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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
里面的世界編 第四章 破壊神 〜She can never forgive them〜
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心機一転

次々回エピローグです。この章は少し長いですが、お付き合いください。

 その姿を認めてエヴェリンは驚いて目を見開いていた。思わず身体を起こそうとして、しかし怪我したらしいところに鋭い痛みが奔る。しかも同時になぜか思わぬところでバランスを崩してベッドに倒れてしまった。それでもこんなことを見過ごせるわけがない!


「リーダー。体調はどうですか?」


 心配そうな言葉と共に、部屋の中に足を踏み入れたカヤは地味な私服を着て、見ただけではどこにでもいる少年の格好を装っている。目立つような要素はあまりない。

だがそれでもエヴェリンは憤る感情を覚えていた。


「…なぜ来たっ。ここには来るなと――う……っ!」


 無理やり上体を起こそうとしてまた身体に痛みが奔った。起き上がると掛け布団が落ちて自分の身体が見えるようになる。そして漸く自分がどういった状態なのかを理解し、思わずぎょっとした。


 彼女の両手両足は肘と膝から下が既に無く、胴も応急処置をしただけで包帯だらけだったのだ。


 人間と違って簡単に作り直せるから手足を失おうが問題はない。それでもかなりショックだった。やはり自分の身体が欠損するのは許容し難い。しかし今はそれどころではなかった。


「…お前は何をしたのか分かっているのっ!?」


「分かってます。ですが――」


「言い訳は良いっ!とっとと帰れっ!」


 ここに裏の世界の人間は来てはならない。もしそんな世界の人間と関わりがあると知れたらそれを弱みとして認識され、家族が危険に晒される。エヴェリンがいる事自体も危険なのに。


 もちろん絶対にそうなるとは限らない。調べる側も必死なように調べられる側も必死で弱点を隠しているからだ。弱点を見つけられる可能性が10割ということも絶対ない。

それでも見つからない可能性が0とはいえない。


 暫くの間エヴェリンは縮こまるカヤを睨んでいたが、不意に息を漏らした。


「…もう良い。来てしまったのは仕方ない。それにわたしがここにいる時点で、関係なかったなんて言えないし……。ごめん。…それで?要件は?」


「ただの見舞いです」


「…ただの見舞いで命令違反なんて……」


 もう呆れるしかない。これでは規律と統制を疑われてしまう。付け入られる隙にもなり得る。


「それで、リーダー。身体の調子は……良いわけ無いですよね」


「…気にすることない。わたしの身体は作り物」


 この身体は作り物。心配されるような代物ではない。

いくらでも変えが利いてしまうのだから心配される必要もない。


 しかし。


「リーダー。無礼を承知で、一つ良いですか?」


「…なに?」


 その時に起きたことはエヴェリンにとってあまりにも驚愕すべきものだった。


 カヤは一度大きく息を吸い、そして一気呵成に言葉を吐き出す。


「もういい加減にしろっ!そういう言動が俺達をどんだけ心配させていると思ってんだっ!俺達にはお前がとっても大事なんだっ!自分をもっと労りやがれっ!」


「……え、……え……っ?}


 突然の怒声にエヴェリンは何も返せない。もっと言えば驚きすぎて最初こそ心臓が跳ね上がってしまって、その後は硬直することしかできない。カヤがエヴェリンに対して怒鳴りつけるなんて今まで一度もなかった。だから、予想だにしない言葉に頭が混乱してしまったのである。


「作り物だろうが何だろうがっ、それはお前の身体だろうっ!自分も大事にできないやつに何が守れるってんだっ!」


「…いや、でもわたしは死ぬわけじゃなくて――」


「死なない?死にかけたじゃないかっ!どんなにお前が死なないと言っても今のお前が死んだら俺達は悲しいし、堪えられないっ!生きていく目標も、未来も、何もかもがなくなるんだ!もう絶対こんなことはやめてくれっ!いるべきところに帰りやがれっ!」


「……………………」


 頭が混乱がどんどん助長されていく。吃驚した。驚愕した。部下であるカヤがタメ口で自分に怒鳴ったことも想定外のことだったが、それ以上に彼が感情を爆発させたという事実に驚いた。そんなことはカヤと出逢った時以来の出来事だったから。


「約束してくれ。もう二度と俺達が悲しむようなことはしないと!それと、自分を大事にすると!」




 カヤは必死だった。しかしそれは本当にエヴェリンを心配してのことだった。そう信じた信念のものだった。彼の生きる理由はもうエヴェリンだけなのだから、彼女を心配するのは当然。間違っているなんて誰にも言わせない。


 自己中と言われようともそれがエヴェリンのためになり、自分のためになれるのなら、それはきっと良いことなのだ。だから、エヴェリンには幸せに生きていてほしい。


 それがカヤの気持ちだった。


 カヤの真っ直ぐな目線にエヴェリンはしばしの間呆然と見返し、しかし次の瞬間顔を背けてしまう。


「…わたしは、ダメなリーダーだね。部下のことも考えてなかった無能」


 その言葉を聞き、カヤはブチッと何かが切れる音を聞いた気がした。そして衝動的にエヴェリンに大股で歩み寄ってその肩を強く掴む。そのまま無理やりこちらに顔を向けさせる。


