『管理者』と緊急会議
その頃、CONEDs でも騒ぎが起きていた。その予期せぬ事態に桑原代表を筆頭に最高権限保持者である『管理者』全員が駆け込むように会議室に集まったのである。ほとんどの者は表立っては冷静さを見せていたが、みんな色々といつもとは違っていた。白井など何を思ったのか実験の結果生まれたであろう双頭の蛇をネックレスの代わりに首から下げてきていた。あまりにも焦っていたのか彼女は最初そのことに気づいていなかった。彼女は暫くしてそれに気づいたが落ち着きを取り戻そうとなぜかその場で可愛がっていた。
周りがギョッとした様子であまり近づこうとはしなかったのは言うまでもない。
そして最後にやって来た男が会議室に入るや否や彼は声を荒げた。
「あの話は本当なのか!?何かの間違いではないのか!?」
この中で最年少である神崎哲也は今回起きたことを再度確認しようと桑原に問い詰めていた。今は冷静さを失っているが、この中でもかなり優秀な存在で機械工学の分野では天才と呼ばれている。ただ少しでも自分が不利になったり追い詰められたりすると荒れてヒステリックな傾向が強くなる癖があり、社会的にはあまり受け入れられていなかった。それでも冷静な判断を常にできる状態であるからこの会社に入れたのである。
しかし桑原は眉一つ動かさず冷静に断言した。
「事実だ。我々が誇る≪アサヒ≫が報告してきた。間違いはないそうだ」
「くそっ!こんな忙しいときに……!誰のせいでこんなことになったんだっ!?」
責任を誰かに転嫁しようにも神崎の優秀な脳はここにいる誰もがそんなことをしないと判断していた。だから行き場のない怒りを覚えて頭を掻きむしる。
彼らの話題はもちろん警察の強制捜査のことである。しかもその背後に大国の影があると言われれば、その脅威を知っていれば知っているほど危機感を募らせるものである。
「何なんだよっ!俺たちに、何をさせようとしているんだ……っ!俺らは何もしてないぞっ!?」
「まあまあ、落ち着きたまえ神崎君。冷静に情報を整理しなければ見えるものも見えなくなるだろう?浜崎さんがよく言ってたじゃあないか」
そう声を掛けたのは三十路をとうに越した優し気な雰囲気を纏う千藤司である。彼は特に突出した才を持っていないもののお金に恵まれた人生の中で様々なものを経験してきた実績を備えており、それ故か想像力が逞しく、『管理者』の中では最も科学魔法を使い熟せていた。主に彼は科学魔法の改良に着手している。
ただ理想がとても高く、それを周りが理解できないことや、何かを完璧に熟そうとしてしまうところがあるために付き合うにはそれなりの見地を必要とする人物である。
そして神崎はそんな彼の、というより一癖も二癖もある彼らを取り纏めた浜崎前代表の言葉で幾分か落ち着きを取り戻した。ここにいる誰もが多少は浜崎前代表を尊敬し、感謝している節があるのだ。
「え、ええ。すみません。取り乱しました……」
「結構結構」
千藤が愉快そうにうんうんと頷く。それを認めて桑原新代表が鋭い視線で全員を見渡した後、話し始めた。
「先ほども伝えたが、これはCONEDsの、ひいては我々のこれからの人生が懸かっている。そのため皆に意見を伺いたい」
「そうだなぁ。僕らはここ以外に居場所がありませんからなぁ」
語尾がなぜか間延びする話し方でそう言ったのは佐倉直人である。彼はコンピュータなどのソフトウェアに関しては突出した技術を持っており、CONEDsのセキュリティやその商品のプログラム開発は彼が率いていると言っても過言ではない。≪アサヒ≫のプログラムも彼がほとんど完成させたと言えばその力がよく分かるだろう。しかし彼もまた、集中すると周りが見えなくなって臨機応変というものが苦手という社会的に孤立しやすい性格をしていた。
噂では人工知能≪アリア≫の話し方は彼の話し方から来ているとCONEDsの会社員の中では言われている。もちろん証拠は何もない。
「個人的な意見なんですけどぉ……≪アサヒ≫に一任しても良いと思いますよぉ?それだけのスペックはありますぅ」
