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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
沖縄本島編 第三章 黄霧四塞の影 〜Transfiguration〜
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一日の終わりに

 その日の深夜。漸く床に就いたハヤトは布団の中で一息吐いた。


 肝試しではかなり怖い思いをしたが、それからはもう関わらろうとせずにホテルに戻った。だってあんなところに積極的に行こうなんて思えない。命の危機さえ感じてしまう。


 それからは大きな浴室で疲れを癒やし、風呂上がりのアイスと冷房とテレビで心も落ち着かせると流石に眠気が襲ってきた。思えば、昨日もほとんど寝れていなかったのだから当然である。寝不足のせいか、皆は元気でもハヤトはもう寝てしまうことにした。


 時計の針は10時を示している。いつもより2時間早い就寝だった。


 今日はハルカは別室で寝てもらうことになっている。今日は熟睡できるだろう。それに元気な家族は隣の一室で団欒しているからハヤトは今静寂に満ちた部屋でのんびりすることができた。時折防音壁の向こうから騒がしい声が聞こえて周りに迷惑にならないかと心配になったが疲れていたので気にしないことにした。


 今は、物凄く眠い。


 歯磨きもして顔も洗ってパジャマに着替えると自然と眠気が倍増する。いつもの寝る前のルーティンだからか、もはや反射反応にまでなっているのかもしれない。パジャマに着替えた瞬間、欠伸が出たほどだ。


 そんなことを考えていると部屋の扉が開く音がした。さっき物凄く怖い思いをしたから思わず身構えてしまう。そして警戒するようにその気配に意識を向けた。

しかしそれも次の瞬間には霧散して安心に変わった。


「きゃっ!?」


 可愛らしい小さな悲鳴とバタンと何かが倒れる音。それで思わずハヤトは首だけを持ち上げてその方向に目を向けた。


「大丈夫か?」


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


 そこにいたのはエレナだった。彼女も愛らしい薄桃色を基調としたパジャマを着ていて、結んでいた髪も全部解かれている。エレナも寝に来たのだろう。


「まだ眠ってなかったから大丈夫だ」


「そっか」


 そしてエレナは隣のベッドに潜り込んだ。ハヤトも目を瞑って枕に頭を預ける。


 それからどのくらい時間が経っただろうか。静かな時間が暗い室内に満ちている。あんなにも眠かったのに、それでも先程の怖い体験のせいでなかなか寝付けない。怖いことばかり考えて、じっとしてもいられない。ただただ布団の中で寝返りを何度か打つ。そのままでいたら足首を突然掴まれやしないかと考えてしまうほどに落ち着けなかった。もしかしたらそのままどこかに引きずり込まれて――。


 いやいやいやっ!

 ないないないっ!

 そんなことあるわけない!


 無意識に身震いしていた。


 眠りたいのに、眠れない。

 目を瞑っても頭がずっと冴えてる。

 肝試しなんてするんじゃなかった……。


「ねえ、ハヤト。起きてる?」


 不意に声が掛かった。それで目を開けるとエレナと目が合った。有機テープライトの淡い光の中、彼女の白銀の髪がキラキラと輝き、その宝石のような青銀色の瞳が瞬いている。


 綺麗だな、と改めて思った。


「起きてるよ」


 そう声を掛ければエレナは少し困ったような顔をして口を開いた。


「少し話さない?なんか、寝付けなくて」


 そこでハヤトは気づいた。エレナが妙に掛け布団を抱き締めていることに。それを認めて、ハヤトはエレナも怖いんだなということに気づいた。先程のことをハヤトと同じく思い出してしまうのだろう。自分と同じ気持ちであることにどこか嬉しくなってしまう自分がいて、ちょっと申し訳なかった。


 そしてハヤトも自分が怖さから来る寂しさを覚えていることを強く感じた。


「いいよ」


 そう言えばエレナは安心したように目を細めた。その笑みがとても可愛らしい。


「ありがと」


 そして最初に話題を出したのはハヤトだった。


「エレナはみんなと話さないのか?」


 皆まだ隣の部屋で騒いでいる。エレナはその輪に入らなくて良いのだろうか?


