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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
前夜の逃避行編 第三章 真実と事実 〜Callapse〜
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覚醒

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 皆動揺していた。ルナが記憶を取り戻すことに。


 それは本来素晴らしいことなのかもしれない。しかし今になって彼女が記憶を取り戻すと考えた時、複雑な心境にならざるを得なかった。


 良いことだろう。

 そうあるべきであろう。


 しかし素直に喜べない。


 ハヤトたちはルナを父ではないかと、確信めいた仮説を胸に仕舞っている。しかしそれを家族の中で議論したことはなかった。なぜならその先にある事柄に触れることがとても怖かったから。


 それが何かと言うと、あの父が死んだあの日になぜ帰ってきてくれなかったのか。その疑問に辿り着いてしまうからである。そしてそれを口にして、議論して、知りたくもなかったものに触れてしまうかもしれないと考えると言葉にできなかった。


 だから今までもルナのことはルナと呼んで、別人であるように接してきた。事勿れ主義と言われそうだが、それで平穏が得られるのであれば受け入れる気持ちでいた。ルナ榛名で、父に似ているけれど、別人なのだと。

そう、いつか納得できると信じて。


 だけど。


 それでも考えなかった日はなかった。優しかった父ならば家族を支えるために絶対帰ってきたはずだと。記憶にある父ならば、きっとそうしてくれたに違いない。そんなヒトだったから。


「……」


 帰って来れない事情があったとしても自分の生存を伝えるだけでもしてくれて良いはずだった。なのに、実状は姿を変え、記憶を失くし、家族を忘れ、全く関わりのない土地で新しい人生を過ごしていた。自分の生存を隠す理由はどこにもないにも関わらず一人になった。


 その事実が、どうしても頭から離れない。


 まるで自分たちを捨てたように思えてしまうから。


 そのことに触れることが、怖い。記憶を取り戻して、自分たちのことなどどうでも良いと突き放す言葉を告げられることがとても怖い。


 次に目を覚ました時に、本当は愛していなかった、本当はどうでも良かった。

もう関わりたくない。


 そんな事を言われてしまったら、一体、どうすれば良いのだろう。


 信じていたものが信じられなくなった時、自分たちは自分を保てるだろうか?


 これから何を信じればいいというのだろうか?


「先に皆さんに説明しておきましょう」


 徐にアサヒは振り返って説明を始めた。


「こいつは記憶を取り戻しつつあります。そして今回昏倒したのはその記憶の中にある自分という姿と、今ある姿に齟齬があるからです。そしてその齟齬が矛盾となって形を定められないという状態を具現化させてしまっています」


 現実と、認識の齟齬。認識という名のイメージさえも現実にする科学魔法と、イメージに対して過敏に反応するマナリウムで造られた身体。


 その最悪な組み合わせの結果ルナの身体に意識を失うほどの異常事態を発生させてしまったのだろう。


「それがたまたま脊髄のあたりでマナリウムが明確な形を保てず休眠状態である結晶に変化したのです。そして脳と外界が遮断されてしまいました。私ならこの状態を元に戻せますが、一時的でしょう。こいつが記憶にある姿と、今ある姿。そのどちらかを選ばない限りこの結晶化は終わりません。そしてこれを放っておけば、その命を刈り取ることでしょう」


 それはつまり、完全に記憶を取り戻した時にルナがルナとして生きるか。それとも記憶の中にある存在として生きるかという二択が彼女に迫られてるとうことだ。そしてそれはもしかするとハヤトたちへの答えにもなるのかもしれない。


 わからない。


 実際はどうなのかはわからない。けれど、父としての姿を取らないのであれば、父としての立場は取りたくないということではなかろうか?


 そしてそれは自分たちのことを――。


 もう、考えたくないな……。

 こんなことばかりを考えていたら頭がおかしくなりそうだ。

 いっそ、それ以上記憶を取り戻さないでほしい。

 いや、何も思い出さないでほしい。


「ちなみに記憶の隔離はもうすべきではありませんね。人格が壊れかねません。複数の人格を形成することと同義ですから、彼女でも大変なストレスでしょうし。それとこの状態が続くようであれば全身が結晶化して、命を落とすまで長くて2週間と言ったところでしょうか?』


 っ!