「確かに≪アサヒ≫のスペックならネットワーク上では早々やられるとは思いませんが……彼女だけにやらせるだけで良いのですか?」
白井が首を傾げて佐倉の意見に疑問をぶつける。しかしそこでまた声が上がった。
「待ってっ!?論点どこなんやっ!?警察に対する対策?それともその背後の国への対策?はたまた誰がどこに対処するかの話なんかっ!?」
それは恐らく関西出身の五十嵐伽奈であった。恐らくというのは彼女の出自を浜崎前代表以外誰も知らないからである。そして彼女は材料工学の分野で様々な実績を誇り、その分野の専門家たちからも注目されている。しかし過去には何を血迷ったのか、大小関わりなく生物から自在に新しい物質や既知の物質を作り出し、大量生産しようと試みようとしたことがある。それによって少し異端視されることもあった。例えばネズミの歯を金属にしてしまおうとしていたらしい。そのためか白井とはよく生物の分野で語り合っている。
しかし彼女も色々と欠点を抱えており、論点が確実でなくては話を進められないという堅物なのである。だから彼女と話すときは何を話しているのかを明言しなければならないのだ。
そしてこれに桑原が溜息を吐きつつ答えた。
「そうだな。論点は決めておこう。まずは誰が何に対処するのか決めておこう」
「電子世界は≪アサヒ≫に任せて良いと僕は思うなぁ」
「≪アサヒ≫。それで良いか?」
桑原が徐に問いかけると会議室に≪アサヒ≫の声が響いた。
『適任が誰か、ということでしたらそれは情報処理が最も高く、サイバー空間に常時接続できる私であると判断します』
「そうか。ならそうしてくれ。それと、警察と裏の組織。お前なら奴らにどう対処する?」
再び振られた質問に≪アサヒ≫は間髪入れずに答えた。
『私は実働できませんので、それはあなた方『管理者』のすべき行動として答えさせていただきます。私はあなた方に警察の対応をしていただきたいと思っています。名目上においてもほとんどの警官官たちもただの強制捜査として認識していますから、もしあなた方『管理者』が暗躍する国に対処するとそれが不審な動きとして見られ、CONEDsの立場を危うくさせる可能性があります。ですので決して警察以外には手を出さないで下さい』
「だが、それだと奴らを放っておくことになるぞ?その間に科学魔法の情報が漏れて見ろ。最低でも民主主義は滅びる」
神崎の言葉は少々過言に過ぎる気がするが、そういう可能性すらも科学魔法には潜在的に存在しているのである。そしてそんな彼の懸念に≪アサヒ≫が再び答えた。
『そこで機密に関してはある程度自由に動けるソフィアさんにお願いしてあります。判断能力も申し分なく、合理的に動けますから警察などに科学魔法を見られることはないと思われます。万が一の時は眠ってもらうようにしますが』
それを聞いて思い出したように虚空を千藤は見つめて、口を開いた。
「浜崎さんの娘さん、か……。確かに彼女なら決して無益なことはしますまい」
「でも、メインの敵に対処するのが我々ではなく、彼女とは。なんか、こう……」
「情けない?」
「そうです!情けない!私は出来れば彼女を巻き込みたくはなかったです」
「だが、彼女こそ機密の塊だから。結局は巻き込まれるだろ」
「神崎さん。いや、皆さん。論点がズレとるで。話題を戻しましょ?」
そして結局議論は長引くこともなく、随分あっさりとした結論で幕を閉じた。それは第一にCONEDsの機密は死守すること。それが叶わない場合闇に葬り去る。
そして第二に最高権限保持者達、『科学魔法の管理者』は普通を装って警察だけに対処する。
第三に電子世界は≪アサヒ≫が、機密の入った実物をソフィアが回収する。
こうしてギリギリになりながらもCONEDsは生き残りを懸けた戦いに、ハヤトは姉たちの生存を懸けた行動にその身を投じることになった。そして恐らく敵も自分たちのために手を抜かないであろう。これは生存戦略が入り乱れる、表の世界では一切語られない攻防の始まりである。
これは世界の分岐点の一つ――。
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