「うぅん。なんかさ、みんなして怖いドラマ見始めちゃって、それならもう寝ようかなって」


「なるほど。そりゃあ、そうだな」


 あんなことがあったのだ。ハヤトだってもう見たくない。今思い出しただけでも身体が軽く硬直してしまうくらいなのだから。


 すると今度はエレナが話し始めた。


「ハヤトは昼間あまり元気なかったけど、大丈夫?」


 海の家で倒れていたことだろう。そう言えばエレナは事情を知らなかったような?


「ああ。もう大丈夫だ。あれは全部ハルカが悪い」


 何があったのかをエレナに説明すると彼女はとても同情的な顔をしてハヤトを見つめた。


「それは……ご愁傷さま」


「うん……あいつの隣で寝るのは自殺行為だ……」


「ふふっ。確かに」


 本当にあれはもう二度と経験したくない。というか下手したら寝ている内に彼女の蹴りで殺されかねないのではないだろうか?彼女の脚力を考えれば普通に内臓の1つや2つ潰れていてもおかしくなかった。今思うと運が良かったのではないかと思えてきてハヤトは別の意味でまた身震いしてしまった。


 だから話題を変えるべく思案して、ふとハヤトは花火大会での美枝を思い出していた。


「なあ、エレナは将来の夢って何かあるか?」


「将来の夢?難しいな……」


 なぜこれが思い浮かんだのかと言えば、美枝の将来の夢が壮大であったからだ。自分は彼女のような立派な夢を持っているわけでもない。彼女のような度胸があるわけでもない。しかしそれでもあのような大きな夢を持つことに憧れてしまった。だから将来の夢について思案して、ふとエレナの夢が気になったのである。


 そして不意にエレナは、ふふっと笑った。どうしたのだろうとハヤトが首を傾げれば彼女は口を開いた。


「前にもこんな風に夢について話したね」


「あ、そう言えばそうだな」


 まだ父が死んで間もない頃、帰り道で夢について語ったことがある。あの時は思い浮かばなくて平和なんて言ってしまったけど、今ならしっかり未来を見据えて考えられる。しっかり思考を巡らせられるほどに心に余裕がある。確かに平和になってほしいとは思うけど、それはハヤト自身のしたいことではない気がした。


 だから真剣に自分の夢も思い描いてみる。将来。自分は何をしているのだろう。まだ何になりたいとかは明確には思い浮かばない。ただ一つあるとしたら、父のように何かを成し遂げたい、だろうか。


「そうだなぁ……」


 少し悩むようにエレナは目を伏せ、そして思いついたようにまたハヤトと目を合わせた。


「学校の先生。なれるかはわからないけど、結構楽しそうだなぁって」


「先生か。確かに毎日忙しそうだな」


「ね。あ、でもその時は髪を染めないとなぁ。教育委員会とかうるさそうだし」


 そう言ってエレナは自分の髪を弄った。


「確かにな」


 ハヤトはエレナの言葉に同意しながらも複雑な気分だった。結構そういうところは社会的に厳しいところがある。白銀の髪では非常識と思われるかもしれない。しかし確かにそうかもしれないけど、ハヤトにとってそれは少し淋しい気がしたのだ。見慣れているからということもあるけれど、その美しい白銀の色が隠れてしまうのは残念な気がする。


 もったいない。


「ハヤトは?」


「僕は、ええっと……」


 もう一度考えてみて、ふと閃いたものがあった。


「技術者」


「技術者?」


「ああ。僕は父さんみたいな技術者になりたい」


 将来の夢を思い浮かべた時に最初に出てきたのは父の仕事姿だった。真剣な眼差しで何かを見つめていたり、想像に耽るように虚空を見つめたり、自分の世界に浸っている姿を。それを見ていていつも思っていたことがあった。


 それは父がどんな世界を見ていたのだろうか、ということだ。父は必ず誰にも思い浮かばない世界を見ていた気がする。そんな世界を自分も見たくなった。ただ誰も知らないことを発見してみたいという気持ちがあった。

