2章7話
なにか不味い事をしたって訳では無いのに。気まずさが強い。
だが、先程起きていたお箸が一膳しかない問題は呆気なく終わっていた。普通にまほろが「わ、私。職員室に行って貰ってきます」といってお箸を貰い、事なきを得た。
得たけれど。気まずさはまだ残っていた。そりゃそうだ、慣れない事をしたから、早々元の雰囲気には戻れない。
「あ、あー……。流石ですよ、ゆい姉さん。この唐揚げ、美味しいです」
「ほ、ほんと。よかった、うれしいなー」
まほろと結音は、間接キスの事に触れないように。2人はギクシャクと会話しながらお弁当を食べていく。
えへへ、あははとぎこちなく笑ったり、会釈したりする。
(あぁぁ。可笑しいわ、癒されていたつもりなのにっ。か、間接キスから可笑しくなっちゃったわ)
その事は結音も思っている事だろう。
しかし、少なくともこの雰囲気は……決して嫌なものでは無い。むしろ良いとさえ、まほろは思っている。
(どうしましょう、このまま黙って食べているべきかしら。でも、それは嫌だわ。だって余計に気まずくなるもの)
恥ずかしさで、背中を丸めゆっくり食べる結音をみつつ。改めてまほろは思った。
あの言葉が何度も、まほろの脳内で再生される。"まほろちゃんの為に作った"だなんて言われて嬉しくない訳が無い。
ついつい変な意味に捉えてしまいそうになった所に、あの間接キス。
兎にも角にも、その要因のせいで、こんな空気になっている。なんとか打開したい、だが、それを打開できる術を2人はもっていなかった。
だから、これ以上気まずくならない為に、何気ない話をする事にした。コレは何でもいい、結音は学生なのだから、午後の授業の事を聞いてみると良いかもしれない。
「えーと。ゆい姉さんは午後からはなんの授業を受けるんですか?」
「へ? あぁ、数学だよ」
「そ、そうですかー。数学ですかぁ」
……。結音が話を終えた数秒後、早くも会話が途絶えてしまう。どうしよう、全くもって会話が弾まない。会話ってこんなに難しいモノだっただろうか?
兎に角、話をしないと。焦るまほろは、急にピンッとある事を思い出した。そう言えば、まだお礼を言ってなかった。
「あの、遅れてしまいましたが。お弁当を作ってくれてありがとうございます」
本当に遅いけど、まほろは伝えた。その刹那、結音は急激に顔を赤らめ、動きが止まった。
「あ、や。う……うん。どういたしまして」
その後。結音は恥ずかしさのせいか、視線をそらしてしまう。その仕草は大人になろうと無理をしている子供みたいでとても可愛く見える。
(か、可愛すぎるわ。ゆい姉さん)
こんな可愛い娘に癒され甘やかされていた。いけない気持ちなんだろうが、まほろの中でゾクゾクと気持ちが疼いしまう。
今になって、甘えたくなってきた。でもいけない。だって食事中だもの……。
(どうしましょう。それでも気持ちが抑えられないわ)
もっと甘えたい。この瞬間でも、甘やかしてもらいたい。深く、たっぷりと甘い言葉を言って欲しい。
……それと、出来ることなら。
(あと、さっきみたいに無理矢理のあーんじゃなくって、その……あの、自然な感じにしてもらいたいって思っちゃった)
何だかんだで、あーんもスゴく良かった。いま思った事を口にするのは、まほろには恥ずかし過ぎて言えないが。
やられたい気持ちは、仕草で伝わるかも知れない。これなら、多少恥ずかしいけれど、伝える事が出来る。
故にまほろは、チラチラと結音を見つめてアピールした。
「まほろちゃん。おーい、まほろちゃーん」
「わ、ひゃっ!?」
「どうしたのまほろちゃん? 急にぼーっとして」
すると、結音に名を呼ばれた。ぼぉーっとしていたつもりじゃ無いのに。上手く伝わらなかった……。
「なっ、何もないですよ」
「ふーん。変なのー」
しょんぼりしつつ、まほろは誤魔化すように笑って、食べ進める。同時に素直に言葉にできない自分が憎らしく思った。言えれば楽なのに。
(はぁ……。私のヘタレ)
そんな悲しさが残るものの、さっきの気まずさが徐々に抜け、少しずつ会話が出来てきた。
また、楽しい雰囲気になりつつ……2人は暫く昼食の時を楽しんだのであった。




