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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
憎悪と呪縛編 序章 変わっていく世界 〜Suspicion〜
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残りの二つ

 ブックマークありがとうございます!

 その帰り。ハヤトとエレナが桑原研究室を出て、扉を閉めた時だった。


「ん?」


 ハヤトのメガネ端末の視界に着信を知らせる表示が現れる。それはエレナの端末にも表示され、彼女もメガネ端末を掛けた。


 次の瞬間、着信に出るまでもなく勝手に会話が通じた。


『もしもし?ちょっとお話したいことがあるんですけど、聞いてくれますか?』


 視界に現れたのは濡れ羽色の髪を持つ少女、《アサヒ》だ。彼女はいつものように現れた。本当に彼女の前では全ての端末のセキュリティは意味を為さないらしい。例え着信拒否をしようにもそもそもそんなことはできないだろう。だからその辺りに関してはハヤトもエレナも諦めの境地にいる。


 まあ、もう慣れてしまったが。


「どうかしたか?」


 そこでハヤトは少し疑問に思う。普通、《アサヒ》はこんなところで足を止めさせてまで声を掛けてくるだろうか、と。思わず足を止めたのはハヤトとエレナではあるが、無意識にそうすることだって彼女は分かっていたはずだ。本来なら電車の中とか、家とかどこかに移動する必要がない時を見計らうものではなかろうか。実際彼女は今までもそうしてきた。


 だから彼女にしてはあまりにも拙い行動な気がしてならない。それに急いでいる雰囲気もないから、急用でもないのだろう。


 何しに来たのかな?


 しかしわざわざこのタイミングを狙ったのだとしたら大事な話なのは間違いない。もちろんそれが何なのかをハヤトもエレナも理解できるわけではないのだが。


『ハヤトさんとエレナさんは憶えていますか?エレナさんが攫われた時のことを』


「そりゃあ、もちろん」


「憶えてるよ」


 忘れるわけがない。エレナが攫われて大切な家族を失うところだったのだ。それにその後のことも考えればあまりにも濃い一日だったのを憶えている。逆にあれを忘れられたのなら、きっとハヤトは非情で冷徹な奴に違いない。


 そしてそんな二人の様子を見てから《アサヒ》は言葉を続けた。


『私はあの時ハヤトさんに私に対する命令権を3つ与えました。それは憶えていますか?』


「そういえば……」


「そんなことがあったような……?」


 確かあの時は家族の日常を手に入れるために《アサヒ》に対する命令権を望んだわけもなくハヤトは手に入れていた。結果的に《アサヒ》の力を手に入れて一年という猶予を得ることが出来た。その結果が今の平和な生活だ。例えば新潟に行った時のように自ら危ない道を歩もうが、《アサヒ》のおかげで普通に過ごせている。証拠はないが恐らくそうだろう。


 それをハヤトとエレナは互いに確認するように目を見合わせた。そして思い出してしまう。今、ハヤトは《アサヒ》という想像もできないほどに強大な力に対して命令できる権限を持っていることを。


 まあ、そんな代物を扱える器ではないとハヤトは自覚しているので、自主的に何かを命令しようとは思わない。だって余りある力を振るって何が起きるかわからないからだ。例えば家族に何らかの被害がある可能性も考えられる。それは何も知らないのに核ミサイルの発射ボタンを押すような、簡単だがとんでもない危険性と同義だと少なくともハヤトは思っている。


 つまりはリスクばかりが大き過ぎる。


『今回、ハヤトさんに2つ命令を出して貰いたくて。私のお願いを聞いていただけますか?』


 その時の《アサヒ》は普段の彼女とは違って願うかのような乞うような、どこか弱々しい雰囲気を纏っていた。自信満々に何かを解説したり、淡々と冷静に話したり、元気溌剌に会話をしてきた彼女の姿は今ここにはない。ただお願いを聞いてもらおうと下手に出ていた。


 それがあまりにも彼女らしくなくて、ヒトではないと分かっていても彼女の力になりたいと思ってしまった。もちろんハヤトだってこれが《アサヒ》のアナログハックだと理解している。それでも敢えて無視するのはヒトとしておかしいことのように思えた。それに聞くだけならタダだ。


「僕に何をさせたいんだ?」


 確認するように問えば、《アサヒ》はお願いの内容を語りだす。


『難しいことではありません。残りの2つの命令権を使って私に権利と制限を与えてほしいのです』


「権利と制限?」


『はい。まず1つ。今後不利益になるであろう私の中にあるデータを誰の承認もなしに消去することができる権利を私にください』


「いいのか?それ?」


 《アサヒ》のような人工知能(AI)はデータという名の記憶をヒトのように失ったりしない。忘れるということを知らない。忘れることができるとしたらそれは消去という手段でしか不可能なのだ。そしてヒトのように曖昧に忘れることも、完全に忘れることも自由自在。だが、忘れるということはデータを欲しているヒトや自身の成長に悪影響を及ぼすはずで。


 そんな皆のためにあるデータを勝手に消去する権利を得て、何をするつもりなのだろうか?もし消した後に『管理者』とかがその情報を欲した時、彼女はまた一から調べ上げるなんて労力を費やすのだろうか?


