もう一つの家
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さてそれからは何があったのかと言えば特に大したこともなく、ハヤトは曽祖父母の家の中をエレナと共に探索していた。
この家、実は結構不思議な間取りをしている。それは歩いてすぐに理解できた。
まず家自体が大きい。広さだけなら一般的な家二軒分くらいの広さを誇っているのではなかろうか。それでいて斜面に沿う形で各階が造られており、まず一階がどこなのかよくわからない。
だから一般的な数え方である一階、二階のような数え方が通用しなかった。
普通に下から数えてしまうと、一階の上に三階があって、三階のちょっと下に広い二階があって、その二階の上に四階があるのである。そして玄関が二階にある。
こんな構造、複雑過ぎて建築の意図が分からない。絶対普通の一軒家じゃない。それこそ文章では表現しがたい。
だから玄関がある階を仮に中一階とするのなら一番低い場所が下階。その上にあるのが中二階。そしてベランダがある一番上の階が上階と言った感じの方がしっくりくる気もする。
だがそれも正しい表現なのかは怪しい。
兎に角、構造が変わったな大きい家であることだけは確かだった。
不思議な家だ。
観察した限り各階に至る通路で木材の材質が異なるから、増築され続けてこのような形に落ち着いたのだろう。
しかしこれだけ増築するとは、一体どれだけ金持ちだったのだろうか?それにお墓もとても大きかったし、昔の浜崎家は本当に金持ちだったのかもしれない。
年代的にバブルの影響もあったのだろうか?
いや、微妙にズレているか。
「なんか私、異文化振盪みたいなの受けてるんだけど。ここほんとに日本だよね?」
「間違いなく日本だ。多分、僕たちが知らないだけの……」
エレナの異文化振盪という言葉にハヤトは共感していた。
実際関東と九州との違いを肌で感じ取ってしまっている。言葉では上手く表現出来ないが、空気が違う。
まるで限りなく日本に近い異次元にやって来たのではないかと錯覚してしまった。
それ故に少々緊張してしまっている。
特に台所で今、その緊張を和らげるために飲んだ水の味だけでも違和感を感じ取れてしまう。これもまたどう表現すればいいのかわからないのだが、横浜と味が違うのだ。
いつも飲んでいる上水と何かが違う。端的に言うのならそれは水道水に限りなく近い――ハヤトとエレナにとってであり、一般的な見解ではない――水であった。
実際のところ日本全国で浄水場や水源が異なるのだからどうしてもその成分は異なるものになって水道水に味の違いが出るのは当たり前である。
それも横浜と九州ではあまりにも距離があり、味が全く同じになるとすれば奇跡的なものに違いない。
しかし二人にはなかなかこの違いは衝撃的だった。まだ味の違いからまずいと感じていないだけ幸運だったかもしれない。
実際、世の中には美味しくない水道水というものがあったりする。
因みに沖縄旅行の際は水道水をそのまま飲むということはなく、ペットボトルで買っていたため気づいていなかった。だから水道水の違いを実感したのは初めての経験でもあった。
だが、衝撃がそれだけではないことも文化的振盪を感じた要因に違いない。
信じられないような大きな墓を目にし、構造自体が摩訶不思議な家に訪れ、そして生まれて初めてディーゼル車に揺られ、その運賃システムがバスのそれであることに吃驚した。
それに周りの町並みもどこか昔懐かしい雰囲気の家々だったためまるで少し前の時代にタイムスリップでもしてしまったみたいだとも感じている。
まあ、実際のところ平均的な場所なのだが、都会に住む彼らにはそう映ったらしい。
近くに自然豊かな森や山があるのもその感覚を加速させていた。
これらは二人の中の現代日本とはイメージの異なる日本本土、それも地方の姿であった。
「あっ。今はあまり蛇口からそのまま飲まないほうがいいと思うよ? お腹が丈夫なら大丈夫だけど」
ふと隣でカレーを温めていたルナがそんなことを言ってきた。
「そうなのか?」
「うん。この間浄水場で事故か何かがあったみたいで、今はあまり綺麗じゃないんだよ。飲めなくはないけど、お腹弱い人には辛いかな」
珍しいこともあるものだ。
水道管の管理不足とかか?
