ねえ、あなたは――
※注意:残酷な描写あり!
心の奥底に憎悪が膨れ上がっていく。それも初めてヒトに向けられた、身を焦がすような怒り。世界の理不尽を呪ったあの憎悪なんて比較にならない。
ただ目の前に憎むべき存在がいるといないとではその怒りも段違いだった。
「お前が……お前が……っ!」
拳を強く握り締める。歯を食い縛る。そして一歩踏み出そうとして、しかしそれより早く紅い髪が動いた。
「死んじゃえ」
ただ一言、何の感情も乗せない言葉をハルカは呟いた。表情筋すら動かさず、淡々と。
その目は破壊すべきものをその視界に捉え続けている。瞬き一つもない。
拳を振り上げ、それを全力で叩きつけようとしている。もし当たれば人間の身体なら粉砕して、血肉を辺りに撒き散らすことだろう。跡形もないほどに。
しかし対するフィオナは余裕そうに口元を歪めた。
「それはあなたですわ。ハルカ」
「!」
銃声。
フィオナに飛びかかっていたハルカは空中で姿勢を崩してその場に倒れる。いつの間にか引き抜かれていた拳銃で撃たれたのだ。そしてフィオナは続けて魔法陣を描き呟く。
「〈侵食〉」
すると――。
「あぁぁああああぁぁ――――――――ッッ!!」
ハルカが絶叫を上げてのたうち回る。一体何が起きたのか一瞬理解できなかった。しかしそれも直ぐに分かった。ハルカが撃たれた場所――胸の辺り――が今のエヴェリンと同じように結晶で引き裂かれていたのだ。それが食い込んで、ハルカの身体を奥深くまで侵食していく。骨も、筋肉も、内臓も関係なく突き破って引き裂いて潰して植物の根のようにハルカの身体を蝕んでいく。
突然のことに〈感覚切断〉を行うことができていない。かろうじて魔法陣を描くもそれをフィオナが見逃すはずもなく魔法陣を破壊していた。
ハルカの絶叫が辺りに響き渡る。身体の中を犯すその結晶をどうにも出来ず、ハルカは痛みに泣き叫んだ。血が溢れ、その結晶が血を吸って赤く輝く。
ハヤトとエレナはその躊躇しない手際に戦慄した。
再び銃声。
今度は複数。カヤとヴィルが腰の拳銃を引き抜いてフィオナを撃ったのである。しかしその弾丸は彼女には届かず、暗がりで見えづらいがマナリウムの結晶で阻まれる。その計算され尽くしたマナリウムの配列と結晶の角度によって弾丸は綺麗に逸らされてしまった。
「ちっ」
カヤの舌打ちが聞こえる。
「やめろっ!」
気づけばハヤトは声を上げていた。フィオナがこれ以上ハルカを傷つけるのを許せなかった。今すぐやめさせたかった。
「ん?」
しかしフィオナは不思議そうにこちらを見る。
それがまた腹立たしくてハヤトは叫んでいた。
「やめろと言ってるんだっ!」
だが、フィオナはさも当然とばかりに返す。
「この子が私を殺そうとしたのだから、この子だって殺される覚悟があったはず。死んで当然ですわ」
「お前っ!}
もう我慢できなかった。
「お前が……お前さえいなければ――」
また声が聞こえそうになるのが本能的に分かる。しかしフィオナはハヤトの憎悪の篭った眼差しを気にした風もなく、柳に風とばかりに受け流す。そして何かに気づいたように、あ、と声を漏らした。
「そうそう。本題を忘れていましたわ」
フィオナは魔法陣を消す。そうすればハルカの身体を破壊し尽くそうとしていた結晶が止まる。結晶の輝きも失せ、声すらも発することができなくなっていたハルカは痛みから開放されてそのままその意識を手放した。
「確かあなた達ですよわよね?CONEDsの機密を持っているのは」
「「「「!」」」」
「それを、渡してもらえます?」
余裕そうな表情で、それが当然の如く要求する。その歪んだ口元と細められる目からは絶対の自信と確信のある優越感が伝わってくる。絶対強者。自分がそれだと言いたげに。
それが憎らしくてまた声を上げそうになった。しかしそれをヴィルが制す。
