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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
里面的世界編 第二章 平和の神 〜Unknowledge〜
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コンコルディア

「こちらの方が損する内容だな。話しにならん」


「……」


「第三の要求が呑めない以上、お前たちの秘密が語られなのは不公平だ。我々は君たちを知らない。もうそれだけでこちらは損している。それにお前たちを信用する要素に何がある?お前はそういうこともしっかり考えたのか?まさか自分の力に自惚れてやってきたのか?」


 自惚れてなどいない。そう反論する間もなく桑原は続ける。


「それともエヴェリン。お前は自分がやっていることが絶対の正義だとでも思っているのか?だが、この一般的な世界から見れば悪だろう。まあ、靴を舐めて乞い願うというのなら考えなくもないが――」


「貴様ッ!!」


 ダンッ、とテーブルを強く拳で殴りつける音が響く。横目で見やればサヤが歯をぎりぎりと歯を食いしばり、怒りを(あらわ)に立ち上がって桑原を射抜かんばかりに睨みつけていた。その形相はまるで親の敵を見るようなものだった。


「言わせておけばっ!今の言葉を取り消せっ!さもなくば――」


「…やめなさい」


「ッ!…………はい」


 エヴェリンがサヤが暴走しそうになったのを止める。これは彼女の悪い癖だ。エヴェリンが貶されたりするのを絶対に看過しない。それどころか怒りのあまりヒトを殺しそうなったこともあった。部下としてはとても頼もしいが、こういうことは少々難がある。


 エヴェリンは心の中で彼女の意識改善を本格的に検討し始めた。


「やはり信用ならないな」


 視線を前に戻すと桑原が僅かに(あざけ)るように微笑を浮かべている。そしてそのまま続けた。


「少し煽られたくらいで部下が統制を保てないなど、笑い話でしかない。先程武力と言ったか?しっかりした統制もないままに秩序だった行動ができるとは思えない。故に任せられないし、信用できない」


「っ……!」


 サヤは悔しそうに拳を握りしめ静かに腰を下ろす。エヴェリンを庇ったつもりになって、逆に自分がエヴェリンの統率力を疑われる行動をしてしまったのだ。迷惑を掛けてしまった。恥以外の何物でもない。


 このことから桑原はわざと煽ったのだと分かる。彼女はフロント企業と聞いて、武力を提供すると言われた時点で、エヴェリンたちが今では消えて久しい武力を伴うヤクザと同じものだと断じた。だからそんな感情的に動く者を抱える組織をすぐには受け入れられなかったのだ。


「しかしねぇ、桑原さん。それでも彼女はエヴェリンさんの言葉にすぐ従ったよぉ?上からの統制は取れてるんじゃないかなぁ?個人は知らないけどねぇ」


 佐倉がそう指摘すれば桑原は横槍を入れられたと思ったのか、少し不機嫌そうな表情になる。しかし次の瞬間諦観めいて嘆息した。


「確かにな。我々だって感情で動くことはある。少なくともここにいる彼女の部下は彼女が抑えられることが分かった。今はそれでいいか……」


 もう一度桑原はエヴェリンを見据える。


「まあ、今のはこちらが言えたことではなかったな。さっきのは冗談だと思ってくれ。……さて、お前たちに義務はあるのかな?」


「義務?それはどういうことだ?」


 カヤも詫びれない桑原を見て不機嫌そうに問い返す。ただ義務と言われても何の義務かが分からない。ヴィルもサヤも同様に眉を寄せる。一体桑原は何を求めているのだろうか。

しかしエヴェリンだけは思い当たっていた。


「…防衛の義務、ですか?」


「そうだ。そうでなければこちらは研究費以上に必要なマナリウムの増産をしても損でしかない。一つ一つのマナリウムの寿命は著しく短いから増やすだけで一苦労だ。それに掛かる金銭すらも払ってくれるのなら話は別だが…………毎月1000万は難しいだろう?」


「ううむ」


「……」


 エヴェリンたちの沈黙が降りる。1000万というのは、まあ高い方だ。払えなくもないがそれでは色々とこちらにも問題が出る。武力を伴う以上、密輸品や横流しための費用は欠かせないし組織に加入する全員の生活もある。物資が減少すればそれだけ士気が下がる。これからの作戦にも支障をきたすだろう。


 交渉が長期戦となることをエヴェリンは覚悟した。




「これはお互い譲歩できひんなあ。少し長引きそうや」


 五十嵐はこれから面倒臭い議論が交わされることに始まってもないのに嫌気が差していた。大抵の場合、ヒトというのは話す内容が多いと論点がずれてしまうことがよくある。それが彼女にとっては少しでもあるとイライラしてくるのだ。もしかしたら天才と変人の間で交わされる議論の論点はずれない可能性もあるが――。


