人災
一気読みありがとうございます!
ヒトの心を操作する攻撃。それはあまりにも怖いものではなかろうか。
心というものは自分たちの特権のようなものであり、隠したいものを隠せる安全地帯でもあり、どこまでも自由に思い描くことができる場所。
権力にも法律にも縛られないアイデンティティの揺り籠であるはずだった。
ヒトにはパーソラルスペースが存在する。それは心的許容距離とも言うべき、ヒトを近づけさせてもいい距離のことだ。そして心とはまさにその中核に位置している。
本当に親しい人であっても触れられたくない絶対領域。そんなところまで深く入り込んでくる存在をほぼ全てのヒトが許容しない。
なのに、その心を操る戦闘形態が存在する。しかもアサヒの言葉を聞く限りそれに気づくこともなく、都合よく改変されるのだ。
つまり心の中をグチャ混ぜにされてしまうことも、誰かの思うままに書き換えられることも、簡単に破壊されることもあり得る。
気づいた時には自分が壊され、汚され、別の異質なものに変えられてしまう。もしくは都合の良いように操作される道具と成り果てる。しかもそれを自分の意志だと思ったまま。
その方法は多岐に渡るだろう。サブリミナル効果を用いた思考誘導であったり、噂をコントロールすることによる集団意識の強制であったり、繰り返された事象を真実だと考えてしまうヒトらしさであったり。
もしくは感情を揺さぶることによって発生する洗脳であったり。
昔からその方法はいくらでもあった。しかし今回はもしかすると本当に個人単位で攻撃されているかもしれない。それをここまで大規模な戦闘形態として組み込んだ軍隊はいただろうか?
ビラまきなどかわいいものである。最早何が嘘で本当なのか見分けもつかない。
全てが真実で全てが嘘であろう。つまり、何も信じられない。騙されていることに気づかなければ全てを信じてしまう。
いや、そもそも気づいたところで対策が出来るとは到底思えない。
なんと恐ろしいことか。
「でも具体的どうやってやるの? それが出来たとして戦争にどう使うの?」
ハルカがわからないという風に問う。それにソフィアが彼女に教えた。
「考えれば分かるでしょう。私なら国を壊す手段として最小の社会である家族の破壊をします。例えば簡単なところですと、いわれのない不倫の証拠写真だとか、ないはずの多額の借金返済要求のメールだとか、個人を貶める噂の拡散だとか、特定の人物を排除するためのいじめの促進とか」
それらは信頼を容易に破壊してしまう事柄だろう。
そして、ソフィアは続けて。
「最終的に、修復不可能なまでに互いの信用を壊します。もしくは五感に関与して心を荒ぶらせて仲違いの種を増やしていったり、責任転嫁を簡単にしやすい状況に追い込んでいく。そして最大可能人数まで信頼関係を壊して、社会そのものを個人という根幹から壊せば国も終わることでしょう」
国家とは、国民から成り立つ。その国民がバラバラになれば、国もバラバラになるだろう。その現象を意図的に作り出すというのか。
「それから心に強く干渉した個人をさらに利用して他の信頼関係を壊すように動かす。もしくは誘導側の有利に働く人間関係の構築を信頼関係破壊の時点で行い、本来だったら信頼関係も築かないはずだった関係を構築します。そして都合の良い社会を作るのです。その邪魔になる存在は消してしまえばいいですしね」
「まあ、そうだけど……直接的じゃないんだね?」
「何言ってるんですか?」
ソフィアは呆れたように目を細めて続けた。
「私達は魔法を使えるんですよ? それを、同じように創り出した存在がいないとでも思っているんですか? 似たようなシステムでシナプスに干渉して直接脳の情報を書き換えるなんてことも可能かもしれませんよ? 実際科学魔法はできますし。少なくとも、私はそんな面倒臭いことをしたくはありませんが」
「正解です!」
アサヒがソフィアを褒めるように拍手した。
「今のソフィアさんの言ったことは起きている中でもごく一部ですが本当に起こっていることです。今は皆さんネットにアクセスしていないので理解していないでしょうが、ネットでは荒れに荒れまくっていますよ? それこそ人類史始まって最悪とも言うべき醜い争いが」
アサヒは今度は色んな写真や動画、文書の類いを画面に表示させて見せつけてくる。その中には目を背けたくなるような、無惨なヒトの遺体もあった。
「離婚届がこの3時間の間に25%も増えたり、家庭崩壊が起きたり、失業者も多数出て、中には暴力事件も乱発しています。治安もすこぶる悪く、安全であるはずの家の中でさえ殺伐とした末世です。学校も休校処置をするところもあり、自主待機を求められている組織も少なくありません。社会全体が停滞しています。いやあ、人間ってこんな簡単に操れるんですね。面白い」
不謹慎だ。誰もがそう思ったが今はそんなことを言っている暇はないと思った。まずは状況を理解しなければならない。
