『明日から女の子になります』が可能になりました。
はじめて書いたコメディー。半分は悪ふざけです。ご堪能あれ。
そう遠くない未来のこと。
日本において二十歳を迎えて解禁される嗜みに新たな一項目が付け加えられた。
飲酒、喫煙、賭博、風俗、その他税金的な何やかんやもここに数えるとしよう。
そしてこの時代、大人の階段に脚をかけた若人にもう一つ、選択の自由の門戸が開かれる事となるのだ。
──即ち、『性転換』である!
事の発端は大保方曇子という若き研究者の発見に端を発する。
特殊重合多能性細胞《particular polymerization pluripotent cells.》。通称を3P細胞と呼ばれる、長ぇ文字から察せるに極めて特殊な細胞だ。
詳細な説明はこの場で省くとし、まずこの3P細胞が何だと簡単に言ってしまえば、この細胞は極めて人間の細胞と親和性が高いのである。
何しろ多能性細胞である。生物がたった一つの受精卵から脳やら心臓やらを形成できる理由が、この多能性という機能を有しているからに他ならない。
つまりこの3P細胞にもそういった多能性を備えている訳だ。
具体的に、尚且つ何故これが性転換に繋がるかを説明しよう。
高度な治療技術に使われたのではないかだって? 無論それは当たり前だとも。だが最先端技術というのはいずれ普遍化し、社会にも振る舞われていくもの。
ファンタジーが現実になったのもそう言った事なのだ。
さて、では改めて3P細胞と性転換の馴れ初めを語ろう。
さっきも触れた通り実用化当初は高度な再生治療などに使われた。病気や事故で機能不全に陥った臓器や四肢を3P細胞で製造したものと交換したのだ。流石に脳の複製は技術的な壁があるが、他の臓器は大体複製が可能。
要するに人間はプラモデル並みに身体の部位を取り換える事が可能になったということ。
──代替が可能なら、増設とか変更も可能じゃね?
そんな事を考える輩が出てくるのも、実現することも時間は掛からなかった。
何しろこれは人類の発展とか病気の根絶とかといった崇高な志ではなく、極めて純粋な欲望を原動力にしたものだから。
あとは坂道を転がるように、水を得た魚のようにマッドなサイエンティストたちは狂喜乱舞の末に技術を完成させてしまった。
かくして、人類は禁断の果実を手にしてしまったのである。
禁断の果実。即ち後天的な『お〇ぱい』や『ち〇ぽ』を手に入れてしまったのだ!
合成樹脂とかシリコンで作られた紛い物は最早過去の産物。
だって本物がこの身に手に入るのだぜ?
感度? 極めて良好。
機能? 本来のそれと何も違わない。
大きさ? 自由自在だ!
男を女に、女を男に。ファンタジーは現代に降臨した。
パパかママが二人なんてのは一般常識。夏休みが明ければ気になってたあの子の性別が逆転なんてザラである。
お父さんとお母さんがベッドでギシギシあんあんプロレスごっこを始めた時から定まる、男女二者択一のしがらみから解き放たれ、ベルリンの壁の如く性の垣根は崩壊した。
そして、今まさに新たな誕生日を迎えようとする一人の若者がいた。
お年玉から汗水たらして稼いだバイト代まで、貯めに貯めた貯金通帳を握りしめ、都内屈指のTSクリニックの門戸を叩く。
ハッピーバースデー、若者よ。君の願いはようやく叶う!
✝ ✝ ✝
この男、名を斎藤真人。先日二十歳を迎えたばかりのピカピカの新成人にして年齢=童貞歴の大学生である。
容姿平凡、プロポーションまずまず。学歴は並みの上にギリ届くか届かないかといったところ。至って平凡な家庭に生まれ、目立った不自由も病気も怪我もなく、今日まで普通に生きてきた。
街中で適当にボールを投げれば彼と同じ様な奴に当たるであろう、THE・モブを貫く一般日本人男児の代表例。
そんな彼はいまや法律で成人と認められた立派な大人。
つまり、性転換施術が可能な年齢である!
