー?」

「あ、おはよー結音ちゃん。眠れたよー」


 ツインテおさげを揺らし、友達に挨拶をした後。自転車を手で押して友達と話しながら元気に登校。

 今日も結音は、元気いっぱい。いつもの様な楽しい一日が待っているだろう。


 と、言いたい所だが。結音には先程、いつもとは違うことが起きていた。学園内に入って自転車を漕いでいたら、前に洗濯物が舞落ちてきたのだ。


 きっと何処かの寮から飛んできたのだろうと察した結音は届け行ってきた。


(あの人キレーだったなぁ。名前、なんて言うんだろ。寮に泊まってる友達に名前、聞いてみよっかな)


 その時出会った女の人。たぶん寮で働く人なんだろうけど。キレイで優しそうだったと思った。

 それとなく、寮に泊まってる子に聞いてみよう。そう思った結音は駐輪場へ急いだ。


「あ、ゆい姉ー。おはよー」

「おはよー。元気そうだね」


 すると、背後から声を掛けられた。結音の友達の1人だ。ニコニコ顔を見せながら、その娘は髪を手で撫でながらペコリと頭を下げてきた。


「昨日はありがとう。おかげで助かったよ」

「えへへ。どういたしまして」


 どうやら、結音に助けられた人だ。彼女はお節介で世話好きな性格も相まって、何かと人の世話を焼きたがる。故に皆からの信頼が熱く感謝されることも多い。


「また困ったらいつでも頼んでよね。直ぐに駆けつけるんだから」

「うん。ありがとね明子(めいこ)ちゃん」


 えへへ、と笑い合う結音と女の子。その女の子の名前は倉素(くらす) 明子(めいこ)、結音の友人であり、同じクラスメイトだ。


 因みに結音は、誰にでも優しく接し下の名前でちゃん付でも呼ぶ。一方で皆からは幼い容姿に似合わない世話焼きなお姉ちゃんと言う事で、親しみを込めて"ゆい姉"と呼ばれている。


「あ。明子ちゃん、私ね。超面白いお笑い芸人のギャグを知ったの」

「へぇ、どんなの?」

「えと。最近の芸人さんのだよ。いま、やったげるね」


 そんな話はさておき。結音は突然楽しそうにお笑い芸人の話をした。それに興味津々に答える明子。

 すると、結音はふふんと得意げに鼻を鳴らしその芸を披露する。


「てん、てんててって、はいうっかりさんっ!! どう面白いでしょ? 爆笑ものでしょ?」

「え? ぁ、えと……」


 が、しかし。その芸というのは……あまりにもクオリティが低かった。と言うか、ちょっと間違っているし、最新では無いし面白くも無い。

 当然明子の反応は微妙。


「……あれ? うっかりさんじゃなくて、ひょっとこさんだっけ?」


 しかも、うろ覚えだと言う残念さ。明子は苦笑いをし、残念な娘を見るような目をして教えてあげた。


「ゆい姉。うろ覚えでするんなら、やんない方がいいと思うよ。つまらないから」

「つ、つまらっ!! な、なんでよー。面白かったでしょ?」

「ぜんぜん」

「エェェェッッ、うそー!!」


 なぜ、そこで驚いてしまうのか。よくよく考えれば分かる物だろうに……。

 と言うのも、結音はかなり流行に疎く。数年前のモノでも得意げに披露する。極めつけは知ったかぶりをすると言う困ったさん。

 そう言うノリから、お姉ちゃんというより、オカンと言われることがしばしばある。


「そういう所、ゆい姉はオカンって感じだよね」

「ち、違うもん。っめ、オカンって言うなー!!」


 今も明子に言われてしまった。ムキーと可愛く言い返し、はいはいと頭を撫でられる結音。そんな賑やかさを保ちつつ歩いていく。


 と。そんなやり取りの中ふと結音は思い立った。

 そう言えば明子は菊花寮の寮生だ。だったら、もしかしたら知っているかも知れない。


(丁度良いかも。あの人の事、聞いてみよっと)


 そう思って結音は早速さっきの事を聞いてみた。


「ね、ねぇ明子。聞きたいことがあるんだけど……」


これが、菊花寮の寮母さん。雨酔まほろの事を知り……これから深く知り合う切っ掛けとなるのであった。






 さて、ちょっとした騒動から数分後。まほろは一旦寮母室に戻っていた。コレからするべき事をまとめる為、思考しつつ。一旦椅子に座る……その途端。


「うぅぅ。あの娘、あぁ言っていたけど。影でトロいとか言ってたらどうしましょう」


 嘆くようにまほろは机に突っ伏し、低い声で呟いた。なにやら、ネガティブな事を口走り、涙目で呟き続ける。

 先程の優しい笑顔は何処へやら、心がキリキリ痛むのか胸を抑えて苦しそうな表情をしていた。


「感謝はしていたけど。もっと早く対処しろだとか思ってたりしてないかしら。結局あの生徒に助けられたから、きっとそう思ってるわよね」


 なんというか、被害妄想をしていた。誰もそんな事を言ってもいないし、そう思う事なんて微塵も無いのに、まほろはそんな考えが止まらなかった。


「いや、違うわ。そんな筈ないっ。でも本当にそうだったら? う、うぅぅぅ……嫌だわ、嫌われたら嫌だわぁ」


 どよーん……と言う擬音が出てきそうな位、今のまほろは暗い。あの明るさは何処へ?


(こんなに悩むのは私が弱いから……。なんで? どうして悩んじゃうの? 人が人に向ける感情の真意なんて気にしても仕方ないのに)


 と言うのも、まほろの本当の姿。笑顔が素敵な優しい寮母さんは。とても繊細な心を持った、他人の視線と向けてくる感情に過敏な女性なのだ。


 さっき起きた出来事。女職員に言われた言葉、思われたであろう事を深読みし過ぎて自己嫌悪に至る……。少々面倒であり、気弱。


 別に親から、常に完璧を求められている訳では無い。これはまほろ自身が勝手に思っているだけの事。

 まほろにとって、嫌われる事は怪我を負うことと同じでとても辛い……。故に、完璧さを周りに見せるような態度を取っている。


 実際のところ、まほろは皆に優しいママの様な存在と思われている。決してまほろが思う様な"嫌われてる"事は決して無い。

 だが、それでも思ってしまうのだ……それが、まほろと言う女性の性格だから。



 そんなまほろは、最も欲しているモノがある。


(こんな時、誰かに甘やかされたいわ)


 そう、甘やかされる事。やはりこんな生き方をしていれば辛さも出てくる。願う事なら自分のことを悪く思わない人に、癒され甘やかされたい……と、まほろは度々思う。


「……いけない。そろそろ仕事に戻らないと」


 自己嫌悪はそこそこに、仕事に戻ろうと席を立つ。今日も今日とて忙しい。ずっと暗い気持ちでいる訳にはいかない。

 と、その時だ。ふと窓を見てみると……。


「あんなに晴れていたのに」


 黒い雲が空いっぱいに広がっていた。心なしか強い風も吹いていて、窓をカタカタと言わせている。

 いまは曇っているだけだが、ひと雨……いや、土砂降りが起きそうな悪天候。快晴だと思っていたのに、いつからこんなに天気が変わったのだろう。

 まほろは、暫く考え込んだ後、行動に移す。


(一応、万が一を考えておこうかしら……)


 パタパタと慌ただしく早足で寮母室を出ていった。

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