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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
極東動乱編 第四章 限界 〜Collapse〜
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希望と虚無

 前回は投稿せずに申し訳ありません。今後はできるだけ毎週投稿するつもりですが、また投稿できない週があるかもしれません。やりたいことが多すぎると、なかなか小説を書けないのですが、簡潔はさせるつもりなので、よろしくおねがいします。

 頭を下げるとその少女はちらりとこちらを見てから言った。


「……精神の強いことで」


 そしてそうつぶやくと今度は健二に話しかけてきた。


「どうして生きたいのかしら。こんな世界で生きるくらいなら、死んでしまったほうが楽だろうに」


 それに健二は頭を振った。声にならずとも頭を振った。


 そんなことはない。ただそれを伝えるように


「じゃあ、教えてくださいな。どうして生きたいのか。私に」


 少女はその水を見せつけるように言う。


「これを飲んだらで、いいから」


 健二が首肯するとペットボトルを投げ渡された。それに飛びつくように健二は受け取り、その中身を一気に喉へと通す。


「けほっ、けほっ!」


 思わず咽るも、それでも喉の乾きを満たすように飲み続けた。そして気づけばペットボトルの中身は空になり、その最後の一滴まで飲み干した健二はやっと一息を吐く。


「はぁ……」


 するとまた少女が話しかけてくる。


「話せる?」


 とりあえず健二はまた頭を下げた。


「……ぁりがとう。本当に、助かった……」


「助けたつもりはない。私は、あなたがこんな世界でも生きたいと思った理由を知りたかっただけですわ」


 そんな声を聞いて、健二は答えようとした。しかし口は動かない。視界もぼやけていく。ふと視界が傾いて、次の瞬間には彼の意識は真っ暗な闇に飲まれていた。




 パタリと倒れたその少年を見てその少女、フィオナは軽くため息を吐いていた。どうやら彼はあまりの疲労に気絶してしまったらしい。これでは話も出来やしない。


 恐らく先程近くで起きていた戦闘に巻き込まれて逃げてきたのだろう。平和ボケした日本人があんなところにいれば冷静になどなれずに非効率的な行動の末に疲れてしまう。彼もきっとその口だ。 


 それに比べ、フィオナはああいう命が簡単に奪われる環境には慣れている。慣れてしまっている。故に、ひっそり隠れる術も感覚で身につけていた。


 とりあえずフィオナは彼を別の場所に移動させることにした。少なくとも、ここは危険だし、聴きたいことが聴けない。


 運ぶことはなんてことはない。科学魔法でただ運べば良いだけだから体力を消耗することはない。


「私は何をやっているのかしらね」


 正直自分でも意味不明なことをしている自覚はある。フィオナの今の目的は全人類の殲滅による世界の破壊、だった。そのための準備はほとんど終わり、後は実行するだけになっている。


 方法は簡単。マナリウムを全人類に秘密裏に寄生させ、【プロトタイプ】を発動させる。新潟で手に入れた機密情報のダミーに書かれていた内容と、エヴェリンの発動させた【プロトタイプ】の解析からこの手段が現実を帯びた。


 副作用の結果、人類の妄想が形を成しているが、フィオナは気にしていなかった。


 もちろんこの手段を実行するに当たって確実性を求めるのなら、あと数ヶ月といったところか。


「……」


 それでもなぜかその最後のボタンを押せずにいた。何がそうさせるのか、彼女はそれを実行する気が全く湧いてこなかった。


 無気力とでも言うのだろうか。虚無感が心の内に広がって、今更になって自分の存在理由(アイデンティティ)が、価値の所在がどこなのかを見失っていることに気づいて何もやりたくなかったのである。


 ここまで周到に進めてきたこの力も、実行する気さえ起きないほどに。


 自分の憎しみをぶつけるために世界を壊そうとした。乾ききった心を満たすために世界を壊す力を持った優位性に酔った。世界で最も不幸なのだから、そのくらいの報酬はあってもいいとさえ思っていた。


 そうだ。子供っぽい愉悦感に浸ってるだけだったのだ。理性ではそんなことをしてもなんにもならないと分かっている。本当にほしいものが得られないことも分かっている。


 それでもその思考を曇らせ意識の外に飛ばしてしまう科学魔法の呪いと、もう後戻りのできない現実という名の過去のせいで進むことしかできない。戻る選択肢など、とうに存在もしていない。