ピンク色に逸る気持ちと僅かな不安を抱えて、真人青年は訪れたクリニックの若い女医に思いの丈をぶつけた。
「先生。俺、女の子になりたいんです」
「はい。君ぐらいの年齢では珍しい事ではないですよ」
主治医はニコニコ顔で真人の告解を受け入れる。
性転換技術が一般的に広く認知される以前から、このクリニックでは様々な悩める患者のあれやこれを取ったり付けたりしてきたのだから。
「かくいう私も十年ぐらい前までは男なんですよ」
「そうなんですか!?」
この世界ではそう珍しい事ではない。
「ええ、本当ですよ。患者さんの気持ちに少しでも寄り添いたいと思いまして。生まれは男なんですが男女ともに二十年ずつ経験しました」
「つまり三回手術したと」
「はい」
珍しい事ではないのである!
「それで斎藤さん。まだ学生さんのようですが親御さんとのご相談はお済でしょうか?」
「父と母は五年程前に入れ替わりました。俺の気持ちについても理解を示してくれたので、そこは問題ありません」
「まあ」
珍しい事では(以下略)
「では実際に施術についてご説明致しますが、斎藤さんはどの程度までご存知でしょうか?」
「……というと?」
「施術に用いる3P細胞はもちろん人体にかかる負荷は最低限ですが、それにも限度があります。少しずつ身体を異性のそれに馴染ませる必要があるんですよ」
「え、そうなんですか? でも芸能人なんかは外見丸々変えてたりしますけど……?」
真人は流し見たネットニュースのあやふやな記憶を掘り出す。
彼が持ち出したのは「どんだけぇ~」で一世を風靡した芸能人を取り上げたものだ。元々のお姉キャラがモノホン属性になったとこで「持ち味をかなぐり捨てた」と主にバラエティー方面から叩かれた悲運の御人である。
「そういった芸能人やYouTuberのTSで誤解されがちですけど、主治医とキチンと施術計画を立てているのですよ。特に男性の場合は色々と工事も必要になりますから」
「な、なるほど。確かに、よく考えればそうですよね」
ファンタジーが実現しても一足飛びに現実を飛び越えられるわけではないのだ。
避けられない事情というのはいつだって存在する。
真人の認識は些か甘かったと言えよう。良くも悪くも。
どのような羨望であれ未知の領域へ最初から肩まで浸かることが出来るのは、よほどのメンタルタフネスか頭空っぽのうつけ者ぐらいだろう。若さゆえの情動に駆られここまで脚を運んだ真人とて例外ではない。
内心の拭えない不安が、現実を認識し確かなしこりとして表出しつつある。
しかしながら彼のような一般人は未知というもの身の丈に合った小さな窓から覗き見、体感できる程度の快感を呼び水にするのだ。
リコーダー舐めから体操服へ、体操服から下着へ、下着からエロ本へ。
そして性転換施術の場合、原始的ではあるが患者への負担も考慮した実に最先端技術らしい解決策を講じる。
意気消沈しかける真人に、幾千練磨の女医は朗らかに声をかける。
「ですので斎藤さんのようにニュートラルな患者様には、当院はまずは異性の一端を体感していただくプランをお薦めしているのですよ」
「体感?」
体感である。
コスプレとか大人の玩具での再現とか、VRとかARを用いた疑似ではない。
正真正銘、真人に授けられた《女》を通した感度100%の実体験。
女医がデスクに併設されたモニターに資料を映し出し、掻い摘んで真人に説明する。
「最終的な性別の意思決定は患者様自身の御責任となっていますが、いざなってみると『やっぱり元の性別がいい』という方は一定数いるものです。なのでまずは外見上と一部の施術に留めた、簡易的なTS手術をお薦めしています、斎藤さんがご覧になったのは、此方のプランではありませんか?」
モニターに映されたのはこのクリニックのHP、その施術例と費用例だ。
「言われてみればネットで見たのはこのプランかもです」
まだ学生の身分である真人が用意出来る金額などたかが知れている。女医が薦めるプランというのは一番リーズナブルなもの。参考までにと提示された本格的な大改造は社会人にならなければ無理な金額だ。
一般に浸透している性転換が実はコレだったりするのだ。
「外見上と一部、というのは?」
「3P細胞を使った人工有機マスクで容姿を異性のそれに近づけます。骨格の問題はありますので本格的な整形手術ほどの効果はありませんが、斎藤さんはフェイスラインが丸いのできっと可愛らしい仕上がりになりますよ。一部というのは──」
不意に言葉を切った女医は片腕で豊満な乳房を抱え、もう一方の手で下腹部のやや下を五指で撫でつける。
「こういうことです」
ごくり、と大量の生唾が嚥下される音。
真人が細かい施術内容を読み飛ばした理由がこれである。お盛んな年頃に法律の名のもとお許しを得た青年の視線を釘付けにしたのは、双丘と壺の工事項目のみ。
ドドドッという爆上がりしていく心音で鼓膜が震える。
リーズナブルな分、等身大の現実に真人の童貞ハートが暴れて飛び跳ねまくる。だが理性を総動員して逸る鼓動を押さえつけ、真人は一つ確認しておかなければならない事案を慎重に確認する。
「息子は、どうするのでしょうか?」
顎から汗が滴るほどゆっくりと時間をかけて、低く絞り出すようにその質問を出した。
性転換を望むとはいえ二十年間連れ添ったエクスカリバーを体験入学で失うのは些か気が引けた。まだ無名であるがこれから名刀になるポテンシャルを秘めているかも知れないのだ。
だがそのような真人の青臭い葛藤程度、女医は見透かしている。
「あるモノはそのままに、孔だけ増設します。勿論、本物と違わない機能を兼ね備えて」
「……ひゅっ!?」
両・性・具・有!
