2章5話
あれから数日後の事……。
「あ、まほろちゃーん。遅いよ、待ちくたびれちゃった」
「ごめんなさい。中々抜け出せなくって……。その、怒ってますか?」
まほろは確かに決めたのだ。あの日の1度だけ、もう関わらないと。だがやはり……まほろは結音の癒しの力に為す術もなく癒され……現在お昼の休憩時間、空き教室で会っている。
切っ掛けは、結音が作っていた。
"また辛くなったら言って。たっぷり癒してあげる"
でも結音は、あの日から菊花寮にやってきて、まほろに会いに来る。会いに来てはお話をして。今こうやって、お昼時間にこっそり出会い、話をし……まほろを癒す関係を築いていた。
こっそり出会うのは、まほろの事を気遣っているから。結音はもう知っている。まほろが人一倍他人にどう思われるかを気にする人だって。
だから誰も来ない空き教室で。尚且つ二人きり出会う。これなら邪魔が入らない、2人だけの空間……。充分にまほろを癒す事が出来てしまう。
「んーん。怒ってないよ。まほろちゃんは、気にし過ぎさんだね。ほら、おいで。また撫でてあげる」
「あ、ふ……ぅ」
ちょこんと座っているまほろに微笑んで、結音はわしわしと頭を撫でてあげた。瞬時にうっとりと目を細め、まほろは小さな声を出す。
なんだかんだ色々と思っても、心地が良い。まだ少し、ほんの一粒程度の抵抗はあるけれど。抵抗なく甘やかされている。
「まほろちゃんってば、撫でられるの好きなんだね。すっごく気持ちよさそうにしてる」
「あっ、あまり言わないで下さい。恥ずかしいですよ?」
きっと、何度こういう事を続けていれば。抵抗心なんて消えてなくなってしまうのだろう。まほろは思いながら、恥じらいで目を伏せた。
こうやって撫でられるのは良い。たったそれだけで癒されてしまうから。これに加えて……。
「うん。じゃぁ、言わない様にするよ。あっ、そう言えばまほろちゃんは、午前は頑張ってお仕事したの?」
「え、あ、はい。今日もたくさんお仕事しました」
「そっか。えらいねぇ、いい子いい子」
こんな風に褒められれば何も言えないほど嬉しくなる。でも……ちょっぴり子供扱いっぽさを感じるのは思うところ。
でも……。
(い、良いのよ。この瞬間だけだから。何も問題は無いはず)
散々、生徒と関係を持ったら、関わったらと考えていたのに。いまはこう……。すっかり結音の癒しに夢中。
「午後からも頑張ってね。私も頑張るから」
「は、はい……」
しかし、これではどちらが大人か分からない。背も高くスタイルの良いまほろが子供みたいだ。
いつもの様に、さわさわと優しく頭を撫でられて、目を細めていると……ふと、結音が手を止めた。
「えへ。寮母さんに言う言葉じゃないかな? なんだか子供に言ってるみたい」
「あ、う」
それはまほろも、今思っていた。思っていたけれど、今はそれよりも。
(撫でるの、やめて欲しくないわ。ゆい姉さん、もっとして?)