「それにこの辺りって水の確保が難しいっていう噂がある地域でね。最近はほとんど無くなったけど、何十年も昔はたまに夏とか街を支える貯水池も干やがっちゃうんじゃないかってくらい水が無くなることがあったらしいよ。渇水ってやつだね。まあ、事実は知らないけど」
「へえ」
まさか水資源が世界でも突出して豊富な日本でそんな地域があるとは思いもしなかった。水が無くなりそうになる時期があるだなんて。しかも離島でもなく、九州という本土で。
そしてルナは聞いてもいなのに、細かな情報をとても楽しそうに語ってくれた。
なんでも世の中には水源余裕率というものがあるらしい。それがこの地域では全国平均よりも低いのだとか。この水源余裕率とは、一日最大配水量に対して確保している水源水量がまだどのくらい取水できるかを百分率で表したものらしい。
公式ではマイナスになっていて最低限供給できる水も確保できていないとなっているとは。しかし実際はそんなことはなく、普通に生活が出来ていて、何が起きているのかはよくわからないという話をしてくれた。
最後は、世の中って不思議だね、という意味深な感じで締めくくられた。意味が分かった時に何が出るのか、少し気になる。
つまり、自分で考えてみよう。
そんなことを言われているようだった。
「ふ〜ん」
そう言えば父の薀蓄でこの辺りの地域は人間には知覚できないほど低速に海に沈みつつあるとか言っていた気がする。
大昔の噂程度だとも言っていたけど。もしかしたらそれが影響して水資源が比較的少ないのだろうか?地質学はあまり触れてこなかったからよく分からない。
それでも水が大事なのは世界のどこへ行っても同じだろう。それで最近は紛争も起きていることだし。
でも、今のルナの薀蓄の話し方、父さんみたいだったのが印象的だった。
「そう言えばそれってルナが作ったの?」
エレナが鍋の中身を覗いてルナに訊ねる。それにルナは笑顔で頷いた。
「そうだよ。ちょっと張り切りすぎてたくさん作っちゃったんだ。皆が来てくれたからすぐになくなるだろうけど、何考えてたんだろうね、私。一人暮らしでこんなに食べ切れないのに」
言われて見れば確かに小さめの鍋を3つも使ってカレーを温めている。こんな量を一人暮らしの間に作るなんて物凄いミスをしたものだ。
まあ、それが家族皆が集まったことで腐らずに消費されようとしているのだから僥倖だったと言えよう。
これだけの食材が捨てられるのはもったいなさすぎる。
だが、エレナが気になっていたのはそういう話ではなかった。そしてそれはハヤトも同様かもしれない。そう思う理由はそのカレーの匂い。そして香りにあった。
それにただ困惑することしかできない。なぜならそれはとても懐かしく、二度と嗅げないと思っていた香りであったから。
「よしっ! そろそろいいかな? ハヤトとエレナもご飯つぐの手伝ってくれる?」
「うん。いいよ」
「わかった」
そうしてカレーを人数分装うために食器を取り出そうとした時だった。
「うぎゃぁぁああああっ!!」
上階から響く叫び声。あまりの声量に三人は目を見開き、肩を跳ねさせてしまった。声からしてハルカのものだ。
一体、何事だ。
それにハヤトは変な想像を巡らせてしまった。自分の知らないところでまた家族に誰かが魔の手を伸ばしてきたのではないか、と。
流石にまさか家の中でそんなことがあるとは思えないが、どうしても嫌な想像をせざるを得なかった。だから何かを言う前にハヤトは駆け出していた。その後をエレナも追いかける。
リビングのカラカラと鳴るガラス戸を開けて声の聞こえた上階に向かっていった。そして上階の和室に至り、障子を開ければそこには尻もちを突いたハルカと何やら物騒な魔法陣を描いているソフィアの姿がある。
そして二人の視線は部屋の隅に当てられていて――。
「どうしたっ? 何かあったのか?」
ハヤトがそう声を掛ければソフィアが目だけでこちらの存在を伺い、すぐさま前に視線を戻した。
「大丈夫ですよ。なんか変なのがいたので捕まえようとしてるだけです」
「変なの? いや、というか何捕まえるんだよ。そんな魔法陣描いて」
ソフィアが描いていた魔法陣。それはよくハルカを捕まえる時に使っていた〈羈束〉の魔法だった。
魔法陣を見る限りとにかくマナリウムで以ってがんじがらめに固めてしまうものらしく、ハルカのような猛獣の如き強力な相手を縛り上げるためのものである。
そんな物を見せられて大丈夫で安心できない。
ハヤトとエレナは警戒しつつ、ソフィアの視線の先に目を向ける。するとすぐに彼女の言葉の意味が分かった。