「だからなんでそんなに自分を卑下するんだっ!もっと自分のことを(おもんぱか)れっ!」


 カヤは真っ直ぐに、はっきりと、強く言った。目の前の少女の心に自分の気持をぶつけるために。エヴェリンも彼の行動にまた驚いて目を合わせる。二人の顔は互いの息が掛かるほどに近かった。


 目を逸らさず、ただエヴェリンに訴える。彼にとってエヴェリンが傷つくことはどうしても嫌だった。身体の傷も、心の傷も、どちらも負ってほしくない。


 彼女はカヤにとって居場所を作ってくれた組織のリーダーであり、かつて露頭に迷って死を選ぼうとした彼を現世に引き止めてくれた恩人であり、生きるための術と目標を教えてくれたヒトであり、そしていつしか一番大事なヒトになっていたのだ。




 しかしカヤの気持ちを頭では理解していても、まだエヴェリンは自分を認められなかった。


「…大事になんか……出来ない……っ!」


 エヴェリンは自分で言っていてとても悲しくなった。胸が締め付けられてどうしようもない痛みに苛まれる。


 視界が歪んだ。涙でもう何も見えない。

見たくない。


 自分が嫌いだ。

 自己中で、他人を巻き込むし。

 他人の気持ちなんて考えてないし。

 傷つけてしかいない。

 そう、わたしは疫病神。

 わたしには、生きる意味がない。


「…わたしは、わたしを認められない……っ!」


 胸が張り裂けそうだ。涙が頬を伝うのが分かる。泣く資格もないのに、湧き上がるよくわからない感情は抑えられなかった。それでも。


「わたしにできることはこれだけだから――っ」


「なにが?」


「わたしには、闘うことでしか……家族を守れない……っ!探せない……っ!でも、何もできなかったっ!本当になにも――」


「なら――」


 カヤが僅かに目を落とし、そしてすぐに上げてエヴェリンの瞳を直視した。

力強い意志を込めて。


「――俺が認めてやる」


「…え?」


「お前が自分を認められなくても俺は、俺達がお前を認めてやるっ!それでいいじゃないかっ!それ以外に何が必要だってんだっ!」


 そして彼はエヴェリンの肩に両の手を置き、縋るように絞り出すような声を漏らした。

祈るように、頼むように、ここに彼女をここに留めるように、頭を垂れて。


「お願いだから、約束してくれ……っ!」


 エヴェリンは僅かに目を見開いていた。


 考えてもみなかった。自分のことは自分で決めることだと、ずっと思っていた。だけどカヤは、他人である自分を認めようとしている。いや、既にずっと前から認めていた。絶対いなくならないでほしいと、願っているのだ。そして生きろ、と。


 一度、エヴェリンは自分を落ち着かせるために息を大きく吐く。


 まだ自分は自分のことが嫌いだ。認められない。それはどうしても変わらない。

だけど、だからといって仲間の心を否定できるわけでもない。少なくとも自分のことを認めてくれている存在がこの世界にはいる。ならば、その想いに答えなければならない。


 それが唯一自分にできることだと思うから。


「…わかった。わたし、生きるよ。それが皆のためになるのなら」


 カヤが顔を上げる。光明が射したかのような表情だった。


「…でも、わたしはまだわたしが嫌いだから。わたしを、好きでいてくれる?」


「もちろん!お前が生きててくれさえいれば」


「…ありがとう」


 そんなところへばたばたと慌ただしく駆け込んでくる人影。


「リーダーッ!ご無事ですかっ!?」


 その人物を認めてエヴェリンは今日一番に驚いた。なぜならそこにいたのがサヤだったから。

彼女はあの時あの場所で撃ち殺されたと思っていたのに。


 生きていた?


「…サヤ。無事だったの?」


「え?あ、はい。お恥ずかしいことに(たぬき)みたいに擬死状態になってしまったようで……」


「…気絶」


 死神があれ以上手を出さなかったから確実に死んでしまったものだと、そして例え生きていてもエヴェリンが科学魔法を暴走させたことで倉庫の崩落に巻き込まれたものだとばかり思っていた。いや、科学魔法に巻き込まれて遺体も残らなかったものだと思い込んでいた。

彼女の顔には顎下から頬にかけてガーゼが貼られていて、それを見るにやはり撃たれてはいたようだ。そして奇跡的に銃弾は逸れていた。


 本当に、良かった。

 生きていて。

 本当に。

 本当に……っ。


 サヤの後からヴィルも現れる。


「すまない、リーダー。来てはいけないと言われてたのに、ソフィアに誘われるや否やこの二人が行動に移して止められなかった」


 エヴェリンは一人納得していた。


 ああ、ソフィアが呼び寄せたのか。

 たぶん色々念入りにやっているのだろう。

 彼女のことだから、裏で問題にならないように手を打っているに違いない。

 反省の色を示すヴィルにエヴェリンは笑いかけた。


「…仕方ない。次からは絶対止めてくれるなら許す」


 今度はカヤたち3人が目を見開く番だった。ここ数年ではほとんど見せず、そして彼女の父が死んでからは一切見ることが叶わなかった優しい笑みをエヴェリンが浮かべていたのだから。

