2章6話
「わぁ、スゴい……。これをゆい姉さんが作ったの?」
結音は重箱の蓋をあけた。中身の2段目は主にオカズ。一段目は恐らくご飯なのだが。
まほろは、オカズの段を見て驚いてしまった。
「う、うん。早起きして作ったんだけど。そのぉ……色々とドジっちゃって。あ、あはは」
キッチリと詰められたオカズの数々。立派に見えたのも束の間。少し焦げてしまった卵焼き。タコさんウインナーにしようとして失敗したバラバラになったウインナー。
その他、まんべんなく小さな失敗が起きてしまったオカズの数々。
でも、全てのオカズが失敗している訳ではない。ポテトサラダや、揚げ物はキチンと作られている。というか、この品数を朝早く起きて作ったのだろうか?
「いえいえ。立派なものですよ。凄いじゃないですか」
「そ、そうかなー。そう言って貰えると嬉しいなぁ」
「そうですよっ。ちゃんと誇って下さいね」
「えへへ。でも、殆ど昨夜の作り置きだけどね」
あぁ、やはり。作り置きの物もあった。いや、それでも凄い。学生でコレだけ出来るのは誇ってもいいと思う。
感心するまほろに、照れ臭く笑う結音は、パンッと手を叩き箸を取り出した。
「さ、食べよー。お腹すいちゃったし」
「えぇ。そうですね」
弾ける笑顔で結音がそう言うと、まほろは静かに頷き答えた。と、その時だった。
「あ゛ッッ」
突然、結音の表情が曇り硬直した。
「ど、どうしたんですか!?」
慌てて聞き返すと。結音は苦笑いをし、しかも冷や汗をタラタラとかきながら申し訳無さそうに言った。
「ごめん、まほろちゃん。取り分けるお皿と、お箸……もう一膳入れるの忘れちゃった」
ここに来て、まさかのドジ。結音らしさが光る。てっきり大変な事を言われるかと思ったまほろは、ちょっとした結音のドジに……。
「ふふ。なんだ、そんな事ですか」
「そ、そんな事ってなによー!! 大変な事じゃない!!」
微笑んだ。途端に恥ずかしくなった結音、ブンブン両腕を振りながら可愛く喚いた。
「大丈夫ですよ。お皿はゆい姉さんが使って下さい」
まほろは優しく笑って、ぽむっと軽く結音の頭に手を置いた。その刹那、大きな安らぎが結音に伝わる。
まほろもまほろで、自覚はしていないが人を癒す力がある。ついホッコリしてしまった結音は心に抱えた"まだ知らない気持ち"が大きくなるのを感じた。
「で、でもお箸の問題は……。うー、あー、もー!!」
それが、余計に結音をちょっぴり可笑しくさせた。ドジな姿をみせて恥ずかしい。知らない気持ちに踊らされて恥ずかしい!!
だからなのか、結音は突拍子も無いことを言った。
「ち、違うもんっ。こ、これはその!! 本当はまほろちゃんの為に作ったものだから!! だからその……。私の事は気にしなくて良いのー!!」
「え……。わ、私の為?」
「あ゛……や、ちが。その……えと、今のは言葉のアヤ、じゃないけど。あの、う゛ー」
まさかの自爆。本心を自らの口で言ってしまった。シューシューと頭から湯気が出そうなくらい恥じらった結音。
まほろはそんな結音を見て、ちょっぴり慌てた。どうすれば良い? と言うか、私の為に作ってくれたの? と嬉しくて堪らなくなる。
そんな気持ちに駆られた時だ。結音がいきなり箸を握り。恥じらいで涙ぐんだ顔をしながら卵焼きを挟み、まほろの口元に近づけた。
「と、とりあえず食べて!! 頑張って作ったんだから……その。まほろちゃんにちゃんと味わって欲しいの」
「え、あ。ゆい姉さん? う、嬉しいわ。でも、箸で渡されるのは……むぐっ」
「良いから食べてよー」
もうテンパリ過ぎて結音は何をしているか分かっていないと思う。目まぐるしく目ん玉をクルクルさせて、まほろが喋ってる途中なのに強引に口に捩じ込んだ。
「んっ。んむ……んんっ」
そんな強引なら、あーんっと食べさせられる事に近い事をされて、急激に恥じらってしまったまほろ。
卵焼きの味なんてロクに感じられない。でも、それはほんの僅か間だけ。少し焦げていて苦かったものの。後からしっかりと美味しい卵焼きの味わいを楽しめた。
「ど、どう。まほろちゃん。美味し?」
「……ッッ。は、はいっ。とても美味しいです、よ」
噛みまくりながら感想を伝えたまほろ。今しがた食べさせて貰った結音を見れないくらいに顔が火照ってしまった。
(は、恥ずかしいわ。恥ずかしいわぁぁぁっっ)
慌てて、顔を隠すように両手で覆うと。ポソリと結音の呟きが聞こえる。
「そ、そう。良かったぁ」
心からの安堵の言葉。この時、チラリと視界の端で見えた結音の表情は、まほろにとって忘れられないモノになる。
一生懸命つくったものを食べてもらった喜び。緊張もあったのだろう、それから解き放たれた爽やかでキレイな表情をしていた。
「じゃ、じゃぁ。どんどん食べてっ。これなんかどう? コレは失敗しないで出来たの」
「い、いえ。せっかく作ったんですからゆい姉さんも食べてくださいよ」
「私は良いの。後で余ったの食べるから」
「良くありませんっ。キチンと食べないと午後から頑張れませんよ?」
「う゛……はーい」
そんな表情から、また緊張した顔になって食べるように言ってきたけれど。結音はまほろに言われるがままに、自分でも食べ始める。
直後に、まほろも結音もある事に気がついてしまう。
((こ、これって。間接キスじゃ……ッッ!?))
途端になんとも言えない空気が流れてしまった。そんな意図は互いに無かった。起きてしまった事態に食事どころじゃ無くなってしまう。
(どうしましょう。でも、ゆい姉さんはこの事に気付いて無いのなら、わざわざ騒がなくても良いわよね……?)
思考がなんとか誤魔化す方向で進み結音の方を見てみると……。
(う゛ッッ)
分かりやすい位、結音も慌てまくっていた。どうしようどうしようと、2人しかいないの辺りを見渡して動揺しまくる姿を見せまくる。
やがて、ソレを見られている事に気付いた結音はハッ、として。今さら気付いていない素振りを見せた。
(ゆい姉さん。全く誤魔化せていないわよ)
本当にどうしようも無い雰囲気になってしまった。とにかく何とかしないと、互いに思い……今度は二人同時に……。
「あ、あの。とりあえず、食べましょうか」
「え、えと。とりあえず、食べよっ」
誤魔化す様に、言った。そして再び、慌てる事になるだろう。箸は一つだけ……一体どうしたら良いのか、と言う事に。
混乱と羞恥心にまみれたお昼ご飯タイムは、もう暫く続く……。