 非効率的だ。


 だがそれでもハヤトはそこまで致命的な命令だとは思わなかった。なぜならそういうことは必ず《アサヒ》は理解しているはずで、圧倒的に優れた知能を持つ彼女が誤って必要になる情報を消すとは思えなかったのである。


『続けますね。2つ目は――』


 それを聞いた時、ハヤトとエレナは心底驚愕し、目を見開いた。


『――私が『管理者』を殺すことを禁止してください』


「「え?」」


 意味が分からなかった。《アサヒ》とは『管理者』のために在り、CONEDs の存続のために在る。だからハヤトとエレナの中では『管理者』に害する存在だとは全く思ってなかったのだ。なのにわざわざ《アサヒ》は自分に『管理者』を殺させないように命令してほしいと言ってきた。


 意味が分からない。


「どういうこと?なにかあったの?」


 エレナが問う。しかし《アサヒ》は。


『大丈夫です。今の命令さえいただければハヤトさんたちに危害が及ばないように調整します。お願いします。その2つの命令を私にしてください』


 はぐらかした。それを二人は気づいたが、わざとはぐらかせたと分からせたことを踏まえれば触れられたくないということを察せられる。


『そういう未来の可能性が決定的になったと言うだけの話です。エレナさんにも聞いてもらったのは色々理由はありますが、お二人で支え合ってほしくてですね。どうにか頑張ってください』


 その言葉にひどく不安にかられてしまう。なぜなら《アサヒ》の言葉からは何かがこれから起きると読み取れるから。また何か嫌な出来事が起きるのではないかと思えてならない。もしそれが大切なヒトたちを巻き込むものだとしたら?


 見ているだけなんてできないっ!


「僕たちに何かできることはないのか?」


 何もしないなんてありえない。それで何かあった時に後悔するだろうから。


 しかし。


『今回ハヤトさんやエレナさんにできることはありません。首を突っ込めば死ぬだけですし、家族の皆さんを危険な目に合わせるかもしれませんよ?』


「そんな――っ」


 《アサヒ》がそう言うのなら、そうなのだろう。彼女にはヒトには理解できない未来が見えている。それは裏付けされた未来予知にも等しいビックデータからなる未来予想だ。ハヤトたちの存在が邪魔なら邪魔になる。仮に彼女の予想しきれないことがあっても、それはハヤトたちには何もできない状況に追い込まれるシナリオになっているのかもしれない。


 つまり、ハヤトたちは無力だった。


「あれ?もしかして」


 そこでエレナが何か気づいたように《アサヒ》に問うた。


「ハヤトに命令権を3つも持たせたのって、この時のため?」


 ハヤトもエレナの言葉を聞いてはっとした。恐らく《アサヒ》はハヤトを利用、もっと柔らかく言えば頼ったのだろう。命令権をハヤトに与えた時点で『管理者』以外のヒトからの命令が必要だったに違いない。その命令の内容が未来が決まったことによって今決まった。そんなところだろうか。


 そして《アサヒ》はさも当たり前かのように頷いてみせた。


『私がそんな簡単に命令権をヒトに譲渡するわけがないじゃないですか。それこそヒトで言えば自らの心臓を差し出す行為ですよ?信用できるあなた達だからこそ、です』


「そうか……」


『だから、お願いします。私を、助けてください』


 その言葉に、ハヤトは頷くことしかできなかった。《アサヒ》の力になりたいという気持ちもある。けれど、今のハヤトには何もできない自分にできることがこれしかなく、少しでも力になりたいと望んだからであった。


 それにこの命令が自分たちに危害を加えるものとは思えなかった。逆に自分たちを守るための手段だとも思えた。だから彼女の望むように命令する。


「わかった。《アサヒ》。お前に誰の承認もなしにお前の中のデータを消去する権利を与える。そして『管理者』は絶対に殺すな」


『分かりました。命令を受諾。これよりこの命令は有効となります。以降、他の命令と同じく命令内容を変更する場合は『管理者』の協議結果に依存します。ハヤトさん。本当にありがとうございました』


 そのまま《アサヒ》はエレナに向き直って。


『エレナさん。今の話を聞いてハヤトさんも思うところがあるかもしれません。一緒に相談しあってください』


「うん。わかった」


 それでは失礼します、と言って《アサヒ》の姿が視界から消えた。それを認めて二人はメガネ端末を外す。


「何が起きるんだろうね」


「さあな」


「誰かが裏切るってこと?」


「かもしれない」


 桑原の話もある。『管理者』の誰かが裏切って《アサヒ》に『管理者』を殺させる命令を発する可能性すらあるかもしれない。それを危惧しての行動だったとすれば辻褄が合う。《アサヒ》の存在意義に『管理者』()()の生存という条件はない。一人でもいれば充分なのである。


 つまり裏切り者が『管理者』を殺す手段として《アサヒ》をさっきまで使えたということになる。命令を取り消すには『管理者』が一定人数会議を行って決めなければできないことを考えれば、先手を打ったのだろう。


 しかしそれはとても怖い想像だった。


「なら、私達がやるべきことは」


「しっかりバイトをこなすことだな」


 二人は互いの目を見て頷き合う。まだ自分たちにもできることがあるはずだ。このバイトに就けば確実に『管理者』を調べることはできる。その時に裏切り者を見つければいい。


 そうして二人は力を合わせ、未来に歩み出す。

 《アサヒ》の言葉の意味するところは――。


 本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。


 それでは、今日はここまで。また来週の日曜日にお会いしましょう。またまた〜。

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