とても可愛らしく、美しい笑みを。


 それを3人は見たかった。望んでいた。エヴェリンがそんな顔をするような未来を夢見て、それを掴み取ろうと努力してきた。それが今少し叶ったのである。


 そして3人も嬉しくて笑みを溢した。


「わかったよ。リーダー」


 そこでエヴェリンは自分の身体をもう一度見て言った。


「…やっぱり当分は私は何もできないかな。身体もそうだけど、もう暴走しないようにしないといけないし」


 身体はお金を掛ければどうにかなる。しかし今の状態では科学魔法は一切使えない。暴走しないように外界と(コア)の接続を切断し続けているわけだから当たり前だ。彼女のイメージが外に伝わることなく、具現化することもない。また科学魔法を使えるように修繕していく必要もあるだろう。


 それに何かの拍子に暴走してしまわぬように、それを抑えられるヒトたちの近くにいる必要もあった。


「リーダー。こんなことを言うのは心苦しいのですが、一つだけいいですか?}


「…なに?サヤもわたしを叱るの?」


「いえ、そんなことはっ!って、カヤ。お前、リーダーのことを叱りつけたのか?」


 サヤがカヤを鋭く睨む。しかしカヤはどこか誇らしくその目を見返した。


「お前がずっと言えなかったことを言っただけだ。上官に何も具申できないやつがいるから組織が腐敗していくんだぞ?」


「ぐ……っ」


 言葉を詰まらせるサヤとは対象的にヴィルは呆れた表情で。


「お前も最近まで言えてなかったがな」


 彼のツッコミにカヤは罰が悪そうに視線を逸した。つまり早いか遅いか、カヤもサヤも変わりなかったのである。


「…はいはい。そこまで。それで?サヤはわたしに何か?」


「あ、はい。実はリーダーには当分の間休みを取っていただきたいのです」


「…そうだね。当分休みを取るよ。その後は――」


 その続きをエヴェリンは噤む。まだ自分の中では割り切れていない部分もあるのだ。それをここで決めてしまうのは時期尚早だと思ったのである。決めるにはまだ早すぎる。


「…ま、その時になったら決めるよ」


「ええ、リーダーはよく休んで下さい。後のことは俺達がどうにかしてみせます」


「まさせて下さい!リーダー」


「…ありがとう。そして、よろしく」


 外では既に日が傾き始めている。それと共に空には今まで見えていなかった星々が煌めき始め、彼女たちに祝福を送るように瞬いていた。街からも昼はなかった街灯と、家々からの照明の色が溢れ、世界が彩られていく。まるで単調な絵画にいくつもの宝石を描くように。

そして今まではただ大きく歌っていたセミの声は静まっていき、代わりに空気を震わせるのは安らぎを与える心地よい夏虫の唄声だった。


 この時エヴェリンは自身の心に伸し掛かっていた重しが軽くなっていくのを確かに感じ取っていた。



            †



 そんな様子をソフィアは部屋の外から聞いていた。そして彼女も安心したように笑みを浮かべてその場から去っていく。


 窓の外に見える東の空には新月に近い月が浮かび、まるでそれは皆に優しい笑みを浮かべているようだった。目の良いソフィアだからこそ見えているが、とても細い。昨日の雨が降り続いていたら、見えもしなかっただろう。


 その月から目を逸し、一度ソフィアは真顔に戻った。そして自分の端末に問い掛ける。


「《アサヒ》。昨日のことなんですが、本当ですか?」


 訊ねられた《アサヒ》はその言葉にただ一言返す。


『フィオナさんがいたことは確かなようです』


「そう。生きていたんだ……」


 ソフィアはそう呟いて、小さく息を吐く。


 フィオナは6年前のあの出来事から暫くして朝露のごとく姿を消した。どこにいるのか、何をしているのか、全く行方が知れなかった。どんなに探せどもどこにもいなかったのである。そんな彼女を探すために、ソフィアはクラッキングの技術を磨き、エヴェリンはコンコルディアを創設した。そうして無茶を繰り返したにもかかわらずフィオナの行方は一切掴めなかった。


 そんな彼女が昨日唐突に姿を現し、父を殺したと自ら告げ、CONEDsの機密を奪っていった。何か、得体の知れないことが起きているとしか思えない。


 だって、彼女がそんなことをする意味が分からない。

 6年前のあれは彼女が望んでやったことじゃない。

 仕方なかっただけで。


 考えても仕方ないと割り切り、ソフィアは端末から一つの写真を表示させる。そこに映るのは6年前に撮った最後の家族写真。全員で揃ったのはそれが最後だった。10人家族で、枠に修めるのが大変だったのをよく憶えている。けれど、この写真に映る家族全員は皆笑顔だった。次女であり、ソフィアにとって初めての妹であるフィオナも同じく。


 いつか、逢えるかな?

 逢いたいな。


 そうソフィアは未来に祈るのだった。

 何かが変わっていき、彼らは未来へと歩み続ける――。


 本日も本小説をお読みくださりありがとうございます。


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