なんと部屋にある床の間の隅、そこにソフィアの言う通り見たこともない変な生き物がいたのである。白くまん丸ふわふわでクリッとした黒い目が特徴的な可愛らしい何かが。
だが、ハヤトもエレナもそんな生き物を見たことがなかった。そしてそれ以上の問題も視界には映っている。
「っ!? ハルカ姉さん! 大丈夫!?」
エレナとハヤトはハルカが怪我をしていることに気づいた。ハルカの手からは彼女の血が滴っており、再生はしきっているがかなり出血していた。恐らくあの叫び声は怪我した時に発せられたものなのだろう。
「あれがやったんですよ。何なんですかね。毛がまるで振動カッターのようでしたよ」
ソフィアの言葉にもう一度その生き物を見ればこちらを睨みつけて毛を震わせているようだった。
「フシャァァアアアアッ!」
しかも驚くべきことにその毛の振動で土壁が削られて砂煙が舞っている。今にも穴が空きそうな勢いだ。それくらい抉られている。
あれに触れればハルカと同じように怪我をすることは必然であろう。
どう見ても警戒度マックスだ。完全に敵視されている。これは些か危険かもしれない。
しかし不意にそこに現れる銀色の影。
「あっ! ラナッ! 何やってんの! 土壁は傷つけちゃダメでしょ!?」
全く警戒すること無く背後から現れたルナがその不可思議な生物に走り寄っていった。
それに四人は吃驚してしまう。このままルナが怪我をするのではと思った。
しかし。
「よーしよし。ごめんね?ほったらかしにしちゃって」
「きゅぅぅん」
先程の敵対視はどこへやら。その生き物はルナに抱かれると共におとなしくなってルナの胸に抱きついていた。そして可愛らしい声も聞こえてくる。
それをルナが優しく撫でている。まるで子供をあやすようだった。
「それはあなたのですか?」
ソフィアが不思議そうに問う。するとルナは振り返って。
「そうだよ。私が創造した生き物。私と同じ考えのヒトがいなければ世界で唯一無二の姿じゃないかな?」
「生物の創造……?」
その時のハヤトにはソフィアがとても困惑しているように見えた。そしてかなり動揺しているようにも思える。
確かに生物の創造なんて白井くらいしかハヤトは知らなかったが、まさかルナもやっていたとは。正直驚いた。そしてどうして彼女がそんな高度なことができたのかも気になる。
けれどソフィアの動揺はハヤトのそれとは少々違うようにも思えて。
「ラナ。このヒトたちは私の家族なの。何も心配要らないんだよ?」
「きゅん?」
「か、ぞ、く。見つかったんだよ」
「きゅんっ! きゅんきゅんっ!」
それに賢そうだ。見た感じルナの言葉を理解しているように見える。
そしてルナは未だ座り込んでいるハルカに歩み寄って。
「ごめんね。この子はラナっていうんだけど、痛かったよね? 怪我は大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
なんとも不思議そうにハルカがルナの言葉に返す。そしてルナの差し出す手を取り、立ち上がった。
しばしハルカはラナという生き物を覗き込んで。
「その子、可愛いね」
「そうでしょう? 抱いてみる?」
「え? 痛いのはイヤ」
明らさまにハルカは手を引っ込める。対してルナは柔和な笑みを浮かべ。
「大丈夫大丈夫。さっきは誰か分からいヒトだらけだから暴れただけだよ。今は家族って分かってる筈だから大丈夫だよ?」
そう言われてハルカは恐る恐るルナからラナを受け取った。そしてラナが暴れるような様子もなく、簡単に腕の中に収まっていて怪我したところを尻尾で撫でていた。
「くすぐったい」
「それが良いんだよぉ」
和やかな雰囲気が漂い始め、しかし――。
「あれ?そう言えば、火って消したっけ?」
「あっ! いけないっ!」
そのエレナの呟きに、ルナが勢い良く部屋を飛び出していってしまった。少しの間だったとはいえ、カレーの入った鍋を温め続けたのである。焦げてしまうのは想像に難くない。
「戻ろっか」
「そうだな」
そうしてハヤトたちも中一階に降りていったのだった。
可愛いけど、危険――。
本日も本小説をお読み下さりありがとうございます!
個人的には色んな地域に行くと色んなカルチャーショックを感じるのですが、これって一般的なんでしょうか?海外はよく聞くけど、日本の地方の交通ルールだけでも地域ごとに慣習というものが違ってカルチャーショックを受けるものです。
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