起床
投稿して直ぐに読んでくださる人が一定数いることに正直私は驚いております。少し感動してしまいました。本当にありがとうざいます!
2051年6月22日(水)現在 日本国横浜市某住宅街
初夏のとある日。一つの部屋に朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。ただしそれは決して優しい光などではない。獰猛かつ暴力的な、執拗としか言いようのない夏の日差しだ。未だに6月で早朝7時前なのが、とても疑わしい。
その日差しがもろに瞼を照らし、その熱のために薄っすらと布団に包まる少年、ハヤトの額に汗が浮かんでいる。
正直それが非常に気持ち悪い。特に空気に晒されないパジャマの下の汗なんかはジメジメして本当に鬱陶しい。やはり春用のパジャマはこの季節には合わないのだろう。
しかし現状最も彼の機嫌を妨げているのは、この部屋に鳴り響く目覚ましのけたたましい音と声であろう。暑さなんて二の次だった。
『もう朝ですよ! 起きてください!』
「…うぅん……」
ハヤトはその音たちから逃れるように身を捩って掛け布団を頭の上に引き寄せる。その行為はただの悪足掻きで、やかましい音は布団の中にも容易く侵入してくるのだから何の意味も為さない。だが本能的にそうしてしまう。
ああ、どうして朝はやってくるんだろう。
いつまでもこの夢から目覚めたときの微睡みに浸っていたいのに。
もっとこの心地好いベッドに埋まっていたい。
至福の時を味わっていたい。
そう思いながらも思い出すのは先程までの夢。
誰かと手を繋いでいた、約束を交わした幼い頃の夢。約束が何だったのか、あの少女が誰なのか、今ではもう分からない。
ただ、大切な約束だったのはなんとなく分かる。
あの夢は悲しかった。別れが辛かった。例え夢であったとしてもいつまでも一緒に手を繋いでいたかった。絶対にあの少女はとても大事なヒトで、僕が求め続けるヒト。
なぜかそれだけは強く思えた。
そういうことを考えていても、そんなこと知るか! と言わんばかりに鳴り響く目覚ましと声。ハヤトが無駄な抵抗をしていると、ついに焦れたのか彼女が最後通告を投げかけてきた。
『起きてください!! 良いんですか!? 5分後に起きた場合の遅刻可能性率は67%、10分後は84%です!!』
遅刻可能性率――Rate of Late Possibility ―― とは文字通り、これまでの経験と現在の交通情報、気象情報、端末の所有者の体調、食事内容などを纏めて鑑み、その総合されたデータから算出される遅刻する可能性の確率である。
これのおかげで余裕を持った予定を立てることができ、交通状況を調べるなどの無駄な時間が大幅に減ったのはこの忙しいご時世ではありがたいことだった。
朝、学校や会社に行く時に急いで出る心配もなく、人工知能がこうして余裕を持って起こしてくれる。遅刻しないように出かけられるのは精神的に負担が少ない。特に交通状況を調べなくても確率を見るだけで大体のことが把握できるのは大きいだろう。
世の中では仕事の効率がこれによって大幅に上がったとか誰かが統計を取っていた気がする。
本当かどうかはよく知らない。多分精神的に健康にでもなったのではなかろうか。
しかしハヤトはその自分に掛けられた言葉でさらに気分を害された。顔を顰め、枕に顔を押し付ける。このまま不貞寝してしまいたい。
それでも学校を遅れるわけにはいかない。だから嫌々ながらも重い頭を持ち上げて、ベッドから足を出す。それしか彼に選択肢はなかった。
そしてベッドに座り込んだところでアラームも鳴り止む。本当はこのまま二度寝したい気分だが、またアラームが今まで以上に轟くことだろう。それを想像するとさらに顔を顰めてしまう。
目を開ける。辺りが白く染まった。
『おはようございます! 今日も張り切っていきましょう!』
ぼうとしながらも目を擦り、視線を巡らせる。