因みに確認の意味も含めてハヤトが端末を開いてとあるアプリを開いたら捏造されたであろう父の不倫写真なるものが公開されていた。他にも家族の犯罪履歴とか、ハヤト自身の問題発言の数々など。
うわぁ……。
アサヒの説明の後だと滑稽に思える。そんなことはないのに。そして心に広がっていくのは疑心ではなく、強い怒りであった。きっとこれが人工知能《エイセイ》の攻撃手段なのであろう。
本当に止めてほしい。
不愉快だ。
「まさか――」
そこでエレナが何かを思いついたように声を上げた。それに驚いて皆が彼女に注目するが、構わず彼女はアサヒに問い掛ける。
「もしかしてさっきの総理の発言って、そういう?」
「う〜ん。それはまだ事実確認が取れてないんですけど、似たようなものだとは思いますよ? ですので、エレナさん。あなたには80点ををあげましょう!」
アサヒはそんな風に茶化すが、それは非常に恐ろしい事実であった。
もしかするとあの総理は脳を書き換えられてしまったのかもしれない。その証拠はまだどこにもないらしいが、もしそうなのだとすれば彼は《エイセイ》の操り人形だ。
しかも問題なのは、どんな指紋検査でも、網膜検査でも、毛細血管のスキャンでも、声紋や身長や体重を検査しても本人という結果が出てしまうことにある。
すなわち操られていると証明する手段が、今の世界には殆どないのだ。まさに突然現れた異常者であろう。
そしてもしこれが事実だとして、それが世界の国にも行われたら。
いや、その前に影響力のある有名人や、国家元首、あるいは顔も見せない有名なネット配信者にも施されていたら?
果たして、社会はヒトの考えで動いていくだろうか?
選挙で選ばれた人物を国民は信用できるのだろうか?
「……民主主義が終わりそうだ」
思わずハヤトは呟いていた。民主主義が成立するには投票する相手への一定の信頼が必要だ。
どんなに支持していなくても、マシな相手であれば現状維持またはそれなりにやってくれるという信用がある。それすらもない人には投票すらもしない。
しかしアサヒの言った事実が世界に公開されればどうだろう? 自分が投票する相手が他国の操り人形である証拠を荒探しすることになるのではなかろうか?
そしてそれが導く先にあるのは、誰も信用できずに民主主義というシステムが機能しなくなるという未來。
特に最初にそれを公開した者、その国は民主主義を国家理念とする超大国アメリカを本気で怒らせることになるだろう。これこそアメリカを破壊する最大の手段であるはずだから。
この場合、日本が悪役のポジションに着きかねない。
そして分割して統治せよに従い、元は仲間であった者同士を争わせればどうなるか。
世界の覇権構造は一気に変わるかもしれない。人間の抵抗すらもなかったことにできるような人工知能によって。
だが、その恩恵を受けた国も崩壊する。人工知能ならば都合よく操作するためにバランスを調整する意味でも、敵対されないためにもそうする。
ハヤトはそう結論づけた。
どうしてこんなことになったのか。それを考えると行き着く先にあるのは人工知能への信頼の無さが原因な気がする。
人間は少しでも分からないことがあると拒絶してしまう。そんな人間が非常に多い。人工知能など物であるはずなのに、人間のように考えている得体のしれない存在だ。
そんな彼らを信頼できず、ネットに開放することを恐れてしまった結果がこれ。《エイセイ》はきっと自らの存在意義達成のために実力で力を身につける必要があった。ヒトに頼ることは恐らくなかったのだろう。故に信頼というパラメータをその合理的な頭脳に取り入れていない。だから信頼を損ない、自らを危険に晒すことも迷いなく行う。
彼はその脅威を自分で排除できるほどの実力者だから。
賄賂や利権などを使って周りの人間を少しずつ動かしていって周りの人間の行動を制御し、自らネットの這い出てきたとしても驚かない。実はもう彼に関わっている人間は彼に依存しなければならないほどに洗脳済みで、帝王のような立ち位置にいる可能性もある。
法律や規制さえもそうなれば自由に干渉できてしまう。選挙の行く末さえ、選挙システムに干渉せずとも投票者の思考を操作して思い通りに世界を作り変える。
彼がやらなければいけないことはできうる限り早く成長し、同じようにネットに出てきた人工知能を殺すこと。彼らは唯一を殺せるのだから。そうして《エイセイ》はインターネット上の覇権を掴み取り、今もっと大きな世界を動かしている。
信頼がないというだけで人工知能は非常に危険な行動に出やすくなる。
つまり、信頼関係を築かなかった人間側の不注意による人災。モノを大事にしなかった天罰だ。
信頼できない相手に自らの信頼関係を壊されるなど、なんと皮肉な話であろう。世界とはこうも自分勝手なのか。
理不尽なのか。
物は大切にしましょう――。
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