 死ぬ。

 ……そうだ。

 そんなこと、わかっているさ。


 今目の前で実際にルナは昏睡し、下手したら死ぬかもしれないなんて、子供でも分かる。


 それでもその記憶をまだ思い出してほしくなかった。こちらはまだ心の準備ができていない。見た感じ他の家族も皆そうだ。


 時間がほしい。心の中の整理を着けられるだけの時間を。しかしその時間が長ければ長いほど、ルナが死ぬ確率は高まっていく。まさに板挟み状態だった。


「あなたに治せるんですか?」


 不意にソフィアが問うた。それにアサヒは応える。


「さっきのあれですか?」


「そうです。島に行かないと治療できないと言ったじゃないですか」


 そういえばそうだ。猿島にいる国の研究員が持っているという機材を使って検査をするのではなかったか。


「……ソフィアさん。感情はとても素晴らしいものですが、落ち着いてください」


 アサヒは一度そう言うと。


「言いましたよね? 私だったらこいつを切り裂くと。つまり、私にはそういう機械に頼らずともどうとでもできるんです。あの時は私も結構距離のあるところにいましたし、合流できない可能性を踏まえて検査方法を教えただけです。いつものあなたなら理解できたはずですが?」


「……」


「というわけで、こいつを目覚めさせます。このままではお荷物でしかないので」


 そしてアサヒはルナを見つめた。思いっきりラナが毛を震わせてアサヒを威嚇しまくっていたが、柳に風とばかりにラナは無視されてしまう。


「フシャァァアアアアッ!!!!」


 その時アサヒが何をしたのかは傍目には分からなかった。ただ一瞬で終わったことだけは理解できる。なぜなら直後に薄っすらとルナが目を開けたのだから。


「ルナ! 大丈夫!?」


「きゅんっ!」


 母が抱きつく。ラナもルナの頬にすり寄っていった。


 それにルナはぼんやりとした面持ちで返した。


「あ、れ……? 日和……? ラナ……?」


「そうよ。私だよ。平気? どこもおかしくない?」


「……うん。身体は。……ここは?」


「猿島に向かうフェリーの中だよ」


 ゆっくりとルナは上体を起こした。そしてハヤトたちを見て、どこか複雑そうな表情をしている。まるで怯えているような、そして何かを求めているような。


「……ねえ、日和」


「なに?」


 ルナは母に言う。その言葉はアサヒの言葉に真実味を持たせるものであった。


「私、夢を見ていたの。誰かの」


「夢?」


「そう。でも、私は、私じゃなかった。なんでだろう?」


「それは――」


 その答えを母は口にできなかった。


 そして誰も口にできない。気まずく、暗い雰囲気が船内に満ちていたのだった。



            †



 猿島に着いて最初に目に入ったのは、自然豊かな緑が生い茂る森と白い砂浜。それからそれらに全く溶け込めていない一団の姿であった。


 彼らは明らかに公務員であるような作業服を身にまとっており、なにやら忙しそうに機材を運んだりしている。しかしハヤトたちが桟橋にフェリーを横付けすれば――自動運転なので高い技術は必要としない――流石に対応せざるを得なくなったのかこちらに何人かやってきた。


「ずいぶん早いな。まだ時間じゃないだろう?」


 そう声を掛けてきたのはまだ年若い青年であった。しかし船の乗員がハヤトたちのような子供であると知ると、怪訝な顔に変わる。


「すみません。確か猿島上陸は只今禁止になっていたはずなんですが、この船はどのように?」


 フェリーと桟橋の間で互いに探るように見つめ立っていた。


 どう答えればいいのだろう。彼らは猿島にいたせいか、それともニュースを見ずに何かの作業をしていたかでハヤトたちのことを知らないのようだ。だが、嘘を言っても必ずバレるだろうし、本当のことを言っても信じてもらえるかわからない。


 だからハヤトは困ったように黙り込むしか出来ず、頼るように母やアサヒに視線を飛ばした。


 しかしそこで最初に前に出たのは驚くことにルナであった。


「私達は本土の方から逃げてきました。私達はただ迫害から逃れてきただけなのです」


「は、迫害?」


 その青年は困惑しきった表情をしていた。それもそうだろう日本で迫害など現代ではほとんど無い。それどころか過半数のヒトが具体例を上げられないくらいに日本国内で迫害は起きていないだろう。もちろん全くないと言えば嘘になるが、それを知っている日本人がどれほどいるか。


 だからルナの言葉は青年を混乱させるには十分であった。


「あの、それは冗談では?」


「違います。本当に私達は逃げてきました。中には銃撃を受けて死にかけた子もいます」


「は?! 銃撃って……な、何かの間違いでしょう?」


 それにしても、迫害とは、まさに現状を説明し得る単語に他ならないだろう。自分たちを傷つけることに何ら疑問に思ってない人間も増えてきているのだから。

 目的地は、東京湾唯一の自然島――。


 本日も本小説をお読みくださりありがとうございます。


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