「気づかないのか?周りは敵だらけだ。家族を失いたくなかったらじっとしてろ」
「え?」
ハヤトは気づけなかったが、辺りには狙撃手が複数潜伏していた。そしてハヤトたちを囲うように、死角なく配置されている。これ以上下手な動きをすれば確実に撃たれるに違いない。
「さあ、渡しなさい」
フィオナが催促するように手をこちらに伸ばす。その言葉と共に複数の人影が現れた。そしてその赤い目を見て全員が底知れない恐怖に襲われた。現れた人影はあのエヴェリンと死闘を繰り広げ、彼女を科学魔法を暴走させるまで追い詰めたあの死神だったのである。しかも一体や二体でない。あらゆる場所、フィオナの背後や建物の屋上、さらにはハヤトたちの後や横に姿を現した。
完全に囲まれてしまった。
「死にたくなければ早く出しなさい。もしもの時のためにいつも持ち歩いているのは分かっていますわ」
「なぜだ」
カヤが身構えながら問う。
「なぜ俺達を殺さない?」
確かにおかしいことにハヤトは今更ながら気づいた。これだけの戦力があるのならハヤトたちを殺して強奪することだって可能なはずだ。いや、殺すこともなく無力化できてしまう余裕すらあるはず。なのにそれをしない。あまりにも非合理的に過ぎる。なぜわざわざ言葉を交わしているのか。
対してフィオナは笑みを深めて答えた。
「そんなの面白くないですわ。もっと苦しんで苦しんで苦しんで、絶望を味あわせてからでないと。まあ、感情に流されてお父様を射殺してしまったのですがね」
「射殺……」
その言葉にハヤトは覚えがあった。あの血で染まり、変わり果てた父の姿が脳裏に浮かぶ。父の遺体には確かに胸と頭に銃創があった。暗がりで見えづらかったが、あのCONEDs第二ビルのあの部屋に倒れていた父は銃によって殺されていた。それをやったのがフィオナなのか。
ハヤトはまた何か言いそうになる。しかしそれより早くヴィルが何かをフィオナに投げた。
「それを持ってさっさと帰れ」
綺麗に形を整えられたマナリウムの結晶。彼の言葉からするにあれがCONEDsの機密に違いない。
「ん。本物ですわね。いいでしょう」
フィオナはヴィルが投げた結晶体を雲の間から射し込む月の光に翳してそう呟いた。ヴィルも万が一の時のためにエヴェリンから預かっていたのだろう。苦労して奪い返したものではあったが、フィオナに渡したことを咎める者は誰一人いない。そうするしかないということを誰もが理解しているから。フィオナを感情的にさせればどうなるか。
そこには死が待っているだけ。
「では、さようなら。またどこかでお逢いしましょ?」
そしてフィオナは消えた。周りの死神も全て。
全てが霧散するように消えてしまった。
「ちっ。気取ってやがる」
カヤが吐き捨てて踵を返す。ヴィルは気絶したハルカを抱きかかえて車に戻ってきた。だが、途中でハルカは目を覚ましたらしく、途中から自分の足で歩いていた。もしかするとソフィアにいろいろされているから痛みには強いのかもしれない。ただやはり身体が左右にフラフラ揺れていたが。
ハヤトも歩き出し、しかしエレナが来ないことに気づいて声を掛ける。
「僕達も戻ろう?」
「……」
「エレナ?」
黙ったまま少しも動こうとしないエレナを訝しんでハヤトは彼女の名前を呼ぶ。それでも彼女は動こうとしなかった。そして振り返ること無く彼女は呟く。
「ねえ、ハヤトは――」
エレナが確かめるように呟く。もしくは縋るように。
「――ハヤトだよね?」
「え?」
一瞬、言われた意味が分からなかった。だが、何か言う前にエレナが振り返る。
「ううん。なんでもない。帰ろう?」
「あ、ああ」
踵を返してハヤトを追い越すように歩き出したエレナの背中をハヤトは少し困惑した表情で見つめた。