 けれど、こんなにも世界が混迷し、全ての人間が笑みさえも忘れて絶望して明日の見えない今日を生きている。その様を見ているとあまりにも興ざめしてしまう思いだった。


 壊そうとしていた世界は勝手に壊れ、壊そうとしていたものは最早ない。死んでしまえと思っていたのに、長く苦しむように死んでいく彼らを見ていると悲しくなる。きっと世界中こんな光景なのだろう。


 自分で言うことではないが、心に残った優しさがこの誰でも不幸にする環境に忌避間を抱いている。


 私はなんて滑稽なのかしら。


 自分の境遇は確かに不幸だったと言えよう。しかし自分と同じか、それ以上の不幸の中死んでいくヒトたちを見ていると自分のやっていることがあまりにも幼稚に思えてならなかった。これはまだ始まり、これから長く苦しいことが待っている。


 経験者だからこそ、フィオナは嫌と言うほど理解していた。


 だからこそ、何もせず、ただただ無意味な時間を過ごした。やろうとしたことが先にやられてしまって、無気力に支配された。幸いなことに『管理者権限』の魔法を応用すれば食料に困ることはない。だからこそ、食料確保に使うはずだった時間で自分の今を見つめていた。


 そんなところにやってきたのがこの少年だった。見た感じ、ハヤトやエレナと同い年くらい。金髪に染めていたのか頭の上以外は染めた形跡がある。それなりに普通に生きてきたのだろう。


 そう。フィオナには得られなかった普通の暮らしの中で。


 羨ましくないと言えば嘘になる。いや、どちらかと言えば嫉妬心か。それを恋い焦がれて、そしてかつての生活を取り戻すためにこの国に戻ってきた。どんな犠牲を払ってでも帰ると覚悟して、実際にたくさんの命を切り捨てて帰ってきた。


 まあ、結局全部壊してしまったけれど。


「この辺りでいいか」


 それからフィオナはとある建物の一室に入っていった。そこはミサイルで半壊した小さめのホテル。その一室だ。ビルの半分が崩れてしまっているから誰も近づかないのだろう。崩れると危ないから。


 しかしフィオナには関係ない。『管理者権限』の魔法と、辺りに飽和して結晶となったマナリウムがあるこの場所ならビルが崩れても巻き込まれることはない。

死ぬなんてことはない。幸いなことにこちらを狙ってくる存在もない。


 そしてフィオナは放置されたベッドの上に少年を寝かせて一人また崩れた床の端に座り込み、砂色となった横浜の街を見下ろしたのだった。



            †



 気づけば知らない天井が視界に映り、知らない匂いがした。そのまま首を回せば半分崩れた部屋が目に留まる。風が吹き込んでくるそんな場所の、今にも滑り落ちそうなベッドの上に健二は寝かされていた。


「え……? な――っ!?」


 そのあまりにも異常な状況に健二は思わず飛び起きていた。


 それと共に耳を劈く銃声。


「!!!!」


 思わず暴れだそうとしていた身体がその音で硬直していた。そして数瞬後に流れる冷や汗。


「あ、起きただけか」


 その銃弾を放ったらしい少女は詫びれることもなく発泡した拳銃を懐にしまう。それからまた横浜の街に目を向けてしまった。


「……」


 健二はとりあえず今自分が置かれている状況を確認することにした。まず此処はどこかの崩れたビルの中で、その一室のベッドの上に寝かされている。そして健二が起きた瞬間にあの少女は自分に向けて銃弾を放ち、なかったかのように振る舞っている。


 思わず振り返ってみれば壁に銃痕らしきものがある。その場所と少女の場所から考えてどう考えても健二の頬の近くを掠めていったとしか思えない。彼女の腕が悪かったのか、奇跡的に当たらなかったのかは分からない。しかし反射的に殺されかけたことに健二は唖然としてしまった。


 暫くの間、声が出せないほどに。


「声は出せますか?」


 少女がこちらを見ずに訊ねてくる。それに健二はベッドから立ち上がりながら答えた。


「えっと……問題ない……。助けてくれてありがとう……」


「別に礼を言われるようなことはしてませんわ。ただの……気まぐれ」


「それでもありがとうと言わせてほしい。あそこにあなたがいなければ死んでた」


 そうだ。あそこで水を手に入れられたからと言っても、健二はそのまま死んでいたかもしれない。健二のように逃げた人が、僅かな水を巡って健二を殺したかもしれない。


 実際そんな事件を目の当たりにしたことがある。だからあの時、あの場所でこの少女に出逢って水をくれて、こんな安全――人為的ではないという意味――なところに連れてきてくれなければどうなっていたか。


