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2章1話

お久しぶりです。投稿再開いたします。

 あの日から数日経った頃。

 まほろは菊花寮入口付近を掃除していた。けれど、どこか放心した顔でしている為、あまり掃除出来ていない。


(惨めね、やろうと思った事すら出来ないなんて。私は何がしたいのかしら)


 実はソレには理由がある。これには今朝方起きた出来事が原因だ。それは……自主通学生徒達が通学をしてきた時である。





「あ、まほろちゃーん。おっはよー!!」


 偶然、朝学園に用事があり出掛けていたまほろは、通学してきた結音と出会う。結音はまた可愛さを振りまいてきた。

 わざわざ自転車を止めて、まほろの方へ小走りで近づいてきたのだ。


昨日普通に接すると決めたまほろだが、やっぱり意識してしまい動揺して顔があかくなってしまった。


(だ、だめよ。普通に接するって決めたじゃない)


 だが、まほろは驚くほど冷静な顔つきになりつつ。元気に挨拶してきた結音に笑顔で自分も挨拶した。


「おはようございます。ゆい姉……結音さん。いい天気ですね」

「……ヘ? あ、うん。そうだね」


 あまりの変わりようにキョトンとする結音。ちょっぴり距離を置きすぎたかと思うけれど、これが生徒との正しい距離感だろう。


 なのに、正しい事をしたのに。まほろの心が絞めつけられる程痛くなった。


(ッッ。こ、これで嫌われたりしたら……。って、なにを考えているの、そんな筈ないじゃない。被害妄想が過ぎるわ)


 考えを悟られない様に、軽く微笑んだあと。


「ほら。はやく行かないと遅刻しますよ」


 何気ない一言をいった。うんうん、普通に対応出来ている。ちょっぴり、まほろの中で寂しさはあるけれど、これで良いのだ。


「まほろちゃん」

「……ッッ」

 

 と、思った矢先。結音が寂しそうに見つめてくる。やっぱり、急に距離を起きすぎたのだろうか? 傷つけてしまったか。

 不安な気持ちが押し寄せる、自分は正しいことをした筈なのに、どうして思い悩むのだろう。


(そんなに見つめないで。恥ずかしいわ)


 だから、もう何処かへ行って。まほろが、そう願った瞬間。とつぜん結音が軽く息を吐いた。


「ちょっと、屈んで?」


 なにを言われるかと身構えたまほろであったが、言われた言葉は何気ない一言であった。


「え、えと。ど、どうしてです?」

「いいから」

「は、はいっ」


 ちょっぴりキツく言われて、言われるがままに素早く屈んだまほろ。すると、結音がまほろのおでこに手を当ててきた。

 ほんのりと暖かい手は、何かを確かめるようにスリスリと撫でてきた。


「……あ、あの。なにを?」

「んー。いつもと様子が違ったから熱があるのかなぁって思ったんだけど。大丈夫みたいね」


 どうやら熱があると勘違いしたみたいだ。確かにそう思われても不思議じゃない位態度が変わってしまっていたから……。と思いつつも、まほろはニコリと微笑んで。


「心配してくれてありがとう。私は元気よ」


 そう言った。本当は元気じゃない……。普通に接すると決めてから、胸の中から寂しさが消えない。


(もう隠せないから正直に思うのだけど。ゆい姉さんが初めてなのよね……。あんなに優しくしてくれた事)


 あの感触、身体に仄かに残っている。ソレが物足りなさを感じさせ、まほろは結音を求めてしまっている。

 本音をさらけ出せば……。


 "もっと、甘やかされたい"


 骨の髄まで甘やかされて、身体の底から甘えてみたい。ソレが出来たら不安に思うことはなくなるだろうし。何より、気持ちが軽くなる事だろう。

 ただ、ソレが出来れば苦労はしない。


(いけないわ。隠さなきゃいけない気持ちが出てきてる)