まるで手の届かない頭上の星を必死で求めるように、果てしなく遠い目的地に地図もなく歩いていくように、もしくは変えられない過去を覆そうとしているかのように、絶対にありえないはずのことを求め続ける彼女の気持ちがとても辛くて苦しくて――。
「あれ?」
分からない。
エレナの感情が何故かひどく感じられる。これも科学魔法の作用だろうか?人の感情を誰かに伝える、そんな類の。でも魔法をエレナが行使しているようには見えない。誰もそんなことをしていない。
ならばなぜエレナの感情がこんなに鮮明に伝わるのか。
気づけば頬を一筋流れるものがあった。それに驚いてハヤトは自分の頬に触れていた。その間も止まることなく涙が流れ続ける。
これは違う。
自分の感情なんかじゃない。
これはエレナの気持ちだ。
どうしてかわからないけれど、絶対にそうだ。
エレナの感情がそうさせた。
ハヤトは自分でも分からないが、そう確信していた。エレナは何かを求めている。いや、何かに縋り続けている。それが何かは分からないが、今、彼女の心が弱ってしまっていることだけは分かった。
分かりたい。
彼女が何をそんなに悲しく思っているのか。
何を考えているのか。
でも僕には支えられない。
だって、記憶がないんだ。
彼女を支えられるはずだった物がこの失った記憶にあるはずなのに、それを思い出せない!
分からない。
分からない。
分からないっ。
どうしてそんなに辛そうなんだ!
フィオナが現れてからエレナの様子がおかしくなった。フィオナが父を殺したという事実を聞く前に彼女はもう一人の家族を拒絶した。過去に何かがあったはずなのだ。けれど、エレナにそんな気持ちを抱いてほしくなかった。彼女には優しいヒトでいてほしい。もっと笑顔でいてほしい!
「エレナ!」
ハヤトの声と共に彼女が振り返る。今にも泣き出しそうで、その宝石のような青銀色の色彩が揺れていた。
それでもハヤトは言う。
「大丈夫だから。僕は、いや僕がずっと一緒にいるから!」
徐に歩き出し、彼女に歩み寄る。
こんな恥ずかしいこと普段なら言えない。それでも少しでもエレナの心にのしかかった重しを取り払ってあげたくて、そのまま言葉を続けた。
「何があってもずっと一緒だ!だから、もう泣かないで」
彼女の許に着くなり、ハヤトは彼女を抱きしめる。ふわっといいに奥が鼻腔を擽った。腕の中にある細い身体は本当に今にも折れてしまいそうで、繊細で美しくも儚い彼女が消え入りそうで。そんな彼女を少しでも支えるために優しく抱きしめた。大丈夫だと安心させたくて。
「大丈夫だから」
「うん……っ」
エレナは僅かに口角をあげた。抱きしめていて見えないが、そう感じた。ハヤトに伝わってくる感情も少しずつ和らいでゆく。心が暖かくなっていく。
「ありがとう……」
弱々しい言葉が一つ。二人はしばしの間抱き合い、そして身を離すと微笑み合った。
「じゃあ、帰ろっか」
「ああ、いつもの家に」
二人は並んで歩く。いつもの日常を目指して。
こうしてハヤトたちの、知りもしなかった世界の見学は終わったのだった。
彼らは帰る――。
本日も本小説をお読みくださりありがとうございます。
銃弾が逸らされたことについては勝手な見解ですが、空気中にあるマナリウムの一部をある形状になるようにある程度大きな結晶にしているのではないでしょうか?それによって空気中に簡素な障害物ができるので、それが銃弾を逸しているのかもしれません。と、考えるとマナリウムの結晶の強度は音速の三倍のライフルには負けるものの、拳銃ほどの音速を少々超える程度のものなら耐えることができる可能性があります。まるで骨ですね。勘違いされているけれど、骨って拳銃くらいなら当たっても弾けるんですよ。まあ、場所にもよりますが。
では今日はここまで。感想、評価、質問、お待ちしております。ブックマークもぜひ!またまた〜。