 だからこそ、そういう意味も兼ねて感謝の言葉を送らなければならない。それが、まだ残っている平和な日常の一部だと思えるから。それをしなくなった時、自分たちはその欲によって過去の日常を捨て去ってしまうと思うから。


 対して、少女は特に表情を変えること無く、両足を抱えて縮こまっていた。


 まるで自分を抱きしめるかのように。


 そんな時だった。


 ぐぅと、まぬけにもお腹が鳴る音が響く。それは健二の腹の虫だ。どうやら、極限状態から開放されて空腹を意識してしまったらしい。


「……わりぃ」


「別に。人間はそういう生き物なのでしょう?」


「人間って、お前もだろ?」


「……」


 少女は沈黙する。そして返事の代わりに何かを投げ渡してきた。


「一応それは食べれますわ。味の保証はしませんけれども」


「これが?」


 投げ渡されたのは青い結晶だった。ここ最近街中で時折見かけるものだ。一体何なのかは分からないが、夜になるとほんのり明るくなることから健二たちのように外でバラックを作ったり、ホームレスのように生活している国民の間で就寝灯(ベッドサイドランプ)として使われている。


 最近はこれの近くで変な噂が目立っていたが、明るさを保てて火のように逐一管理しなくて良いことから重宝されている。


 その結晶の見た目から誰も口にしなかったのだが、この少女曰く食べられるものらしい。


 本当か?


 恐恐と一口食べてみる。まずは齧り付いてみて。


 ……。

 硬い。そして味がしない。


 いや、味はするのだが、何というのか、生っぽい。この見た目から想像もできない生っぽさがあった。そう。どこか生肉のような感じがする。しかし生肉かと言われても首肯しかねる。


 生肉のような風味をしながらも、吐き気を催すような気持ち悪さがない。この硬さも相まって生の軟骨が一番近いだろうか?


 うぅん。


 でも、肉にしてはボロボロと崩れるし、なんだこれ?


 総評すると、これは不味い。食べられないわけではないが、できれば食べたくない味だ。調理すればそれなりのものになりそうだが、それにもかなりの労力がいるに違いない。下手な料理をすればさらに不味くなることだろう。


「ありがとう。上手く料理すればもっと良くなりそうだけど、これで空腹はしのげるよ」


「これが料理に? 私にはそうは思えませんわ」


「調理場があればどうにかできると思うけど……ま、こんな状況じゃあしょうがないよな」


 世界が前のように平和なら健二もこれを美味しく食べるための研究をしていたかもしれない。彼の将来の夢はシェフになって自分の店を持つことだった。そしてその店の味でたくさんのヒトを幸せにする。最早その夢が叶うかもわからないが、これくらいなら今の自分の腕でもどうにかできる自信はある。


 まあ、調味料さえも手に入れるのに苦労する今じゃできないことだ。


「そろそろ私の質問に答えてくださらない?」


「えっと、なんだっけ?」


 その少女はため息を吐いた。まるでもう一度言うことが面倒くさいと言っているようだった。いや、呆れてるのか?


 悪かったな。

 俺はバカなんだ。


「どうしてあなたは生きようとするのですか? こんな地獄よりもひどい世界で生きていてもなんにもならないでしょうに」


 その質問に健二はゆっくりと、しかし明確に首を振った。


「それは違う。こんな世界だから俺は生きようと思ってる。何もできずに死ぬなんてゴメンだ。何も分からずに殺されてたまるか! 俺は俺の生きたいように生きる! 地獄だからって諦めてやるもんか」


 それから、と続けて。


「まだ、終わりたくない。俺は俺の思い描く夢がある。それを否定されようとも俺はその道をいく。きっと皆そうだ。だから皆協力して、この危機を乗り切ろうとしてるんじゃないか。違うのか?」


「……」


 その言葉に、少女は何も返さない。けれども無表情な瞳が前髪の隙間からこちらを見ていた。


「お前は死にたいのか?」


 健二は問う。そんな質問をするくらいだ。この少女は死にたいと思っているのかもしれない。


「死にたい、か……。どうなのでしょうか。私は生きたくもないし、死にたくもない。……何もしたくない」


 再び少女は俯き。


「あなたは希望を持っているのですね。私には、もう……ない」

 未来に対する正反対の見方――。


 本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。


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