いつもの簡素な自分の部屋。あまり整理されていない勉強机に、ライトノベルや参考書で敷き詰められた木製の本棚。そして勝手に起動され、端末と接続状態となっているパソコン。その画面の中にいる濡れ羽色でミディアムの髪をポニーテールにした少女、《アサヒ》が溌剌と挨拶をしていた。
「さあ、今日も暑くてとても良い天気ですよ」
彼女は父の会社が独自開発したサポート人工知能らしく、小学校卒業のお祝いに貰ったのだそうだ。
非売品で世界に唯一の存在。謂わば特注品のような人工知能である。
とは言っても機能自体は一般販売されているサポート人工知能と遜色も特筆することもなくほぼ同じことが出来る。
例えば、様々なことを言葉で伝えれば瞬時にニュアンスを汲み取って検索してくれたり、細かな数値や膨大な資料を必要とするレポートをすぐに纏めてくれたり、困った時には親身になって相談を受けてくれたりとかなり普通のこと――人間ができることでほとんど違和感がない――を熟してみせる。
ただ決定的に他と異なることが一つ。
彼女はとても自己中心的な人工知能だ。しかしそれは人工知能という枠組みで見た時そうであって、一人の人間として見ると普通の少女に見える。
やりたくないと言えばなかなか仕事をしてくれないし、何も求めてないのに勝手にペラペラと喋り始める。内容も意味がないものが多い。
『あのモデル、服可愛いですね』
『あの小説面白かったです』
『私もアイス食べてみたいです』
『散歩行きたいなぁ……』
……etc 。
本当に何の意味を持ってこんな会話をしようとしているのか。人工知能の振る舞いは大分人間に近くなるように進歩してきたが、それは演じているだけで実際の目的は別にあったりする。だから本当に彼女がしたいことが何なのかさっぱり分からない。
とりあえずハヤトは軽く伸びをして彼女に返事をすることにした。
「ああ、おはよう。あのさ、もう少し静かに起こせないものかな……?」
起きない自分が言うのもなんだが、彼女の最後通告はほとんど脅しだから嫌いだ。もう少し優しく起こすことを学んでほしい。
しかし対する《アサヒ》は。
『もう、またそんなことを言って! 私だって最初は優しく呼びかけてますよ! こんな感じです! ……起きてください、ハヤトさん?』
それにはもう手弱女が発する言葉の抑揚と儚さがあった。いつもの彼女の言動を見ていると本当か? と思ってしまうくらい可愛げに。思わず少し半目になって《アサヒ》を見据えてしまった。
何か言っても仕方がないのだけれど。
「……まあ、いっか」
ハヤトはもう一度伸びをして頭を切り替えることにした。それからふらふらと立ち上がるとクローゼットに歩を進める。
今日もまたいつもの日常がやって来る。まずは身支度を済ませて出かける準備をしよう。
扉を開き、中を見渡す。見慣れた制服を確認してそれに身を包む。一年以上毎日のように着てきた制服は購入した時と比べてヨレヨレになっているが、まだ真新しさがある。洗濯以外はほとんど手につけていないからきっと素材が良いのだろう。
着ていたパジャマはベッドに脱ぎ捨てて、勉強机に置いてあった肩掛けカバンを肩に掛けた。そしてメガネ端末を胸ポケットに仕舞って辺りを見渡す。
忘れ物は、ない。
ハヤトは廊下に出るともう一度持ち物を確認し、静かに自室の扉を閉めた。
今より少し便利な朝――。
今回、遅刻可能性率というものが出てきましたが、実用性があるのかどうかは正直私にも分かりません。これを思いついたきっかけはNHKで2015年に放送された『ネクストワールド』の主人公がロボットに遅刻する確率だかなんだかを言われているシーンを見たことから思いつきました(うろ覚え)。
でも調べる負担がないのは良いことですし、人の込み具合もその確率に考慮されているのなら色々需要がありそう。空いている時間で、遅刻しない電車を選ぶとか。
前回のプロローグで夢のはずなのに少女視点の描写があることのついてなのですが、ちゃんと理由があったりします。それもかなり重要な事柄ですので、ヒ・ミ・ツ!
因みに≪アサヒ≫の意味ない言動は、”意味ある言動”として成り立っています。しかしこれもネタバレなので語りません。
感想、評価をお待ちしております。