もっと、もっと撫でて欲しい。
ちょっぴり強く、髪の毛を掻き分けて身体が火照るような気持ちのいい撫で撫でをして欲しい……。
まほろは目で訴えるけど、流石に伝わらない。だからちょっぴり寂しくなった。
けど仕方ないか。だって撫で続けるのは疲れちゃうから。
「まほろちゃんってば、無口になってるよー。どうして?」
「あ、や。だって、それは。恥ずかしいからよ」
「えへへ。やっぱりそうなんだ。そんなまほろちゃんも可愛いなー、うりうり」
と思った矢先。からかい気味に結音は優しくまほろのほっぺを指で突っついてくる。プスプス刺さって若干痛い。でもくすぐったさの方が勝っている。
「や、やめなさいっ。流石に大人をからかい過ぎよっ」
「ッッ。ご、ごめんなさい」
流石にちょっぴり叱った。癒され、甘やかされてるとはいえ。そう言う部分は大切だと思ったから。でも……こんな風に叱っても、また直ぐにまほろは求めてしまう。
「う、あ。わかって貰えたらいいのよ。その、でも……あ、頭を撫でたりするのは、別に構わないのよ?」
それは、あまりにも直接的なおねだりであった。艶っぽい視線で結音をみつめ、はなった瞬間。結音の頬はポンッと紅潮し、ほんの少しうなづいて、まほろの頭に手を伸ばす。
「まほろちゃん。まだ甘え足りないの?」
「……」
再び、まほろは黙ってしまった。
また、結音の手がまほろの頭に触れた。殆ど頭を撫で撫で、膝枕で癒しや甘やかして貰っているけど。
まほろにはコレで充分に思えた。これが良い、過度に触れ合わず、身体の一部だけを触れ合って、優しい言葉を掛けられる……これが至福なのだ。
(ゆい姉さん、もっと私に優しい言葉をかけて……。甘い言葉が欲しくて堪らないの)
その代わりに。色んなことを頑張るから。甘えてばかりいないから。甘くて蕩けるような事を言って? 私を褒めて、癒してよ……はやく、はやくはやく。
「もぅ。すっごく甘えん坊さんね。でも、まほろちゃんのそう言うとこ、良いと思うよ」
「あ、ありがとう。ゆい姉さん、嬉しいわ」
「頑張り屋さんで、キレイで優しい皆に人気の寮母さん。でも、気弱……ふふふ、知ってるのって私だけかな? だから、私だけが甘やかせるのかも」
撫でる手つきが、掛けられている言葉も本当に気持ちいい。気が付けばまほろは結音に寄り添いそうになる。
結音もだ。こうやってまほろを甘やかしていると。やはり心に抱いた気持ちが膨らんでくる。これはなに? なんなのかまだ答えは分からない。
「良い子良い子。まほろちゃんは良い子だよー。だから、暗くならなくて良いんだよ? ほら、癒されてぇ」
「は、い……」
それは今は良い。結音は真摯に、まっすぐにまほろを癒すだけ。これが結音にとっても心地が良いのだから。
「気にしない気にしない。まほろちゃんは出来る子だよ。だから変なこと考えないの」
「ありがとう、ございます。ゆい姉……さん」
「うふふっ。どういたしまして」
とっても良い。癒しすぎて眠ってしまう。と言うか、気を緩めば寝る。この後、仕事があるので眠る訳にはいかないまほろは、少々困ってしまった。
(ゆい姉さん、優しいからこういう風に癒せるんだわ。本当にスゴい娘……)
うっとりしながら、心地よくしみじみ思っていると。
「あ゛ッッ!?」
結音が突如大声を出し、思い出したかの様に話した。
「私たち、まだお昼食べてない!!」
「え、ぁ。たっ、たしかにそうですね」
言われてみれば忘れていた。ちょっとしたドジに互いに恥じらいつつ、食べようとするけど。まほろはここに、お弁当を持ってきていない。結音と此処で会うのが楽しみすぎて忘れてしまったのだ。
(ど、どうしましょう。本当は嫌だけど取りに帰らないと)
まほろは、嫌すぎて重たくなった腰を上げようとした、その時。
「まって、まほろちゃんっ」
呼び止められた。しかも、結音はニヨニヨと意味深に笑っている。
よく見れば両手に、無地の白の風呂敷に包まれた重箱の様な何かを抱えている。
(そう言えば、ゆい姉さん。ここに来る時、ソレを持っていたわね)
なんだろう? とは思っていたが。この瞬間、あの風呂敷の中身の正体がなんとかなく察した。
「これ、お弁当作ったの。でも、作り過ぎちゃって……。えと、良かったら食べてくれない? と言うか、一緒にたべよっ」
やっぱりそうだ。これはお弁当だった。しかも、作り過ぎたにしては明らかに二人分を作った感じのお弁当。
ハッキリと口にはしてないが、結音はまほろと一緒にお弁当を食べたかったのだ。
「い、良いんですか?」
「う、うん」
小っ恥ずかしい雰囲気が流れつつ、まほろは言った。存分に、いや……まだ甘え切れていないけれど。一旦2人のお弁当タイムが始まる。
結音は、まほろの返事に微笑んで。床にお弁当を置き、風呂敷を解くとやはり重箱が出てきて、その蓋をあけた。
さぁ、二人きりのお弁当タイムが今始まる……。