男女双方の機能を兼ね備えた生物に適応される呼称。ふたなりや半陰陽とも呼ばれる本来極めて特殊な身体。聖書に登場する天使もこれとされ、日本神話の女神・天照大神も両性具有と描かれる事がある。
真人の場合は仮とはいえ外見も女性のそれに模して、尚且つ双丘と壺を併設するのだ。
より相応しい言葉を探せば《男の娘》であろうか。
「手術自体は簡単なもので、入院もいりません。如何なさいますか?」
艶やかに、若人の新たな門出を祝福するように、女医は吐息が掛かるか掛らない距離から真人の眼を覗き込んで来る。
選択を問うておきながら、最後の一押しに甘い蜜を嗅がせるように。
真人の意思は、決まっていた。
「お願いします!」
最初から決まっていた意思。しかして最初とはやはり異なるもの。
虚妄に過ぎなかった望みにリアルが花咲き、確かな足掛かりを得た青年に春が訪れた。
後日、新姓・斎藤真人(♂&♀)が爆誕する。
✝ ✝ ✝
無事に手術も終え、斎藤真人は女性としての機能をその身に宿した。
体機能そのものはあくまで男性のものであるため、真人が受けたのは真正のTS手術ではなく、機能の増設に過ぎない俗に《フェミニゼーション》と呼ばれている手術だ。
転じて《フェミニゼーション》施術者をフェミ男子、フェミ娘と称され、今や一般社会にも浸透している。新たな性別として大真面目に定義付けようとする団体まで台頭するほどだ。
そのフェミ娘となった真人であるが、外見上は全くの女性である。
担当医の女医の見立て通りの、やや角張ってはいるが十分な小顔美人であり、小ぶりながらふっくらとした唇は控えめなルージュで彩っている。手入れを考慮して髪は耳にかかる程度にしたショートヘアは、遊びを加えてブラウンとレッドのメッシュに仕立てた。
中肉中背であった身体は適度な脂肪で丸みを帯びたことで、女性特有の滑らかなボディラインが見事に形成されている。雪解けの新緑をイメージした淡い若葉色のワンピースに袖を通し、デニムジャケットで軽すぎない印象に纏めている。裾から覗く足元を飾るのは全体を引き締めるオフホワイトのサンダルだ。
超絶美少女……とまではいかないが普通に眼を引く程度には洒落た女性であろう。
割ととんでもない事をやってしまったのでは、と後悔なのか気後れなのか自分でもわけが分からない真人。
おしゃれして街へ繰り出したはいいもの、行くあても決めずに内心あわあわしながら小一時間同じ場所をグルグルと回る始末である。
手術を受ける前はあれやこれやと【やりたいことリスト】を連ねていたのだが、いざこうしてみれば都会に迷い込んだ小鹿の様である。
繰り返すが、今の真人は股の松茸を除けば外見上はマジモンの女性である。
術後の経過は極めて良好であり、しっかりと膨らみを主張する胸元も身体に馴染んだ。無論、あっちのほうも。
そして此処は都会のサバンナである。
一目で成人デビューを果たしたと分かる小鹿を、飢えた肉食獣が見逃すはずもない。
「もしもしお嬢さん。もしかしてまだ今の自分に慣れてない?」
声をかけてきたのは同年代の青年だ。
やぼったい黒縁眼鏡をかけた中性的な顔付き。背は真人より頭一つ分高く、腰から伸びた脚はシャープな肉付き。白のシャツに黒のスラックスという飾り気のない服装であるが、柔和な面立ちと落ち着いた声音が奇跡的に噛み合っている。
人畜無害という言葉がよく似合う。
──少なくとも、外見は。
「えっと……」
「ああ、ゴメンね。実はボクもそうなんだ」
反応に蹴躓いている真人の手を取った青年が、あっという間もなく自分の胸板に真人の五指を掴ませる。
もう一度言おう。掴ませた。
「自前だよ」
「ファッ……!?」
童貞と処女を併せ持った真人、生誕二十年目にして乳房の感触を得る。
いまだビビッて自分のモノすら手にしていないのにも関わらずだ。
でっかい。どうやってシャツ一枚で誤魔化しているのか謎である。
しかもこの青年……いや女青年。己の女にキョドる真人に先程こういったのだ。
──ボクも、だと。
腕を引いた際にさりげなく長い脚を割り込ませられたことで、真人は慣れ親しんだナニを見つけてしまう。見付けてしまった!