そんな冒険心というのか、探究心というのか、新しいことを見つけていきたい。創っていきたい。


「うぅん。でもなぁ」


「ん?どうしたの?」


 しかしもっと考えてみてそれは疑問に変わった。


「よくよく考えてみたらよくわからなくなった」


「え?」


 エレナが不思議そうに首を傾げる。

でも、本当によく分からなくなってしまったのだ。


 何かを知りたい。誰もが予想しなかった新しいことを見つけたい。


 その気持ちは本当である。けれどだからといって技術者でなければならないわけじゃない。新しいことならそれこそ冒険家とか、生物学者とか、天文学者、数学者などでも良いはずだ。


「新しいことを見つけたいんだけど……でも、それなら技術者じゃなくてもできるなと思って」


「そっか。でも、良いんじゃない?まだそんなハッキリ決めなくても」


 確かにそれもそうだ。別に今決める必要はない。


「いつか、なりたいもの見つけられるかな?」


「きっと」


 そして再びハヤトが問うた。


「明日、どうする?」


「最終日だよね?」


「うん」


 明日はこの旅行の最終日。昼の那覇からの飛行機に乗って東京の羽田に飛び立つ。だから沖縄を満喫できるのは明日の午前中が最後だ。本当にあっという間のことではあったが、まあ、ハヤトの場合修学旅行でも来るだろうから見れていないところもその時に見れることだろう。


 それでも家族との沖縄旅行は明日の午前中が最後。皆で思い出を最後まで残そう。


「どうしようかなぁ。意外と住宅街とか行ってないし、でもまだ海辺も見ておきたいし」


「食べ物もまだ食べてないのがあるよな。沖縄の料理ってなかなか食べられないし」


「あ、それは私も思う。そうだ!お土産とか探しに行こうよ」


「お土産か。じゃあ、明日はお土産を見に行くか」


「うんっ!」


 そうやって二人は微笑み合う。いつしか二人の心からは不安は消え失せていた。


「そろそろ寝ようか」


「そうだね」


 しかしそこでハヤトはエレナがまだ何か言いたそうにしているのを見た。


「どうかしたか?」


「あの……さ……。一つ……お願いしていいかな……?」


「ん?」


 なぜだろう。エレナはもじもじとしていてすぐには何も言わない。顔もほんのりと紅い。目も少し泳いでいてなかなか目が合わなかった。

ちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。


 そして暫くして漸く彼女は口を開いた。


「手……繋いでいいかな?」


「手?え?」


 予想外な発言にハヤトは吃驚して目を見開いた。しかしそれだけなら良いかと直ぐに思い直す。ベッドの距離も思ったよりないから、そこまで伸ばす必要もない。それに肝試しをしたせいで目を瞑るとまた怖いことを思い出しそうだ。

互いの温もりがそれを打ち消してくれるかもしれないと思うと、ハヤトも彼女の温もりが欲しかった。きっとそれはエレナも同じなはずで。


「いいよ」


「っ!ありがと!」


 エレナは満面の笑みを浮かべた。本当に嬉しそうに。ハヤトが手を伸ばせば、エレナも手を伸ばし、二人の手は結ばれる。解けないように指も絡ませる。


 彼女のスベスベできめ細かな肌の感触と温かな体温が伝わってくる。その肌は柔らかく、それでいて張りが合って弾力がある。折れてしまいそうなほどに細くて、自然と割れ物を扱うかのようにその手を握っていた。その感触を自覚してハヤトは僅かに緊張してしまう。やはり異性に触れるとなると慣れていても緊張してしまうらしい。


 けれど、それと同時に嬉しさがこみ上げていた。


 懐かしさが溢れてくる。

 心が暖かくなる。

 安心する。

 なぜだろう。

 とても不思議だ。


「おやすみ。エレナ」


「おやすみ。ハヤト」


 そうして二人は目を瞑り、夢の世界へと誘われていった。

 一日は終わっていく――。


 本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。


 では、今日の解説?分かりきったことですが、はっきり書いていなかったのでここに書きます。今回はハルカとエレナが部屋を交換して寝ることになったのだと思われます。これでハヤトは寝不足にはならないだろうし、ベッドの数もあるのではないでしょうか?もしかしたらハルカの隣で寝ても大丈夫なソフィアも移動した可能性があります。他のヒトが被害にあったら洒落にならないので。


 感想、評価、質問、お待ちしております。ブックマークもぜひ!またまた〜。

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