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2章2話

「ねぇねぇ。今日のまほろさん、いつも明るいのに、なんか雰囲気暗くない?」

「う、うん。そうだね。もしかしてなにかあったのかな? ちょっと心配かも」

「ねー」


 こんなに暗い気持ちになったのは初めてだ。重い足取りで仕事をこなすまほろは本当に暗い雰囲気を発し、職員達を心配させていた。


(どうればいいの? なにをすれば正解なの……。分からないわ)


 周りを凄く気にするまほろは、今まさに周りに色々と思われているのだが。気にする様子は無い。否、気づいていないのだ。

 人は、それほど他人が向ける視線や想いに気付けない。まほろも例外はないのだ。


 思い悩んでいることは、言わずもがな結音の事。彼女の存在が全てを狂わせている。


(もしも、同じ年齢だったとして。ゆい姉さんは私を甘やかしてくれたかしら)


 普段はしないのに仮想妄想をしてしまう。少し病的……と言うのだろうか? まほろは少々病み始めていた。

 身体が早急に甘えることを求め、心から語りかけている。


(他の人ならこんなに悩むことなんて、き無いんだわ。普通なら割り切れる筈よ。なのに私だけは違う。だって、弱いから)


 それが出来なくて、遂には自己嫌悪に浸ってしまう。こうなると、まほろはトコトン暗くなる。肩を落としてウジウジと考え込み深みに落ちていく……。


 でも、暫くすると。周りにそんな姿を見せたく無いから平静を保つのだが。それも長くは続かない。直ぐに暗くなる。

 もうすぐ、学生達の部活動が終わり帰ってくる時間。笑顔でむかえる為に立ち直らなくてはいけないのだが、無理そうだ。


(心がザワついてる。ダメよ、こんな気持ちじゃ皆の前に立てないわ)


 笑顔になれ、笑顔に。いつもなら、暗い気持ちでも誤魔化して立てていたのに。今は誤魔化すことさえも出来ない。


 本当に心が痛い。今すぐに誰かに優しくされたい。誰か……いや、誰かだなんて今更言えない。まほろの中では癒して貰いたい人は決まっている。


(ゆい姉……さん。貴女に癒して貰いたい)


 顔を伏せ、言葉に出そうなのを堪え。切なく思った。望んじゃいけないのに、叶うはずも無いのに。望みだけが膨らんでいく。

 こんなの辛すぎる、心臓がキリキリと悲鳴をあげる、辛くて辛くてその場に屈みたくなってくる。


 そんな事、できるものか。弱く見られるのがイヤ。それで、嫌なことを思われるのが嫌だから。強くいなきゃ、完璧じゃなくちゃ。


(この姿だって、皆にみられてる筈。ちゃんとしなきゃ)


 キチンと笑顔を作り、顔を上げて何事もなかったかの様に掃除をする。いつもやってる事、いつも通りすれば良い。

 だが……。


「あ、れ……っ?」


 異変が起きた。いつも見たいに笑えない。表情が固まってしまったのだ。いつもなら簡単に笑顔をつくれた、でも……今は表情がソレを拒否しているみたい……。


(な、なんで? どうして?)


 まほろは困惑した。出来ていた事が出来ない。表情筋が固くなり、瞼が痙攣し、暗い表情になってしまう。

 その刹那、まほろの感情が急転直下に下っていく。どうしよう、どうしよう、どうしよう。


(このままじゃダメなのに。こんなのいけないのに……ッッ)


 この心境に困惑し続け、手にした箒を落としてしまう。直後に、周りの視線がまほろに集中する。

 見てる、見られてる。直ぐに解った。わかった後は、恐ろしくなった。


(ど、どうしよう。前を向くのが、怖い)


 情けない、いきなり何をしてるんだ。ほんとうは弱い人、暗い……寮母の癖に。被害妄想と言ってもいい位の幻聴が、まほろの耳に聴こえてくる。

 無論、周りの人達はそんな事、一言も言ってはいない。寧ろ、心配そうに見ているだけ。

 だけど、まほろはそうは思わない。重なっていく暗い妄想……。頭がクラリと揺れ、今にも倒れそうになってくる。


 膝も揺れ始めた。まほろは、仕切りに何とかしなければと思考するが。何も思いつく筈もない。


(はやく笑わないと。いつもみたく。ほら、自分を誤魔化すのは得意だったじゃない)