 結音の優しが欲しい。恥や自身の事を投げ捨てて甘やかされてみたい。そんな気持ちが膨らみすぎて、いつの間にか身体が火照り汗をかいてきた。

 普通に接するのは無理だった、そう察するよりも先に結音が小首を傾げつつ、話してくる。


「ほんと? 顔が赤いし汗かいてるよ。本当は熱があるんじゃない?」

「何事もないですよ。朝から私は元気です。心配しないでくださ……ッッ」


 結音の話を聞いて、心配しないで……そう言おうとした時。結音はまほろに抱きついた。その瞬間、まほろの周りが止まったかの様にシンッと静かになった。

 みんなの視線をフルに受け、脈拍があがるにつれて、素早く結音をペシペシ叩いた。


「な、なにをしてるんですかっ。ゆ、結音さんっ」

「んーっ。直に計ろうと思って……って、さっ、さすがに無理があったかな。えへへ、ドジっちゃった」


 結音は直ぐに離れた後、ペロリと舌を出した。彼女も彼女で恥ずかしかったみたいだ。なのに、どうしてこんな事をしたのだろう?

 そんな疑問が浮かぶよりも先に、まほろの頭の中は急速に思考を巡らせていた。


(だ、抱きつかれたわ。ぎゅって、う、あ、うぅぅっっ。とっても柔らかかったぁぁぁぁ)


 その柔らかさは、テディベアの比ではない。もうまほろには、結音に対して普通に接するという思考は吹き飛んだ。

 どうしよう、どうしようと慌ててしまい、まほろは酷く躊躇(ちゅうちょ)した。


「うん。いつものまほろちゃんに戻った。そっちのが可愛いよ」

「え、かわ……ッッ」


 不意なその言葉は、まほろの心に深く深く突き刺さる。


「えへへ、じゃぁ私もう行くね。今度お話しよ」

「へ、あ。ゆ、結音さん!?」


 そんなまほろを放置して、結音はさっさと行ってしまった……。ぽかーんと口を開いて立ったまま暫くいると、周りの視線に気付いて我にかえる。


「ッッ。あ、えと……ッッ」


 意味もなく謝り、まほろは早急にその場を後にした。

 たくさん恥ずかしい姿をみせてしまった、いいやソレよりも……寮母として見掛けた生徒に挨拶をする、コレを心掛けていたのに出来なかった。


(なんなのよ、なんなのよ!! どうして結音さんは私を惑わすの)


 向こうからしてみれば、全くそんなつもりは無いのだろう。だが、まほろはそう思ってしまった。だって、あまりにも結音がまほろの心を惑わすから。

 苛立ちにも似た感情に襲われる。結音……あの娘はなんなのだろうか。まほろに何を求めてあんな事をする?


 まほろには分からない、検討もつかない。


(深く関わっちゃダメなのに。距離を置こうと思ったのに。どうして近づいてくるの)


 何を思って近づいてくる? どうして笑顔を見せて近づけるの? イライラする、あの顔が、温もりが……。

 生徒と過度に仲良くすれば、周りからなんと言われるか。まほろはソレが怖いのに。


(それが無ければ、甘やかされても大丈夫だと思ってるの? 馬鹿げた考えだわ)


 ありえない、そんな事はあってはならない。無くさなければいけない考えだ。でも……もう学習するべきだ。

 何度やっても無理、消えないのだ、この考えだけは。


(本当は、甘やかされたいわよ。一度知ったら、すがりたくなるじゃない)


 どうして、あの夜。結音は優しくしてくれたのか。まほろが可哀想に見えたから? どうして、なんで。


 暫く走ったまほろは、生徒達の目に入らない学生寮の死角まで来た瞬間、壁を背にし立ち止まる。


(甘えたい、甘えて甘えて、甘え尽くしてダメになりたいわ)


 胸の内に秘めた言葉が口から出てきそう。まほろは口を抑え屈み込む。辛い、苦しい……きっと、もう一度結音と会えば衝動が止まらなくなる。過ちを犯す……かも知れない。


(意思が弱過ぎて情けなくなるわ。なんなのよ私ってば、とんだ甘えん坊じゃない)


 恥ずべき考えだ、謎に傷つきやすく、謎に考え込んでしまい……自分自身を苦しめる。なにがやりたい? 自分はなにをやっている。

 その苦悩は誰にも知られず、自分でも解決出来ずに胸の中でずぅぅっと残る事だろう。


 結音と普通に接する、そんな想いは早くも崩れて本音を露出した。雨酔(うすい) まほろに二度目の嵐が襲う。今度の嵐は長引いて、彼女を酷く苦しめる。

 果たして、嵐が晴れる日はくるのだろうか。


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