「そう言えばまだ聞いていない大事なことがあったじゃないか」


 神崎が何かに気がついてそんなことを言うと全員が注目する。それに五十嵐は絶対論点がずれるだろうと予期し、眉を寄せて誰にも聞こえない音量で小さく溜息を吐いた。結局ヒトには変わりないらしい。


「聞いていないこととはあれか?」


「そうです。彼らの組織の名称を聞いていませんでした。知らないと色々問題でしょう?」


 逃げられた時に追いにくくなるのは確かだ。

 だが、早く終わらせてほしい。


 そしてエヴェリンはその疑問に答えた。


「…わたしたちは、コンコルディア」


 それはローマ神話の協調、相互理解、婚姻の調和の神、もしくはギリシア神話の平和の神の名である。そんな女神の名を組織の名前にするということは、つまりはそういうことなのだろう。


 五十嵐は少しエヴェリンのことが哀れに思った。自分でも意外なほどに哀れだと思っている。そして判りづらいが他の『管理者』も似たようなものだった。きっとエヴェリンの未来を憂いたに違いない。


 なぜなら彼女の夢は絶対に叶うはずがないからだ。絶対に誰もなし得ない、そんな理想(アイディール)。きっと何も変わらない。


 五十嵐は哀れに思いつつも論点を戻すべく口を開いた。



            †



 最初に感じたことは冷たく硬い何かの感触だった。そこで寝そべっていたせいで身体の節々が痛い。特に背中が。それに殴られた鳩尾に鈍い痛みが未だ残っている。床に触れた手が、この床がコンクリートだと伝えてくる。滑らかに加工されたそこに今横たわっているようだ。

そして寒い。思わずブルっと震えた。


 瞼を開ける。そしてそれと同時に自分が気絶していたことに思い至った。それから視線を巡らせる。見えてきたのは有機照明を張り巡らせた、煌々と部屋を照らし出す天井だ。


 どこだ、ここ……?


 突然知らない空間にいることに焦りと僅かな不安を覚える。しかし懸命に記憶を辿り、自分がエヴェリンに逢いに来たのだと思い出した。人気のない小ぢんまりした建物で、そこで会った青年をハルカが暴力的に気絶させて、そして包囲されて、エヴェリンが――。


「っ!」


 そうだ!二人は!?


 ハヤトは勢い良く起き上がる。そして見渡して、すぐ隣にエレナがいるのを見つけた。しかし彼女もハヤトと平行になるようにして横たわり、その花瞼(かけん)は可憐に閉じられている。


「エレナ?エレナ!?」


 ハヤトはエレナの肩を揺する。そうすれば彼女の瞼が僅かに震えた。それを認めてハヤトは安堵の吐息を漏らす。だから今度は優しくエレナの肩を揺すった。


「エレナ?起きて、エレナ」


「う、うぅん……?」


 暫くすればゆっくりとエレナの目が開かれた。その青銀の瞳が光で煌めく。相変わらず光が射し込む深い海のような宝石を彷彿させて、とても美しい。

僅かに見惚れているとその目とハヤトの目が合った。


「ハヤト?」


「ああ。大丈夫か?痛くないか?」


「うん。大丈夫。少し痛いけど……」


 エレナはやはり鳩尾の辺りを手で押さえ、上体を起こした。そして辺りを見渡して不安そうな表情を浮かべた。


「ここは?」


「分からない。けど、たぶん捕まったんだと思う」


 しかしこんなことになって外ではまた警察沙汰になっていないだろうか?もし長い時間、それも数時間も気絶していたのならば母が心配して捜索願を届けている可能性がある。


 いや、流石にそこまではないか。

 ソフィアも状況を把握しているだろうし。

 また、迷惑を掛けちゃうな。


「そう言えばハルカ姉さんは?」


「僕も今起きたばかりでわからないんだ。この部屋にはいないみたいだけど」


「そうなんだ」


 思い返してみるとハルカは手錠を3つも使って拘束されていた。あの身体能力だ。さらに拘束してどこかに閉じ込めている可能性もある。別の部屋に入れられた理由は分からないが。それにしても自分たちが拘束されていないのが不可解だ。逃げ出されるなんてことは万が一にもありえないと判断されているのだろうか。


 そう思うとなんか悔しい。


「どうする?」


「どうしようか?」


 互いに見つめ合い、それでもこれからどうするのか決められず二人は悩み耽る。ここには本当に何もないし、やることがない。一応扉はあるが鋼鉄で出来ていて開きそうにない。特に錆びているわけでもなく、よく手入れされているからネジの一本も外れることはないに違いない。確かめてみてもびくともしなかった。