 自分自身を叱責するも、無駄だった。

 と、その時だ。ポンっと、肩を叩かれた。驚きでビクンっと反応してみると。


「あ、あの。まほろさん? 気分が悪いんですか?」


 職員が声を掛けてきた。

 あ、あぁぁ……。心配されて、弱く見られた。という事は、いまこの人は(まほろ)の事を嫌な風に思っているかも。内心は馬鹿にしてる……かも知れない。


 いや、でも。普通に心配して声を掛けたのかも知れない。でも、でも、そうじゃないかもしれない。駄目だ、嫌な方向への思考が止まらない。

 こうしてずっと黙っているのもいけない。まほろは咄嗟に、若干の早口で語った。


「……そうみたい。悪いのだけど。少し離れさせてもらうわね」


 それは、明らかな誤魔化しであった。一刻もはやくココから離れたい。離れれば、いま思っている嫌な妄想をしなくてすむ。

 暫く1人になろう、いつもそうやって平静になれた。今回もそうなれる筈……だと思いたい。


(……ふふ。馬鹿みたい、この気持ち。直ぐには治まらないって、分かってるのに)


 職員の返事を待たずに、まほろは不安げに思いながら、足早にこの場を離れた。





 向かった場所は高等部の校舎内。その内の空き教室、まほろは何も思わずにココに来てしまった。でも、構わないと思う。


「ここなら、誰にも見られないわ……」


 人気のない教室、もっと寂しくなるけれど。平静に戻るには充分だ。そう思い、教室の扉を開ける。

 運が良いのか、その教室の扉は開いていた。有難く教室に入ったまほろは、直ぐに壁を背にし三角座りする。


(……ゆい姉さん、来てくれないかしら)


 膝に顔を埋めて真っ先に思うのは結音の事だった。……直ぐに考えを改めようとしたけど。


 ここにいるのは1人。だったら好きに思っても良いじゃない、それに……こんな時ぐらいはすがりたいと思ったから。まほろは結音の事を思い続けた。


(頭、優しく撫でられたい。耳元で優しい言葉を掛けられるのもいいわね。きっと蕩けるくらい癒されるんだわ)


 ……ここまで思うのなら、あの時恥ずかしがらずに存分に堪能しておけばよかった。過ぎた後悔をしつつ、深い深いため息を吐いた。

 来るはずが無いのに、来た時の妄想をしてまう、ここまで来れば重症だ。更に自分のことが嫌になってしまう。


 虚しく教室内にかけられた、時計の針の音が響き、まほろの心音が切なく鳴る。嵐の様に心が荒み、心の中で泣きじゃくる。

 今のまほろは急に不安に感じた子供のように塞ぎ込んでしまっている。


 まほろが、立場だとか周りにどう見られるかを投げ捨て自分をさらけ出せる人ならば深くは悩まなかったのだろう。

 ガラスのように繊細で、傷つきやすいまほろには、とても出来はしない。だから、どうしても他人の優しさが必要なのだ。そう、例えるなら……。


「まほろ、さん?」

「……ッッ!?」


 偶然、まほろが空き教室に入っていくのを見掛けた、結音というまほろの心に深い優しさを与えてくれた人。


「え、ぇ。ど、どうして」


 言葉に詰まるまほろ。いま求めた存在が目の前にいる。心配そうに見下ろして、膝をつき今にも頭を撫でる為に手を近づけてくる。

 1cm、1cm徐々に。なんで、どうして、ここにいる? 今、頭を撫でようとしている? どうして、なんで、なんの為に……。


 求めていたのに、困惑が勝った。だってまほろは人一倍他人にどう見られているかを気にする人だから。

 故にまほろが次にとった行動は、自分でも信じられない事だった。


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