「あ、ああ、あの……!!」
「先日植林が終わったばかりなんだ。でも願望ばかりが先行した拙い知識でオーダーしたばかりに、異常なのか正常なのか分からないんだよね」
──生やしている!
そうとも。
真人が女を望んだように、この青年は女である事よりも男である事を望んだ。同じ悩める星に生れた同志。
しかも中々ご立派な木を発注したようだ。クリスマスツリー級である。
不自然でない程度に身を寄せた女青年が、赤面して固まる真人の耳元で、心に潜り込んで来るような息使いでお願いを切り出してくる。
「君さえ良ければ色々と男性の作法を教えて貰えないかい? 勿論、ボクは女性のイロハをレクチャーするよ」
「いやあの、えと俺はその──」
「俺じゃなくて、私だよ」
指先で唇を塞がれ羞恥と混乱で過敏になっていた神経に電撃が走ったようだった。
「~~」
頭から湯気が出そうなほど眼を回す真人を、艶やかなテノールが絡めとる。
「言ってごらん。わたし、だ。」
「わ……しぃ」
「ダメだよ。ボクに聞こえるぐらいでいい。はい、もう一回」
頭は既に熱暴走寸前である。
「わあ、わわわ、わ、たし……っ!!!」
自分とは思えないか細く高いソプラノが一層真人の思考を漂白していく。
お気づきだろうか?
既に真人はこの女青年に完全に主導権を握られている事に。
「うん。よく出来ました。それでさっきの返事を聞いてもいいかな?」
もはや、まな板の上の鯉も同然。
女青年の提案は相互にメリットを齎すもの。一人称という軽いジャブ程度であるが、先手を打たれた真人を、返礼という見えない袋小路に追い込んだ。
跳ねつけるのは簡単。
しかしゆでだこ同然の真人に正常な判断能力は期待できず。それどころか自身に芽生えつつある女に押し流された。
突き付けられた選択肢はYES or NOではない。
「ああ、大丈夫かい? 凄く顔が赤いけど」
「ぁぅふう……」
「少し性急過ぎたね。ちょっとそこで休もうか。大丈夫だよ、普段から持ち合わせは多めにしているんだ」
YES.YES.YEEEEEEEES!!
無防備な獲物は襲われるのは何時の時代であれ同じこと。
抵抗らしい抵抗を見せなければ、NOを示したとは言えまい。
初々しい男女二人がお城のような建物に吸い込まれていく。新たな自分を得た彼等が何を得て何を失うのか、語るのは野暮であろう。
✝ ✝ ✝
さて、ここまでお付き合い頂いたそこの君、もう少しだけお付き合い願いたい。
この世界においては当然フェミ同士のカップルも生まれるわけだが、結婚まで行き着いたカップルはあるちょっとした悩みを抱える。
それはつまり、どっちがパパで、どっちがママになるか。
何しろ両性具有。どっちもイケる。
元の性別かもしくはは外見の方を優先するか、あるいは──両方同時になんて荒業も可能だ。
科学技術は日進月歩だ。
もしかしたら本当に近い将来にこんな世界が訪れるかもしれない。
どの選択肢が多数派であるかはその時に答え合わせといこうじゃないか。
ちなみに君ならどうする?