 ひょっとすれば科学魔法で隙間を探して鍵を開けられるかもしれないが、実はまだそんな実践的なところまで学んでいない。精々目の前にある物を動かすか、マナリウムで形を作れるくらいだ。

それはエレナも同じような感じである。


 不意に可愛らしいくしゃみが聞こえた。


「うぅ、寒いね」


「そうだな」 


 エレナは肌寒そうにその細い腕を擦る。どうやら冷房が効きすぎているようで本当に寒い。凍えそうだ。息をすればそれは白くなった。これは異常に気温が低いと言わざるを得ない。上着の一枚も欲しいところである。しかし生憎今は真夏で、どちらも薄着をしている。改めて見渡しても暖が取れそうな物は一切ない。


「大丈夫か?」


「うぅん……」


 小さく唸る彼女は見た感じ大丈夫ではなさそうだ。エレナは身体を丸めて両手を擦っている。一体どうしてこんなに室内を寒くしているんだか。


 まさかこのまま殺そうとしているんじゃないだろうな?

 流石にないか。

 コストも効率も悪いし。


 ハヤトはエレナに歩み寄り、彼女の隣に腰掛ける。床が冷たい。

そしてハヤトはエレナの肩に腕を回した。


「ふぇ?」


「少しは暖かくなるかな、って」


 そう言って彼女の肩を擦ってあげる。少しでも暖かくなれるように。そこでふと閃いて、簡易的な魔法陣を描く。それによって僅かばかりハヤトが所有していたマナリウムが集合して半透明の膜ができる。それを背中越しに掛けてやった。きちんと機能しているかは別だが、少しでも熱が篭もるようにするための毛布代わりである。


 そして魔法陣が無くなっても解除されないように形状を固定させるプログラムを入力する。絶対ではないが大体は形状を保ってくれるだろう。


「どうだ?」


「う、うん……。だ、大丈夫。……ありがと」


 エレナはその膝に顔を埋めてその表情は見えない。それ故にハヤトは彼女がどういった心境なのか知らなかった。推し量ることも出来ない。




 実のところエレナはハヤトの男前なところを見て、顔を紅潮させていたのである。身体も密着していて暖かいが、普段異性がそんなに近くにいることがないためにどうしても意識してしまう。ただの姉弟であるはずのに、()()()()()を考えてしまう。


 そんな自分が恥ずかしくて、どうすれば良いのか分からなくて、何がなんだかわからなくなってくる。

ハヤトに自分の顔を見られたくなくて、もう顔を上げられなかった。


 ハヤトは分かってやっているのかな?

 無意識だったらどうしよう。

 でも、こういうのって誰にでもやりそうだよね。

 それにしても、近い……ッ!


 昼間はエレナの方が無自覚だったのに、今ではそれが逆になっていしまっていた。ハヤトも人のことは言えないのかもしれない。端から見るとお互い様としか言いようがなかった。


 そこで突如大きな金属音が外から響いてきた。

 その音の原因は――。


 本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。


 さて、今回の解説です。コンコルディアというのは本文にもあった通り、協調、相互理解、婚姻の調和の女神です。ギリシャ神話ではハルモニアーに対応する神ですね。ですからこの章の名称のような平和の神という意味合いは直接的にはないです。しかしディスコルディアという逆の特性を持つ女神がいて、ギリシャ神話のエリスに対応して不和と争いという象徴的な神がいます。しかも殺戮の女神であるエニューオーと同一視されていたそうですから、コンコルディアを平和の神と言ってもいいのではないかと私は思いました。そしてエヴェリンの組織がそういう名前なのは、彼女たちの目的がそういうことなんだろうと思います。世の中日本人が知らないだけでヤバイんでしょうね。


 因みに本文に出てきた1000万。あれはかなり適当な数字です。私にはどれくらい費用がかかるのか今の所さっぱりわからないので。でも桑原がざっくり1000万と言ったということは彼女も適当に言った可能性があります。彼女ならもう少し細かな数字を覚えているでしょうし。たぶん。しかし防衛の義務とか、同盟かなにかなんですかね?書いてて思ってしまいました。


 あとヤクザというのはトップに金が集中していく仕組みでトップが金持ちになっています。しかし本文にもあったようにエヴェリンの組織は仲間の生活も考えていますので、どちらかと言うと企業的側面があるのかもしれません。ですから安易にヤクザとは言えないですね。現実的かと言われれば謎ですが、彼女の組織はそうして大きくなっていったのです。


 では今日はここまで。評価、感想、質問、お待ちしております。ブックマークもぜひ。またまた〜。

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